第77話 無礼な使者
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信行は岩村城の後始末を弟秀孝に任せて駿河に戻った。
駿府城に入った信行は留守を任せていた明智光秀と木下秀吉から三遠駿の現状について報告を受けた。
「北条・武田共に動きは無しか」
「武田は尾張を狙いましたが失敗に終わったと聞いております」
「内応した岩村城を破壊した上で武田勢を撃退したから大人しくすると思う」
「北条も里見に押されており、武蔵からの撤退も視野に入れているようです」
「しばらくの間は様子見する事になりそうだね」
「里見の件で報告がありまして」
「何か問題でもあったのかい?」
「問題というわけではないのですが、北条を攻めるので援助しろと再三に渡って要求しております」
「北条に大勝ちした事で勘違いしているね」
「追い払ってよいものか判断に困りまして」
「使者が来たら私が対応するよ」
「申し訳ございません」
「謝る事はない。勘違いをしている里見が悪いだけだよ」
*****
「北条を武蔵から追い出すので援助して頂きたい」
「断る」
「理由をお聞かせ願いたい」
「里見と北条の争いに手を出す理由が見当たらない」
「前回援助したのは何だったのか?」
「北条に来られたら困る状況だったからだ」
「己の都合で助けたと言うのか…」
「里見は勘違いしているようだな。そもそも前回の戦いもこちらが金銭と水軍を出さなければ里見は負けていたぞ」
「そんな事はない」
「それなら今回は自力で戦えば良い。織田は里見に対して援助は一切行わない」
「そこまで言うなら直接美濃へ乗り込むぞ」
「勝手にすれば良いだろう。兄上が認めるなら幾らでも助けてやる」
「その言葉覚えておくぞ」
里見の使者が怒り心頭で立ち去る後ろ姿を信行は蔑んだ目で見送っていた。
「御館様に直談判するとは…」
「大丈夫でしょうか?」
「心配ないよ。稲葉山からの手紙を待とう」
*****
信行に散々コケにされた里見の使者は怒りで我を忘れたまま美濃へ向かい、稲葉山城で信長との対面に臨んだ。
「勘十郎が援助しないと申したのか?」
「はい。その上暴言を吐かれまして」
「それは済まない事をしたようだな」
信長が頭を下げた事で使者は尊大になってしまい前回の件を含めて里見は単独でも北条と戦えるなど余計な事を口に出した。
「北条の戦力が弱くなれば里見だけでなく織田にとっても有益な筈」
「北条の戦力が相模と伊豆に集中するようなら織田にとっては不利益だな」
「今、何と?」
「織田にとって何ら利益がないと言ったのだ」
「何故です?」
「ヤケを起こした北条が武田と手を組んで駿河を攻める可能性があるとは思わんのか?折角押さえ込んだ北条と武田を勢いづかせる馬鹿がどこに居る?」
「それは可能性であって…」
「攻めて来た時は里見が責任を取ると言うのか?上総と安房を差し出さなければ割に合わんな」
「巫山戯ているのか!」
「たわけが!思い違いも大概にしておけよ。里見が単独で北条に勝てるだと?やれるものならやってみろ。誰が好き好んで房総の小大名に手を貸す?貴様らに利用価値があるから助けてやっただけだ。そもそも里見如きが織田に大言を吐くのは千年早い!」
「…」
「長秀、話は終わった。丁重にお送りして差し上げろ」
「承知致しました」
信長の怒りも買った事で織田からの援助は絶望的になった。
前回は手を組んだ諸大名も里見の態度に腹を立てて非協力の立場に変わっており、単独での対峙を余儀なくされる事になった。
*****
信長から送られた対面の結果を伝える手紙の中に勘違いしている里見に灸を据えてやるのも一つのやり方だと書いていた。
その部分を読んだ信行は思わず吹き出した。
同席していた光秀と秀吉は驚いて顔を見合わせた。
「大丈夫ですか?」
「急に笑って悪かったね。兄弟共々コケにされたから仕返ししてやれと書いてあるから可笑しくなってね」
「御館様が?」
「余程腹に据えかねたのでしょう」
「あのような態度を取られたら誰でも怒るよ。兄上から命令されたからには動く必要があるね」
「やるとすれば水軍での焼き討ちでしょうか」
「焼き討ちか…。手間を掛ける事になるけど試す価値はある」
「どのように致しましょうか?」
「岡崎と蒲郡に使いを出してくれ。今回は三河水軍に動いてもらう」
光秀は岡崎の明智光安と蒲郡の山口教継に使者を送った。
二人とも手紙を見て面を喰らったが、面白い命令だと直ぐに動いた。
一ヶ月後、里見の水軍が海賊の船団に襲撃されて甚大な被害を受けたという知らせが駿府に届けられた。
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