第74話 岩村遠山家
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名無しの前久を願正寺に預けた信行は尾張を任されている弟秀孝の様子を見る為に陸路で那古野に入った。
「兄上、都では色々と大変だったようで」
「幕府と公卿に振り回されたよ。結果的にはこちらの思惑通りに事が運んだから良かったけど」
「今後はどうなるのですか?」
「表向きは朝廷が統治する形になるけど、実際は織田と北畠が統治する事になる。御上も了承をされている。公卿の相手は北畠に任せて敵対勢力を潰すのが織田の役目になるだろうね」
「我々も気を引き締めなければなりませんね」
「変に気負わず普段通りにやれば良いよ」
「分かりました」
二人が話をしていると秀孝の正室瀬名が部屋に入ってきた。瀬名は第二子を身籠っておりお腹も目立つようになっていた。
「義兄上様、ご無沙汰しております」
「瀬名殿も元気そうで何より。身重だから無理は禁物だよ」
「ありがとうございます」
「喜六郎は品行方正にやっているかい?」
「大丈夫です」
「兄上、勘弁して下さいよ」
「二人は真面目にやっているのかと母上に根掘り葉掘り聞かれるからね」
土田御前は夫の信秀が女性関係で自由奔放だった事から色々と苦労したので信長以下の息子達に対してその関係については特に厳しかった。
「於市はどうなのです?」
「具房殿を尻に敷いているよ。内府殿すら尻に敷いているように見えるからね」
「織田家の女性は強いという事ですね」
「そういう事だよ。瀬名も強いから逆らわないように」
「確かに…」
二人が神妙な顔付きで女性関係の話をするので瀬名は驚いた後に笑いを堪えていた。
「尾張守様、秀貞です。お伝えしたい事が」
「どうした?」
「岩村城の遠山景任が亡くなりました」
「駄目だったか」
「弔問の使者を手配して宜しいでしょうか?」
「直ぐに向かわせてくれ。その者に家中の様子を探らせるように」
「承知致しました」
「秀貞、一寸待て」
「治部卿様?」
「兄上?」
「遠山は武田・斎藤・織田と手を組む相手を状況次第で変えている。今は叔母上が居るから我々と手を組んでいるけど、景任が亡くなった事で引っくり返るかもしれない」
遠山景任は尾張と木曽との境に位置する岩村城を支配する国人領主である。自分の置かれた状況に応じて手を組む相手を変えながら家を存続させていた。岩村城を重要視する信長の意向で叔母の於都耶を景任に嫁がせて協力関係を結んでいた。
景任と於都耶の間には男子(御坊丸)が居るので後継者は決まっているが、抑える存在が居なくなった事で武田に与する家臣が蜂起して引っくり返される可能性があった。
「尚の事、弔問で探りを入れるべきでは?」
「探りを入れるだけでは足りない。ある程度釘を刺す必要がある」
「武田に付けば直ぐに攻め込むぞと?」
「今まで通りにしておけば遠山を庇護すると伝えれば良いと思う」
「誰を使者に立てるか…」
「差し支えなければ某が向かいます」
「いや、私が行こう。寄り道ついでに叔母上の様子を見てくるよ」
「治部卿様、宜しいのですか?」
「構わないよ。但し、将兵を集めておいてほしい。相手がそれなりの態度を取るなら即座に攻める必要があるからね」
「そうなれば叔母上はどうなりますか?」
「叔母上と男子は責任を持って保護する」
「秀貞、直ぐに準備を」
「承知致しました」
*****
那古野城を出て中山道に向かおうとする信行を或る集団が待ち受けていた。
「治部卿様、お待ちしておりました」
「正成。丁度良い時に来てくれた」
「何かありましたか?」
遠山景任が亡くなったので秀孝の名代として弔問に向かう事を正成に伝えた。
「治部卿様の推測通り、武田に与する家臣が優勢になりつつあります」
「連中は武田に使者を送っているのか?」
「景任が亡くなった直後に出しております」
嫌な予感は当たっており、岩村城の状況を知った武田晴信は家臣の秋山虎繁に対して岩村城急襲の指示を出していた。秋山虎繁は福島城で木曽義昌を配下に組み込む段取りを進めていた。
「直政、予定を変更だ。秀孝から将兵を借りて岩村城に向かう。悪いが那古野城に知らせてくれ」
「承知致しました」
秀孝から直ぐに動ける将兵を借り受けた信行は急いで岩村城に向かった。話を聞いた秀孝も国内各城に動員を掛けると共に自らも岩村城へ向かう準備を始めた。
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