第71話 近江守動く

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日が暮れてから検非違使庁に戻った北畠具房と村井貞勝は信行と対面したが、早朝から参内した後に洛中の公家屋敷を巡っていたので疲労困憊の様子だった。


「二人とも大丈夫かい?」


「我々より御上が心配です」


「平穏を取り戻した都が再び荒れるのではないかとお悩みのご様子でした」


「足利義輝が馬鹿な真似をしたからね」


和田惟政による恫喝から始まった幕府と織田北畠連合の対立は足利義輝と細川藤孝による検非違使庁の簒奪計画が正親町天皇の耳に入った事で連合側の勝利に終わった。義輝以下幕府関係者は洛外の槇島城にて謹慎する事になり、今もその状態が続いている。


「朝廷の様子は?」


「左府(西園寺公朝)様と右府(花山院家輔)様は声を揃えて関白の行動を批判しており、多くの公卿が賛同しております」


「五摂家は二つに割れていて、九条家・一条家・二条家は関白を批判して、鷹司家は関白を擁護していますね」


「九条家は次の関白を狙っているから批判するのは当然だろうけど、他の三家は実際のところはどうなんだろう?」


五摂家は九条家と近衛家及び両家の庶流で構成されており、一条家と二条家が九条家の庶流、鷹司家が近衛家の庶流である。鷹司家は近衛前久を擁護しているが、上辺だけに留めている可能性も否定出来なかった。


「伊賀忍に命じて探りを入れさせましょうか?」


「出来る範囲でお願いしたいね」


「承知致しました」


「それと気になるのが朽木家だね」


「内府様(北畠晴具)と御館様(織田信長)に幕府との関係を断つと誓詞を出しておりますので裏切る事は無いと見ておりますが…」


「貞勝の懸念は当たる可能性が高いと思うよ。朽木稙綱は幕府奉公衆の一人で足利義輝からも信頼されていたからね」


「義兄上、それでは前回の降伏も攻められたので止むを得ずという事ですか?」


「僕はそう見ている。信盛から聞いた話だけど、朽木谷は要害だからその気になれば半月は籠城出来るらしい」


信盛が朽木谷へ攻め寄せて一刻(約二時間)が過ぎた頃に突然門が開いて稙綱本人が軍使として本陣を訪れて降伏した。戦況予測に自信を持っていた信盛は稙綱に対して不審感を抱き、未だにそれが解消されていなかった。


「勢力を温存する為に早々と降伏したという事になりますね」


「幕府の蜂起に呼応して若狭から武田勢を引き込む事も有り得るよ。若狭には和田惟政が潜伏しているからね」


「観音寺城の近江守殿(織田信光)に知らせて高島郡を警戒してもらいましょうか?」


「叔父上には僕が手紙を書くよ。露骨な動きをすれば相手に警戒されて動かない可能性が高くなる」


*****


信行が書いた手紙は早馬でその日の内に観音寺城の織田信光に届けられた。堅田城を任されている織田信興(信行の弟)も別件で観音寺城に来ていたのでその場に居合わせた。


「近衛前久が都に向っており、その目的は足利義輝と幕府の復権と思われる。朽木稙綱が協力する可能性が高く、若狭の武田勢を西近江に引き込んで混乱状態に陥れるものと思われるか…」


「佐久間殿が朽木稙綱だけは信用出来ないと我々に仄めかしていましたが、当っていましたね」


「実際に裏切っていないが、その可能性は限りなく高いという訳だな。朽木稙綱は幕府奉公衆の一人だ。関白が幕府要職を餌にすれば間違いなく喰い付いてくる」


「縁戚関係にあるとはいえ、関白自ら幕府再興の為に動くとは思えないのですが」


「叔母が足利義輝の実母(慶寿院)で、姉が足利義輝の正室(大陽院)だ。本人にその気が無くても二人から懇願されたら動かざるを得ないだろう」


信光の推測は半分当っていた。前久は義輝の窮状を耳にしたので都に戻り介入する事を決断したが、それとは別に慶寿院からも義輝が北畠と織田の陰謀に嵌って洛中を追われたので助けてほしいという内容の手紙が届いていた。


「今回は儂が動く。堅田は何も知らないフリをして関白を素通りさせろ」


「承知致しました」


「戦の準備は怠るなよ」


「心得ております」


「どうせなら高島郡の残党狩りを名目に湖北地域を占拠してやるか。儂が朽木谷に攻め込んだ後、後詰めのフリをして湖北を攻めろ」


「はっ」


「平井定武にも北上するフリをさせて朝倉の動きを封じておく」


湖北地域は高島七頭の残党が湖西街道を通る商人らを襲うので治安が悪く根本的なテコ入れが必要になっている。越前朝倉家との境界線に近い事から下手に手出だしをすれば戦に発展する危険性があり、信光も今はその時期では無いと言って静観していた。


今回関白絡みで高島郡に攻め込む公算が高くなった事と朝倉家内部の権力争いが表面化して外征に出る態勢を取れない事が明らかになったので信光は腰を上げる事にした。


六角家を潰した後の仕置きで旧六角家臣の実力者である平井定武に湖西二郡を与えて朝倉への備えを万全なものにしており、信長からの命令があれば越前に攻め込めるよう新たに築城した今浜城に物資を集積していたので敦賀方面に圧力を掛ける程度なら直ぐに行える状態になっていた。

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