第70話 末弟の希望

ご覧頂きましてありがとうございます。

ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

筆者入院中の為、読者様には引き続きご迷惑をお掛けしております。


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織田一族の現況(故人と幼児除く)

★…元服していない男子


一、織田信秀系

信長(次男)…参議、美濃守、稲葉山城主

信行(三男)…治部少輔、駿河守、駿府城主

信興(四男)…堅田城主

於市(長女)…北畠具房正室

秀孝(五男)…尾張守、那古野城主

信包(六男)…尾張介、清州城主

於戌(次女)…未婚、稲葉山城在住

九郎(七男★)…信長小姓、稲葉山城在住

又十郎(八男★)…信光小姓、観音寺城在住

源五郎(九男★)…無役


二、織田信光系

信光…近江守、観音寺城主

信成(嫡男)…近江介、今浜城主

四郎(次男★)…信長小姓、稲葉山城在住


*****


信行は稲葉山城に到着すると直ぐに信長の私室へ案内された。


「忙しい時に済まんな」


「源五郎に何かありましたか?」


「駿河か都に行かせてほしいと言い出してな」


「理由は何と?」


「俺の役に立ちたいのが動機だな」


「理由としては成り立ちますが突然過ぎますね」


「色々あってな」


信長の兄弟で末っ子の源五郎だけが無役で手持ち無沙汰になっていた。叔父信光の次男で同年代の四郎が修行の名目で信長の小姓に就いた事で焦りを覚えた源五郎は兄信行が居る駿河か姉於市が居る都なら学ぶ事と得る事が多いと考えて信長に直談判した。


「それでは源五郎でなくても焦りますよ」


「考えてみれば悪い事をした。あの時にきっちり説明してやれば良かったな」


「どうされますか?」


「お前に任せる」


「ちょっと待って下さい。逃げる気ですか?」


「逃げるとは酷い言い方だな。俺の右腕たる勘十郎に対応を委ねるという意味で言ったのだが」


「分かりましたよ。御館様の命令であれば引き受けざるを得ないじゃないですか」


「流石は我が右腕だな。面倒を掛けるが頼むぞ」


「承知致しました。この件が母上に入った場合の事態収集は伏してお願い致します」


「ま、任せておけ。織田家の当主として事態収集をやり遂げてみせよう」


信行から土田御前への対応を依頼された信長の顔は青白くなっており大量の汗が流れていた。


*****


「源五郎、元気にしていたか?」


「勘十郎兄上、何時こちらへ?」


「少し前に着いたところだよ。先程まで兄上と話をしていたんだ」


「それでは三郎兄上から聞かれましたか?」


「私に任せると言われてね。源五郎の考えを聞きに来たんだよ」


「私の考えですか?」


「駿河に行きたい理由と都に行きたい理由を教えてほしい。それを聞いた上でどちらが良いか決めさせてもらうよ」


「分かりました」


源五郎の考えは漠然としたものだが、信行を納得させるものだった。駿河で修行させるのも一つの手だが、身内ばかりになるので甘えが出るかもしれないと考えれば答えは最初から分かっていた。


「源五郎、都の北畠具房殿の下で学べば必ず為になる筈だ」


「分かりました」


「私も都の様子を見る予定にしているから北畠殿には私からお願いするつもりだ」


「ありがとうございます」


信行は源五郎の修行先を都に決めた事と視察を兼ねて上洛したい事を信長に伝えて許可をもらった。信行の立場であれば上洛するのに都度許可をもらう必要は無いが、家中の統制を考えた上で行っている。準備を終えた信行は関係者への挨拶を済ませた源五郎を伴い都へ向かった。


*****


都に入った信行は都にある屋敷(旧三好長逸邸)で旅装を解くとそのまま検非違使庁(旧室町殿)を訪ねた。検非違使判官の北畠具房は洛中に自邸を持っていないので於市と茶々と共に検非違使庁の一角に住まいを構えている。先触れを走らせたところ、具房と補佐役の村井貞勝(検非違使佐)は公用で不在にしてたので於市が二人と対面した。


「お待ちしておりました。勘十郎兄様、それに源五郎も」


「姉上、お久しぶりです」


「源五郎、何か仕出かして三郎兄様に追い出されたとか…?」


都に用事がない筈の源五郎が現れたので於市は何か問題が起きたのではと疑い、瞬く間に態度を豹変させた。


「ち、違います!」


「市、それは誤解だよ」


於市が向けた疑いの目を二人は即座に否定した。信行は源五郎が修行したいと申し出たので都で皇族や公家相手の交渉における駆け引きを学べば役に立つと考えて連れて来た事を説明した。


「そういう事でしたら安心しました」 


「市には悪い事をしたね」


先触れに詳しい事情を伝えず走らせたので信行は弁解せず頭を下げた。於市を怒らせると後がややこしい事を承知している信行だから使える回避策である(62話参照)。


「兄様、関白様が都に戻ってくるという話はご存知ですか?」


「初耳だね。関白近衛前久は越後の長尾家に寄宿している筈だが…」


「昨晩伊賀忍が参りまして、関白様が若狭の小浜に現れたと」


「足利義輝が幕府諸共都から追い出された話を聞いて舞い戻って来たとしか理由が思い浮かばないね」


「兄上、近衛前久は幕府と足利公方の復権を画策していると見て良いのでしょうか?」


「源五郎の言う通りだろう。具房殿の事だから内府様と兄上には早馬を出している筈だ。駿河は距離が離れ過ぎているから知らせを送る程度だろう」


「具房様がお戻りになるまでお待ち頂けますか」


「そうさせて貰えると助かる。兄上と義姉上から土産を預かっているから今のうちに渡しておくよ」


信行と源五郎は具房が戻るまで於市に信長や土田御前の様子を説明しつつ茶々の遊び相手になっていた。二人は信長と違って大声を上げる事をしなかったので於市も安心した様子で見守っていた。

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