第67話 駿府開城

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前田利家との一騎打ちで手傷を負いながら時間稼ぎに成功した今川義元は殿を務めつつ駿府城に退却した。


「御館様、その傷は?」


「槍の又佐に一瞬だが隙を見せた結果だ。腕も動くから大した事はない」


「ご無事で何よりです。撤退準備は既に終わっております」


「親永、元康の順で速やかに出立してくれ。私は殿を務める」


「御館様、お待ち下さい。殿は某に…」


「元康、本気で言っているのか?敵は織田の精鋭、持ち堪える事は困難を極めるぞ」


「端から覚悟は出来ております。籠城して時間を稼ぎますので蒲原城にお向かい下さい」


「分かった。敵に隙があるようなら籠城に拘らず蒲原に向え」


「承知致しました」


義元は先鋒の関口親永を蒲原に向けて出発させた。自身も怪我の手当を済ませると一族を率いて駿府を離れて蒲原に向かった。その中には元康と不適切な関係を結んでいた義元の娘の姿もあった。


*****


義元が街道を東に向かっていると蒲原城のかなり手前で親永の部隊が立ち止まっているのが視界に入った。


「親永、何故兵を進めん?」


「蒲原城と興国寺城が織田勢に落とされました」


「何だと!」


「別働隊が駿府の北側を迂回して両城に襲い掛かった模様です」


親永は蒲原城に先触れを走らせたが、慌てた様子で戻って来たので理由を問い質すと蒲原城周辺に織田勢の姿を見かけたので調べたところ両城が落とされた情報を手に入れた。


「蒲原を攻めたいが、背後を突かれる可能性が高い…。遺憾だが甲斐に向かう」


「武田晴信を頼るのですか?」


「本来なら北条に頼りたいが、相模まで無事に抜ける保障がない。ならば甲斐の武田を頼るしか道はない」


「承知致しました。先触れを向かわせます」


相模の北条を頼ろうにも進路上にある蒲原城と興国寺城が織田に占領されているので戦わなければ突破出来ない。その最中に背後を織田の本隊に突かれたら全滅は必至である。軍を留めている場所は甲斐に抜ける街道との分岐点に位置しているので義元は北に向かう事を決断した。


武田晴信の嫡男義信は三国同盟締結の際に義元の娘を正室に迎えているので義元から見れば婿になる。その関係から無碍に扱われる事は無いと考えた上での決断だった。


*****


「申し上げます。織田勢が城下に到達、城の包囲を始めました」


「好きにやらせておけ。将兵には一切手出しするなと伝えてくれ」


「反撃するなと?」


「そうだ。私に考えがあるから余計な真似は一切するな」


「承知致しました」


駿府に残った元康は織田勢が城を包囲し始めた事を聞いても反撃を行わず事態を静観するだけに留めていた。報告した兵士は元康の命令に疑問を感じていたが、反論すれば罰せられるので何も言わず引き下がった。


「親吉、いつ降伏すれば良い?」


「敵の包囲が終わったのを見計らって軍使を出しましょう」


「分かった。御館様は上手く逃げ切れたのか?」


「上手く行けば蒲原に着いている頃でしょう」


「反撃に転じようにも駿府は無血開城で織田の支配下になる。その話を聞けばどのような顔をするだろうな」


「分かりません。ただ、三河を騙し取られた先代様(松平広忠)と同じ気分を味わうのは間違いありません」


「我々が今まで苦労した事を身を持って知れば良いのだ」


元康はこの時を以て今川家臣の松平元康ではなく、松平家当主の松平元康に立場を変えた。自身の秘めた思惑が降伏相手の織田信行に全て知られており、その運命自体が風前の灯火である事に気づく術は無かった。


*****


「駿府から軍使が参りました」


「伯父貴、思ったより早く来ましたね」


「攻め始めてから来ると思っていたが…」


「本音を言えば治部少輔様が来るまで待ちたかったってところですか?」


「そんなところだ。取り敢えず指示通りに進めるぞ」


「治部少輔様には早馬で知らせておきましょう」


勝家と利家は軍使と対面して城内に残る者の生命を保障する事を条件にした無血開城を承諾した。其後で別の使者が訪れて元康から顔合わせを兼ねて饗応したい旨の申し出を伝えたが、勝家は今川勢の反撃に備える必要がある事を理由にして断りを入れた。その上で今後の動きについて話し合いをしたいので本陣に来訪願いたい旨を書いた返書を預けた。 


*****


しばらくすると再び使者が本陣を訪れた。勝家多忙を理由に利家が代わりに対応して手紙を預かった。


「返書には明日にも本陣を訪れたいとありますがね」


「日が高い頃なら治部少輔様も…」


「そうなれば御の字じゃないですか」


「確かにな。しかし治部少輔様より後始末も任されている以上、我々だけで殺らねばならんぞ」


「治部少輔様に変な汚名を着せるわけにいきませんからね」


「そういう事だ」


「その内容で返書を預けておきますよ」


勝家に確認を取った利家は使者に対して明日の昼以降に来訪願う旨の返書を書いて預けた。利家が席に戻ると服部正成が姿を見せていた。


「服部殿、元康と共に来るであろう家臣は誰です?」


「来るのは元康と腹心の平岩親吉」


「他に数名は付いてくるだろう」


「正成、城内に手練れは残っているのか?」


「強いて言うなら鳥居元忠…。と申しましても前田殿の相手にはなりません。平岩親吉もまた同じく」


「儂と又佐で対応しよう。服部党で本陣の周りを固めてくれるか。兵士で固めれば警戒されるからな」


「直ぐに手配致しましょう」


「正成は我々の背後で待機して松平に不審な動きがあれば表に出て来てくれ」


「承知」


「又佐、今回もお前の働き如何に懸かっている」


「任せて下さい。そんな連中に遅れを取るようなら槍の又左と名乗れなくなりますよ」


利家は己の保身を第一に考えるような連中が相手なら傾く価値すら無いと普段身に付ける黒の武具で立ち会う事にした。

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