第66話 一騎打ち
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東駿河に位置する興国寺城に到着した佐久間盛次は短期間での落城を目論み、態勢が整うと強攻策での城攻めを始めた。
「御大将、服部党の忍びが参りました」
「何かあったのか?直ぐに通してやれ」
「承知致しました」
「里見勢が大規模攻勢に転じ、房総から武蔵に侵入して東部を制圧。西部に攻め込む勢いを見せております」
「交渉が上手く行ったようだな」
「もう一つ。三河水軍が三浦半島沖合で伊豆水軍を撃破したとの事」
「何と!これで北条は身動きが取れなくなった。済まないが蒲原の盛重にも知らせてくれるか」
「承知」
里見義堯との交渉に臨んだ明智光安は持参した大量の金をタダ同然で貸し与えた上で北条ヘの反撃を要請した。義堯は日和見していた土豪や野武士に金をバラ撒いた。地獄の沙汰も何とやらで金を受け取った勢力は一斉に蜂起して北条へ攻撃を始めた。
不意を突かれた形の北条勢は大敗を喫して房総半島からの撤退を余儀なくされた。義堯は手を緩めず武蔵国の土豪や野武士にも金をバラ撒いて北条ヘの攻撃を要請した。北条寄りの勢力は動かなかったが、反北条の勢力は房総と同様に一斉蜂起して東部地域を制圧しながら江戸城に攻め寄せた。
北条氏康の指示を受けた北条幻庵が救援に向かったが、勢いを止め切れず江戸城は落城して武蔵西部の大半が里見の支配下に組み込まれた。幻庵は小机城まで撤退して滝山城を守る北条氏照と玉縄城を守る北条綱成の協力を得て反撃に転じるべく態勢の立て直しに入った。
光安の護衛役として三河水軍を率いていた山口教吉は蒲郡への帰途、相模湾で清水吉政率いる伊豆水軍を発見した。教吉は光安の許可を得た上で伊豆水軍に攻撃を始めて見事に撃破、総大将の吉政が行方不明になるなど壊滅に近い被害を与えた。
教吉は海戦の後は光安の指示で西へ進路を取り、伊豆半島沖合で水軍を留めて上陸する構えを見せた。小田原城で知らせを聞いた氏康は予備戦力として置いていた兵士を大道寺周勝に預けて伊豆に向かわせたが、最初から攻める気の無い三河水軍に動きはなく、無駄足になった上に今川からの援軍要請に対して拒絶せざるを得ない事態に陥った。
*****
「今川義元が駿府城放棄を決断致しましたが、時間稼ぎの為に自ら出陣して此方へ向かっております」
「東海一の弓取りと呼ばれた男の意地を見せるつもりか…」
「伯父貴、どうします?」
「相手は百戦錬磨の強者だ。これまでとは異なるぞ」
「今川義元なら相手にとって不足はありません。無論油断する気も全くありませんがね」
「その意気を買おうじゃないか。又左、お前に先陣を任せる」
「思う存分暴れた上で伯父貴の期待に沿いますよ」
「頼むぞ。俺は援護に回る」
前田利家は自陣に戻ると身に纏っていた黒の武具を全て外すと別の箱から取り出した金色の武具を身に着けた。利家は長篠城代になった事で暫く大人しくしていたが、久しぶりに戦場へ出て敵総大将が相手になると聞いたので傾奇者の血が騒ぎだした。
「お前等、よく聞け!俺がこの格好をしている理由は分かっているな?」
「敵大将の今川義元自ら先頭に立っている。その中で俺が自陣に留まって様子を見るのは性に合わん。それ以上に今川義元に対して失礼だろう」
「お前等に悪いが今川義元は俺が相手する。それが礼儀ってものだ」
「狙うは今川義元の首だ。俺に続け!」
愛用の長槍を手に持ち馬に跨ると今川義元目掛けて敵軍に突っ込んで行った。前田勢も大将に遅れを取れば末代迄の恥晒しだと言わんばかりに一斉突撃を始めた。
*****
義元は自身目掛けて突っ込んでくる利家を見るや手に持っていた軍配を投げ捨てると近習から槍を受け取った。そして周囲が止めるのを振り切り、利家との一騎打ちに臨んだ。
「この今川治部に対して単騎突撃とは笑止千万!」
「笑止千万?面白い事言うじゃないか」
利家は勢いに任せて凄まじい突きを繰り出した。対する義元は大言壮語の若武者が向かって来たと悠然と構えていたが、一撃でその考えは吹き飛んだ。
「貴様、やるではないか」
「当たり前だ。織田家中で俺と肩を並べる槍遣いは居ないからな」
「名は?」
「前田利家。槍の又左と呼ぶ奴も居る」
「ほう、貴様が槍の又左か。東海一の弓取りに相応しい相手が現れたな」
「あんたに認められるとは光栄だ」
「冥途への土産にしてやろう」
「悪いがその言葉、そっくり返してやるよ」
義元と利家は周囲を無視するように一騎打ちを繰り広げた。双方の兵士は二人の邪魔をすれば後で罰せられると思い込み、手出しなど以ての外だと兵士同士で戦いを演じていた。
*****
織田勢大将の勝家は自軍を指揮しつつ家臣と共に一騎打ちの様子を見守っていた。利家に何か起きれば直ぐに駆け付けられるように槍を手に持っている。
「又左も案外冷静に戦っているな」
「あれでですか?」
「今川義元も槍を持たせれば相当な遣い手だ。その義元を相手に一歩も退かず、押し気味に戦っている事自体が証拠代わりになる」
「押されている様にも見えますが…」
「攻めてばかりでは疲れが出る。適度に抑えているのだ」
「今川義元の方が疲れると?」
「だろうな。義元は又左だけでなく大将として周囲にも気を配る必要があるからな」
「なるほど。御大将、前田様が!」
*****
義元の槍裁きに乱れが出た瞬間を利家は見逃さなかった。利家の突きが義元の右肩に入り、槍を地面に落としてしまった。利家はもう一撃を加えようとしたが、義元は素早く刀を抜いて上手く逸らした。
「この勝負、次の機会とさせてもらうぞ」
「分かった。手傷を負った者を相手に勝った所で何の価値も無いからな」
「感謝する。退却するぞ!」
義元は自ら負傷した事に加えて戦局が不利になっていた事を鑑みて間髪入れず退却した。
「御大将、追撃を!」
「馬鹿言うな。義元が殿をやっているのを見て何も思わないのか?」
「どういう事です?」
「あれだけ落ち着いて退却している事から見れば駿府への道中に伏兵を用意している筈だ。伏兵は義元を逃がす為に死ぬ気で向かってくるぞ」
「しっぺ返しを喰う可能性が…」
「大有りだ。窮鼠猫を噛むという例えがあるだろう。兵を留めて伯父貴の判断を仰ぐぞ」
「承知致しました」
「連中には時間稼ぎになっただろうが、こっちの時間稼ぎにもなった事を知ればどう思うだろうな」
織田勢と今川勢は半日近く激戦を繰り広げた。義元は駿府からの撤退準備を行う為の時間稼ぎになったと考えていたが、同時に東駿河を攻める佐久間勢にとっても時間稼ぎになるという皮肉な結果になっている事を知る由もなかった。
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