第65話 元康の野望
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「申し上げます。岡部勢、織田軍に敗れて壊滅致しました」
「壊滅だと!元信はどうなった?」
「前田利家と名乗る者に討ち取られました」
「朝比奈に続いて岡部も討たれるとは…」
「御館様、敵が駿府に到達すれば籠城以外手立てが無くなります」
「親永、どういう意味だ?」
「蒲原城への後退を言上致します」
「今川の象徴である駿府を放棄しろと言うのか…」
「北条に援軍を要請しつつ反撃の機会を伺うべきです」
「考える猶予は無さそうだな」
「何卒!」
「親永と元康は直ぐに準備を始めよ。儂は自ら一軍を率いて敵先鋒隊に一太刀浴びせて時を稼ぐ」
今川義元は駿府城放棄と蒲原城への後退を決断したが、敵総大将の織田信行がそれを無にする手を打っている事を知る由はなかった。
*****
松平元康は評定が終わると席を立って自邸に戻り腹心の平岩親吉を呼んだ。
「親吉、御館様は駿府放棄を決断された」
「此方の思惑通りに事が運んでおります」
「次に開かれる評定の席で御館様を逃がす為に残ると言えば今川家臣としての役目は終わりだ」
「はい。織田が包囲するのを待って開城すれば両手を挙げて歓迎される筈です」
「織田家に一旦降る形になるが功績を挙げて三遠駿の一国を手に入れさえすれば再起は図れる」
「積年の恨みを晴らす機会は必ず訪れます」
「親吉、家臣を集めて荷物を纏めるふりをさせておけ」
「承知致しました」
親吉との密談を終えた元康は何食わぬ顔で城に戻ると顔に悲壮感漂わせながら荷物を纏め始めた。
「あの男は何処まで性根が腐っているのだ」
「頭領、冷静になって下さい。我々の存在が明るみになれば全てがお釈迦になってしまいます」
「分かっている。しかしあの男の為に命を落とした仲間の事を考えるとやり切れんのだ」
「頭領…」
「我々を引き立ててくれた治部少輔様を裏切るわけにはいかん。お前は奴の監視を続けてくれ。俺は柴田様と治部少輔様にこの事を伝える」
「承知」
信行の指示で元康とその周辺を監視している服部党は頭領の服部正成自ら駿府に入って役目に加わっていた。正成は一通り探り終えると先鋒隊率いる勝家と本陣に居る信行に詳細を伝えるべく駿府を離れて西へ向かった。
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「正成、その話通りに事が運べは我々は治部少輔様の命令を違える事になるぞ」
「確かに」
「自ら城を明け渡した者を大した理由もなく斬れば御館様と治部少輔様に迷惑が掛かってしまう」
「それに三河に居る者が不信感を抱く事になるな」
「又左の言う通りだ。治部少輔様の到着を待って今川義元と戦うべきかもしれんな」
「伯父貴の言う事も一理ありますけど、時を掛け過ぎると別働隊にも支障が出る事になりませんかね」
「今川義元を引き付ける絶好の機会を失う事になりかねんな」
「偽の檄文を作るのはどうでしょう」
「どういう事だ?」
正成は松平元康の筆跡で織田を陥れる内容の檄文を作ってそれを勝家が見つけて処断の理由付けにする事を提案した。実際に元康と親吉が織田を内部から切り崩す画策をしているので内容はそれを利用すれば済む話である。
「今の段階で元康を始末するならそれしか手立ては無いんじゃないですか」
「そうだな。正成、頼めるか」
「直ぐに取り掛かりましょう」
「治部少輔様には儂が早馬で知らせる」
*****
「松平元康、面白い事を考えるね」
「己の命を惜しんで敵に城を売る事を画策するとは…」
「その上で我々への復讐も進めようとしていたからね。大した男だよ」
「商いをしていれば大店を構えていたかもしれませんね」
「仮に商人だったとしても織田に益を成すなら良いけど、害をなすなら取り潰しだね」
勝家から届いた手紙を見て信行たちは元康の考えに呆れていた。
「駿府で松平元康を処断するなら服部殿の策が上策かつ唯一の手段でしょう」
「現に本人が言っているのを服部殿が聞いているので言い逃れした時の証拠にもなります」
「勝家の遣いには承諾したと伝えてくれ。それと新しい馬を与えるように」
「承知致しました」
「これで松平の件は終わりだ」
信行はそう言うと勝家からの手紙を蝋燭に近付けて跡形もなく燃やした。
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