第64話 思惑の違い

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入院加療中なので更新頻度が長くなりまして申し訳ございません。


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駿河侵攻の先鋒を任された柴田勝家と前田利家は主力を率いる信行に先んじて曳馬城を出発して東に向かい掛川城に到着した。


「我々も先鋒に加わり駿河に攻めるのだな?」


「但し、駿府城は儂と利家で攻める」


「我々は後詰めをすれば良いのか?」


「二人には蒲原城と興国寺城を攻めてもらう」


「駿府を素通りして東側を抑えろか。今川と松平の息の根を止める訳か」


「そのように考えて構わない。特に松平元康は必ず始末しろと念押しされている」


「念を押す意味で聞くが、松平が降伏を願い出ても始末するのだな?」


「どのような形でも松平を残せば織田家にとって獅子身中の虫になると治部少輔様は仰せだ」


「心得た」


話し合いを終えた四人は軍を纏めると掛川城を出発して国境に位置する大井川を渡り駿河に侵入した。田中城を始めとする拠点を次々と陥落させつつ駿府城に向かった。


*****


田中城陥落の知らせが届いた駿府城では急遽評定を行う事が決まり、松平元康は直臣の平岩親吉からその事を知らされた。


「田中城も落ちたのか…」


「朝比奈泰能様と朝比奈泰明様は共に乱戦の中で討ち死にされたとの事」


「御館様は北条や武田に援軍を求めているが返答が来ないようだ」


「北条は里見、武田は長尾を相手にそれぞれ戦っているので余裕が無いのでは?」


「事情は理解しているが何の為の同盟なのだ…」


今川は武田及び北条と三国同盟を結んでいるが、信行から痛い目に遭わされている武田と北条は足元すら覚束ない状況下で再び織田と戦うのは真っ平御免だと言わんばかりに他家との合戦を理由に援軍要請を断っている。


「駿府を失えば今川は終わりです。我々も今後の事を考えなければなりません」


「今後の事?」


「今川に殉じるか否か」


「親吉、我々は今川家臣なのだ。御館様に殉じるのが筋ではないのか?」


「確かにその通りですが、元康様は松平家当主として血を残す責務があります」


親吉からすれば今川は松平から三河を奪った仇敵である。今は家臣として動いてるが、崩壊寸前の今川と運命を共にする必要はないと考えていた。


「今川を捨てて他家を頼れと?」


「はい。元康様は織田家に人質として居た際に信長殿と懇意にされていました」


「その通りだ」


「その時の縁を頼り織田家に降る事も一つの手ではないでしょうか」


「信長殿は快く迎えてくれるだろうか」


「元康様が居れば三河武士を支配下に組み込む事が出来るので無碍には扱われないと思います」


「言われてみればそうだが、今川を裏切るわけにはいかんぞ」


「分かっております。しかし御館様が討ち死にされたり駿府を捨てるようなら話は変わってきます」


「そこまで耐えろと言うのだな」


本拠地である駿府を捨てるような事態になれば今川家は崩壊したと言われても仕方ない。その時点で今川と松平の関係は終わると親吉は考えていた。


「敵総大将は織田信行殿と聞いております」


「勘十郎殿だな。あの方と顔を合わせる機会は多くなかったが親切にされた事は覚えている」


信行は普段から末森城で暮らしていたので元康と顔を合わせる機会は少なかった。人質という事で会う度に話をしていたが親しくしていたというのは元康の思い込みである。


「信長殿の目もあるので縁のある元康様を無碍には扱わないでしょう」


「分かった。御館様の動き次第で織田に降ろう」


元康と親吉は正確な情報を手に入れる手段を有していない事から織田家の現状把握が全くと言っていいほど出来ていなかった。


*****


後続を率いて田中城に到着した信行は光秀と秀吉を交えて城の修復などについて話し合いを行っていた。そこへ服部正成が足早にやってきた。


「治部少輔様、思わぬ獲物が網に掛かりました」


「相手は?」


「小野道好です」


「まさか?」


「そのまさかです。自ら織田家に降りたいと現れました」


道好は田中城陥落の知らせを聞いて今川に見切りを付けて駿府城を飛び出した。内部情報を手土産に敵である織田に降ろうと画策していた。


「自ら死地に飛び込むとは大した度胸だよ」


「余程の馬鹿か命知らずですね」


「光秀殿、そこまで言って良いのですか?」


「秀吉殿、小野某は私欲を満たす為に主家を陥れた愚か者ですよ」


「言われてみればそうでした。卑怯千万な痴れ者ですね」


「その通りです」


「二人の言う事には同意するよ。後は直虎がどのような判断を下すかだね」


信行は話し合いを中断して道好が捕らわれている場所に向かった。


*****


道好は降伏したのに兵士に取り囲まれている事に違和感を抱いていた。


「小野道好、我々に降伏した理由は?」


「落ち目の今川家に価値なしと判断致しました」


「父は井伊家を裏切り、息子は今川家を裏切った。全く以て小野家は大した家系だね」


信行は道好に呆れて思わず嫌味を吐いた。


「裏切るわけではありません。有利な側に付くのが世渡りの常道では?」


「それはお前の考え方だ。私はお前のような考えを持つ者は好かないね」


「お待ち下さい。駿府の様子など知りたいとは思わないのですか?」


「悪いけど駿府の状況は全て手の内にある。私の家臣は優秀な者が揃っているからね」


「私に価値は無いと?」


道好は駿府の状況を手土産に降ろうと考えていたので思わぬ展開に脂汗が出ていた。


「無いよ。まあ一寸の虫にも五分の魂と云うからこの男に使い道があれば良いけど、どうする直虎?」


道好が後ろを振り返ると能面のような顔の直虎が立っていた。


「直虎?まさか井伊直盛の娘…」


「貴様、言葉を弁えろ。この方は織田治部少輔様の正室、織田直虎様であるぞ」


「そういう事だ。直虎はお前の父親が私欲の為に起こした騒動で一家離散、許婚にも裏切られ苦しい時期を過ごしていた。その間、お前の小野家はこの世の春を枉駕していたわけだ」


「…」


「嘘偽りで一族を陥れられ命を奪われた者の気持ちがお前に分かるか?」


「…」


「少しでも悪気があったなら詫びを入れるが返答出来ないところを見ると当然の事をしたと言っているようなものだと思う」


「勘十郎様…」


「辛いだろうけど判断は直虎に委ねたい」


「分かりました。私も井伊家当主としての責務を果たします」


信行が目で合図を送ると道好の両脇に立っていた兵士が道好の身体を動けないように固めた。


「何をする気だ!」


「小野道好、お前の命を以て恨みの償いとさせてもらう」


直虎は手に持っていた刀を抜いた。


「やったのは父だ。俺じゃない!俺は父の指示に従っただけだ」


「死ぬ間際になって女々しい事を言うとは救いようがない奴だよ」


信行が道好を窘めた瞬間に直虎は刀を振り下ろして道好の首を刎ねた。

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