第63話 下準備
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信行は曳馬城に戻った後、信長が伊勢で起こした騒動に巻き込まれた。母の土田御前が美濃に滞在している間に駿河攻めの最終決断を下す事になった。曳馬城には信行麾下の主だった者が集まり、城内は慌ただしくなっていた。
「先鋒は柴田勝家と前田利家」
「殿軍は酒井忠次と石川数正」
「本陣は塙直政、明智光秀、木下秀吉、…」
「水軍は山口教継」
「岡崎城代は織田秀隆、補佐に大久保忠員」
「曳馬城代は内藤勝介、補佐に明智光安」
「服部正成は駿河、相模、甲斐の情報収集」
「出発は五日後の早朝とする」
三河に居た勝家と利家は三河衆に引き継ぎを終えて手勢を率いて曳馬に来ていたので最短での行動を可能にしていた。
評定が終わり参加した者の大半は意気揚々と滞在場所に戻ったが、指示を受けていない者も居て悲喜こもごもの様相を呈していた。
「教吉、ちょっと良いか?」
「何でしょうか?」
三河水軍を率いる山口教吉も名前を呼ばれなかった一人である。教吉は父教継に代わり遠江から三河の沿岸部を守る必要がある為、準備も兼ねて本拠地の蒲郡へ戻ろうとしていた。その教吉に内藤勝介が声を掛けた。
「これから知多に戻るのか?」
「駿河攻めに呼ばれませんでしたので」
「津島に運んでもらいたい物があるから儂の屋敷に来てくれるか」
「承知致しました」
*****
家老から頼まれたので断るわけにもいかず、教吉は出発の準備を済ませた後で屋敷を訪れた。部屋に通された教吉は先客の顔を見て驚いた。
「治部少輔様?!」
「呼び出して悪かったね」
「教吉、済まなかった。治部少輔様から極秘にと言われたので嘘の理由を使ったのだ」
「今川の間者対策ですか」
「服部党が大半を始末してくれたけど網の目を掻い潜った者が居るらしくてね」
服部党による手入れを逃れた今川の間者が遠江に残っており曳馬城に潜入している可能性があるので信行は回りくどいやり方を使って教吉を呼び出した。
「教吉には重要な役目を任せたい」
「何なりと」
「光安と共に安房に向かってほしい」
「里見ですか?」
「その通り。光安には里見との交渉を命じている」
「北条への牽制」
里見は房総半島の支配権を巡って北条と争っているが、最近は押され気味で半島内部への侵入を許していた。
「その通り。今川を援助出来ないよう北条に対して間接的に釘を刺しておきたい」
信行は金銭の援助と水軍の協力を餌にして反転攻勢を要請する考えだった。海上輸送を多用している北条にとって大打撃になる事から教吉には伊豆水軍と遭遇した場合は躊躇せず海戦を仕掛けるように指示を出した。
*****
教吉を送り出した後、信行は先鋒を務める勝家と利家を呼び寄せた。
「二人とも忙しい時に済まない」
「どうされましたか?」
「二人に念を押しておきたい事があってね」
「松平元康の事でしょうか?」
信行は小さく頷いた。
「治部少輔様のお考えは変わらず?」
「変わっていない」
「承知致しました」
「治部少輔様、松平元康は秀隆様の奥方(瀬名)と曰くのあった人物。生かしておけば色々と問題があると思いますが…」
利家は勝家とは異なり、松平に対する信行の考えを聞いていない。しかし瀬名が元康に捨てられて周囲から酷い仕打ちを受けていた事を聞いていたので織田陣営に取り込むのは道義的に宜しくないと考えていた。
「私の考えは利家の考えと同じだと思っている」
「なるほど。私の考えは伯父貴殿(勝家)と同じなので納得致しました」
「不要な者を敢えて囲い込む必要はない。軋轢を生じさせる存在を排除するのも我々の役目だと思っている」
「松平を買っている御館様から恨みを買うかもしれませんな」
「元康を生かせば喜六郎を殺す事になるよ」
元康が配下に加わるような事になれば瀬名を正室にしている弟秀孝は信長に対して不信感を抱いて兄弟仲に亀裂が入り、元康を不要な存在だとしている信行も距離を置く可能性が高かった。
「確かに。それを認めれば拙い事になりますな」
「御館様が状況を見誤るとは思えませんが」
「兄上には蝮殿が付いているから心配はしていない。万が一の時は私も動くが母上にも動いて頂く」
信長には義父斎藤道三が付いている。道三には駿河攻めで今川と松平を滅ぼすと密かに伝えており、織田との因縁が深い松平を残すのは家中統制を考えれば無理があると同意を得ている。
「御前様が動けば御館様は何も言えなくなるでしょうな」
「昔と違って今の兄上なら素直に耳を傾けてくれるよ」
信長がウツケを演じていた頃は互いに毛嫌いしていたが、信秀の死後は信行が間に入る事で関係は改善された。今の信長は御前の言葉に耳を傾けて従うべきところは従うようになっているので、信行はそれを信用して動く事にしていた。
「もう一つ、今川家臣の小野道好は殺さず捕えてほしい」
「主家を裏切るような下郎に生かす価値など無いと思いますが」
小野道好は父の政直と共に今川家に取り入る為に主家の井伊家を裏切り崩壊に追い込んだ後、今川家臣としてそれなりの地位を築いていた。一家離散の事態に追い込まれた直虎はしばらく後に信行の正室として織田家に迎えられたが、小野一族に対する恨みは消えていない。
「私としては直虎に仇を取らせたいんだよ」
「そういう事ならお任せ下さい」
「正成には逐一情報を二人に伝えるよう命じておく」
二人は松平元康殺害と小野道好捕縛という難しい役目を引き受けて駿河に向かう事になった。
*****
皆様にお知らせです。
近況ノートにも記載しておりますが、今月半ばから約2ヶ月間病気療養の為に入院する事が決まりました。
次回分から掲載ペースが遅くなるか停止する可能性が高いので読者様にはご迷惑をお掛けしますが、気長にお待ち頂ければ幸いです。
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