第61話 帰国の途に

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=====


信行は幕府の様子を探らせていた服部正成から報告を受けていた。


「槙島城の様子は?」


「静かにしております」


「却って不気味に見えますな」


「余計な動きをされるよりは良いと思うよ」


信行の脅しに近い説得により室町殿から退去して槙島城に移された足利義輝と幕臣たちは復権を諦めている様子で慎ましく暮らしていた。


「御内書を出した様子も無い?」


「ありません」


「自分から朝敵になる愚を犯す事は無いと思いますが」


「公方はそれを理解していないから怖いんだよ」


「確かに世情を知らなさ過ぎますな」


「当面は監視を続ける必要はあるけど、そろそろ甲賀に引き継いでも良いだろう。兄上には私から話をしておくよ」


「承知致しました」


信長色の強い検非違使庁は甲賀忍を重用する方向で動いているので信行麾下である服部党は信行の帰国に合わせて甲賀忍に役目を引き継いで御役御免になる事が決まっていた。


*****


上洛軍(織田・北畠・願正寺)は当初目的を果たしたとして自領に引き上げる話が持ち上がり、詳細を決める為に三者は北畠邸に集まった。


「勘十郎、服部党と甲賀の引き継ぎは?」


「滞りなく終わりました。勝竜寺城の監視も一昨日から交代していますよ」


「鵜飼孫六を諜報担当役として検非違使判官に任じておいたぞ」


「ありがとうございます」


忍びが官職に任じられるのは異例の事である。孫六は辞令を聞いた時は驚きの余り困惑していたが、晴具から検非違使庁の権威を損なわない為にも引き受けるようにと直接言われたので最終的に辞令を受け入れた。


「ところで治部よ、池田と波多野は?」


「動く気配が全くありませんね。朝敵にされる噂が効いたようです」


「それに公方が都から退去させられた事も影響しているでしょうね」


「挙兵する意義が失われたようなものです」


摂津の池田勝正と丹波の波多野元秀は足利義輝が槙島城に退去した事と都に攻め込む勢力は問答無用で朝敵とする噂が畿内を駆け巡った事で双方とも尻込みして日和見を決め込む事に方針転換していた。


「次におかしな動きを見せたら朝敵として検非違使庁に討伐命令を出すつもりだ」


「内府殿、朝敵とする事について朝廷の意見は?」


「心配ない。御上(正親町天皇)と左府(左大臣西園寺公朝)はこちらの味方だ」


「右府様(右大臣花山院家輔)も我々の意見に賛同されているのでご心配なく」


晴具と具房が積極的に資金援助を行っている事で朝廷の大部分は上洛軍と検非違使庁に好意的な姿勢を見せている。


「都に居ない関白(近衛前久)の動きが気になります」


足利公方に近い立場にある上に都から離れて久しい近衛前久が不意に都に姿を現して余計な口出しをするのではと信行は警戒感を抱いている。


「越後の長尾家に滞在していると聞いているが」


「それは間違いないのですが、軒猿(長尾家の忍び)の警戒が厳しくて探りを入れるのが難しい状況です」


「公方が都を退去したと聞けば動き出すのは間違いないだろう。いざとなれば儂や参議なら数日で都に向かえる」


「その時はお願い致します」


前久が都に現われた場合は晴具か信長が対応に当たる事で話は纏まり、数日後に都を離れる事が正式に決まった。


*****


信行は自邸に戻ってから塙直政と服部正成を呼んで正式に帰国する事が決まったと伝えた。外部で漏らせば誰が聞いているか分からないので戻るまで一切口に出さなかった。


「ようやく帰れますな」


「配下の者も喜びます」


「遠江に戻れば駿河攻めを本格化させる」


「いよいよですな」


「今回は勝家(柴田)と利家(前田)も参戦させる。三河衆は一部を除いて留守を任せるつもりだよ」


「松平元康の影響力を鑑みてですか」


「その通り。三河衆の中には今川が居なくなった事で止むなく織田に降った者も居る。松平元康の存在が余計な忠義心を呼び起こす事に繋がりかねないからね」


「やはり松平元康は…」


「今回の戦いで始末する。それに恨みを抱く者が居れば合わせて消えてもらう」


信行は以前から三河に影響力を持つ松平元康の存在を危険視しており今川諸共滅ぼす考えを持っていた。今回の駿河攻めは絶好の機会になる。


「止むを得ませんな」


「某と服部党は治部少輔様に仕えた時に松平とは縁を切っております」


「織田に尽くしている服部党を少しでも疑えば罰が当たるよ」


「服部党を疑う者が居れば某が逆に問い質してやります」


「ありがとうございます」


正成は松平家に仕えていたが今川に傾倒して三河を省みない元康に失望して織田に仕える道を選んだ。駿河攻めに際して疑いを持たれないよう自身の想いを語ったが、信行から絶大な信頼を寄せられている事を伝えられた。


「帰国しても休む間が無いから覚悟をしてもらいたい」


「承知致しました」


「心得ております」


全ての引き継ぎを終えた上洛軍は御上を始めとする朝廷関係者への挨拶を済ませた後、帰国の途についた。



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