第48話 瀬名姫
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信行は降将の瀬名氏俊から込み入った話があるので聞いてほしいと頼まれた。城内では話せない内容だと言うので氏俊の屋敷に出向く事になった。
内藤勝介と明智光安から警戒するようにと指摘されたので服部正成が護衛として同行すると共に服部党が警戒に当たる事になり各所に散らばった。
「某の身内の件で聞いて頂きたい事がありまして」
「私で何とかなるなら力になりますよ」
「ありがとうございます。許しを得たのでこちらに来なさい」
「失礼致します」
氏俊に促されて部屋に入ってきたのは信行と同年代と思しき女性である。信行は特に気にする事も無かったが、正成は女性を見た瞬間に顔を顰めた。
「瀬名氏俊の娘、瀬名と申します」
「織田治部少輔信行です」
「瀬名は兄関口親永の娘でしたが、故あって某が引き取って養女にしております」
「事情はそれとなく聞いています。瀬名殿は松平元康殿の奥方ですね」
「治部少輔様の仰せの通りですが、少し前に離縁致しました」
氏俊は瀬名を引き取った理由を語り始めた。瀬名は元康に嫁いだものの祝言を挙げた日から全く相手にされなかった。元康は他の女性の所に入り浸りで祝言する前から夫婦関係は破綻していた。元康に非があるのは明らかだったが、父親永と今川義元は元康を振り向かせる事が出来ない瀬名に非があると非難した。元康から捨てられた形の瀬名が周囲から孤立する状況を見かねた氏俊は元康に直談判して離縁を承諾させた。その後で瀬名を強引に引き取り養女に迎えて曳馬城に連れて来ていた。
「正成、どういう事かな?」
「まさかとは思いますが、元康と懇ろの仲になっていたのは…」
信行と正成が初めて顔を合わせた時に聞いた話と食い違いがあったので信行が理由を訊ねたところ正成には思い当たる事があった。
「相手は今川義元の娘です」
「やはり…」
「瀬名、相手を知っていたのか?」
氏俊は驚いて瀬名を見ると瀬名は目に悔し涙を浮かべていた。
「相手が家臣の娘なら父に申し出て何とかしてもらうなど手の打ちようはあります。しかし今川義元の娘が相手なら私が申し出たとしても出鱈目だと決め付けて誰も相手にしてもらえません」
「何という事だ…」
氏俊は瀬名の苦悩を知り絶句したが、直ぐに松平元康・今川義元・関口親永らに対する怒りが込み上げてきた。
「瀬名殿、一からやり直す気があるなら私が何とかする」
「私のような役立たずを貰って頂ける殿方が居るようには思えませんが…」
「心当たりが一人居るんだよ。岡﨑から呼び寄せるからしばらく待ってほしい」
「分かりました。治部少輔様の仰せに従います」
*****
「兄上、お呼びとの事で参りましたが」
「急に呼び出して悪いね」
「この手紙は兄上らしくありませんね」
信行に呼び出された秀孝は送られてきた手紙を取り出して信行に渡した。至急の用があるから曳馬城に来るようにとだけ書かれているので未だに意味が分からず訝しげに信行を見ていた。
「これでは三郎兄上(信長)と変わりませんよ」
「込み入った内容だから手紙には書けなくて」
信行は苦笑いを浮かべながら秀孝に頭を下げた。信行が理由を話せないのはおそらく信長が絡んでいるからだと秀孝は思っているので他意は無かった。
「事情は出先で説明するから」
「出先?分かりました」
信行は秀孝を伴って氏俊の屋敷に向かったが、秀孝はいよいよ理由が分からず首を傾げるだけだった。
*****
連れて行かれた場所に同年代の女性が居たので秀孝は驚いた。
「兄上、これはどういう事ですか?」
「簡単に言うと顔合わせだね」
信行が含み笑いしたので秀孝はそういう事だったのかと意図を察した。
「敢えて聞きますけど、三郎兄上が言っていた複雑な事情というのは?」
「喜六郎の嫁を探してくれと頼まれてね」
「正直に言ってくれたらよいものを」
「そういう訳にもいかない事もあってね」
秀孝は呆れた顔で信行を見た後、瀬名の方へ身体を向き直した。
「それでは早速始めましょう。瀬名殿も待たされるのは嫌でしょう」
「そ、そうか。それなら始めよう」
秀孝の切り替えの早さに信行は呆気に取られた。瀬那は二人の遣り取りに笑いを堪えられず顔を伏せて肩を震わせていた。
「私は織田信長の弟で喜六郎秀孝と申します」
「私は瀬名氏俊の娘で瀬名と申します。私は先日まで…」
「何があったのかは聞きません。今から楽しめば良いじゃないですか」
「えっ?」
「嫌な思い出があるなら頭の片隅にしまい込むか、全て忘れてしまえば良いのです。私も稲葉山で義姉から嫌味を言われ続けて嫌気が差していましたが、全て置いてきましたよ。今は自分に与えられた役目を楽しんでいますよ」
秀孝は自分の経験を話した上で環境が変われば嫌な事は直ぐに忘れると瀬名に伝えた。秀吉からの報告で秀孝は生き生きと働いていると信行の耳にも入っていたので感心しながら話を聞いていた。
「瀬名殿、一緒に岡崎へ行きませんか?岡崎に来れば嫌な事は直ぐに忘れますよ」
「私で良ければ…」
「兄上、そういう事で話は纏まりました。後の事は宜しくお願いします」
「分かった。氏俊殿と話を進めておくよ」
「瀬名殿、旨い団子が食べれる茶店があると聞いたので早速行きましょう」
「はい!」
秀孝と瀬名は本当に茶店に行ってしまった。残された信行と氏俊は呆気に取られた。
「瀬名の笑顔を見たのは久方ぶりです。治部少輔様に感謝致します」
氏俊の言葉を聞いて我に返ってみると秀孝は瀬名の境遇を知った上であのような態度を取ったのではと考えた。信行の推察も当たっていたが、秀孝は瀬名を見て思うところがあり、勢い任せて瀬名の首を縦に振らせたのが真相である。
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