第49話 信長現る
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秀孝は祝言を済ませると瀬名を連れて岡崎に戻ってしばらくすると入れ替わるように土田御前と勘一郎が曳馬城にやって来た。
「喜六郎が瀬名を連れて来たので驚きましたよ。勘十郎から先触れがなければどうなっていた事やら」
「二人の様子はどうですか?」
「仲睦まじい様子でしたよ。私たちが心配するような事はありません」
「それなら安心です」
御前は亡夫信秀の女性関係に苦労したのでその方面に関しては感が鋭い。信行は御前の言葉を聞いて安心した。
「岡崎に居る三河衆(旧松平家臣)が瀬名を見て騒ぎになったので驚きました」
「その事は勝家から聞いております」
岡崎に戻った秀孝と瀬名の姿を見た三河衆の一部が柴田勝家や木下秀吉を取り囲んで事情を説明しろと詰め寄る一幕があった。
「事情を聞いた多くの者が松平元康に対する罵詈雑言を並べ立てていたそうです。余程腹に据えかねたのでしょうね」
事情を聞いた三河衆は二人に土下座をして謝罪したが、腹の虫が収まらず元康に対する怒りを顕にしていた。元康は自ら三河武士との繋がりを断ち、破滅の道を進んでいた。
*****
遠江国内の巡察を終えて仕置きに忙しくしている信行の元に秀孝から手紙が届いた。
「直虎、瀬名が身籠ったらしいよ」
「慶事が続きますね」
「秀吉に嫡男が生まれたのが切っ掛けだよ」
秀吉と寧々に嫡男、信長と帰蝶に第二子(女)が誕生した。市は北畠具房の第一子を身籠り、直虎も第二子を身籠った。
「柴田殿(第二子)や前田殿(嫡男)も子宝に恵まれたと聞いております」
「それに水を指したのが兄上なんだよね…」
「あの手紙ですね」
秀孝と瀬名が祝言を挙げる旨を伝える信長に手紙を送った。信長から返信が送られたが、娘(第二子)が産まれて忙しいから信行が代わりに対応するようにと書かれていた。
間が悪い事に土田御前がその場に居合わせており、案の定激怒して信長を叱責する手紙を送った。喜六郎が祝言を挙げるのに対応を信行に丸投げするのはどういう事だと書かれていた。
それから半月も経たない内に秀孝から手紙が届いて信長が突然岡崎に現れて秀孝と瀬名を祝福すると共に祝儀を渡したという。御前から送られた叱責の手紙を帰蝶に見られてしまい、動けない理由として帰蝶の名前を使っていた事が発覚した。帰蝶からも叱責された信長は慌てて岡崎へ向かい、秀孝と瀬名に対面した。
*****
「兄上、どうしました?」
「岡崎まで来たのに曳馬に足を延ばさないのはいかんだろう」
「そう言って頂けるのはありがたい事ですが…」
曳馬城広間の上座には顰め面をした信長が座っておりため息を付いていた。
「この後、母上に会われますか?」
「既に会って話を済ませた。ここに向かう途中で偶然出くわしてな…」
「何か言われたのですか?」
「母上に挨拶するなり一生分と思えるくらい怒鳴られたぞ。直虎が来なければ無限地獄だった…」
御前に用事があって訪ねてきた直虎に助けられて信長は何とか抜け出す事が出来た。
「心中お察し致します」
「こんな事はもう懲り懲りだ」
「母上と話をする機会が得れたと思えば気も楽になりますよ」
「分かった、分かった。ところで遠江はどうなっている?」
「大井川西岸まで我々の勢力下にあります。吉田城には佐久間盛次と佐久間盛重を入れて駿河方面に目を光らせています」
「順調のようだな」
「瀬名氏俊と吉良義貞が積極的に動いているので助かっています」
「頼むぞ」
遠江の統治については信長も満足しており、当面の目標である今川討伐に向けて駿河攻略の準備を進めるよう指示が出された。
「上洛の方はどうなりましたか?」
「俺が稲葉山に戻り次第出発する。都合が付くなら一緒に行くか?」
「都に居る公家や幕臣の顔を見てやりましょう」
信行は信長の誘いに応じて上洛する事になった。都を支配する連中がどのような面構えをしているのか
興味を持ったのが腰を上げる切っ掛けになった。
「直ぐに動かせるのは青母衣衆だけですが」
「構わん。俺の手勢を貸してやるから心配するな」
「ありがとうございます」
信行は青母衣衆を率いる塙直政を呼んだ。直政は一人の兵士を伴い現れた。
「御館様、ご無沙汰しております」
「信行が安心して動けるのはお前の働きが大きい。感謝しているぞ」
「ありがとうございます。御館様の配下として那古野に居た頃より楽しんでおります」
信行は直政に全幅の信頼を置いており、指示以外に口出しする事が無いので何をするにも遣り甲斐があった。
「相変わらず真っ直ぐな物言いだな」
「某の本分なので」
「それがお前の良さなので何も言わん。ところで後ろに居るのは浅井賢政、いや浅井長政だな」
直政が連れて来たのは小谷城の戦い以降、織田家に仕えている浅井長政だった。信長が来ている事を耳にした長政が一言お礼を言いたいと申し出たので直政は快諾して同行を許可した。
「ご無沙汰しております」
「元気そうだな」
「ありがとうございます」
長政は一足軽として配下に加わったが先の戦いでの功績が認められて足軽大将になっていた。
「治部少輔から話は聞いている。浅井家再興の為に励めよ」
「承知致しました」
挨拶を終えた長政は直政に促されて広間から退出した。
「勘十郎、どう見ている?」
「見込みはありますよ」
「あの時、俺が迷ったのも無理はないだろう」
「久政が居なければ私も兄上に賛成していましたよ。あの男は織田に災いを為す存在でしたからね」
浅井久政のように旧態依然の考えに凝り固まり現実を直視出来ない者が配下に居れば、かつての林通具のような獅子身中の虫となり織田に災いを為すと信行は見ていた。
「確かに久政が居れば何事にも気を遣う必要があっただろうな」
「朝倉を攻める時、久政主導で我々に反旗を翻していた筈です」
「そうなれば要らぬ不幸を招いていただろうな」
信長は一族の誰かを長政に嫁がせて婚姻同盟を考えていた。同盟が成立していれば不幸を招いていた可能性が高かった事を考えると寒気がした。
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