第44話 戦評定

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信行は三河に帰国後、家臣を岡崎に集めた。内藤勝介・明智光安・佐久間盛重・佐久間盛次・柴田勝家・明智光秀・塙直政・服部正成・木下秀吉・前田利家の家臣団に加えて正室直虎の姿もあった。


「兄上から正式に遠江攻めの許しを得た」


「準備は既に整っております」


留守を預かっていた勝介が光秀に命じて準備を進めており、信行が帰国する前に動ける態勢を整えていた。


「今川は遠江に戦力を回す余裕は無く、武田と北条も身動きが取れないので応援は困難な状況です」


武田と北条は互いに敵を抱えているので今川に増援を送る余裕は無く、今川は遠江防衛を諦めている感すらあった。


「正成、我々の遠江侵入に合わせて蜂起せよと井伊谷に伝えよ。それと直虎が私と共に出陣する事も付け加えてくれ」


「承知致しました」


「お待ち下さい。奥方様も出陣されるのですか?」


直虎の出陣を聞いて勝家が驚いて声を上げた。他の者にとっても寝耳に水で唖然とする者も居た。


「遠江侵攻は井伊家復興という大義名分がある。直虎自ら動く事でそれを全面に押し出す」


「大義名分と理由ならば反対出来ません」


事情を理解した勝家たちはそれ以上何も言わなかったので評定は再開された。今回は井伊残党との話し合いも予定しているので勝介の出陣も合わせて決まった。


「勝家、岡崎城代として三河を預ける。利家には長篠城を任せる。三河衆(旧松平家臣)を上手く使ってくれ」


「承知致しました」


「私が城主ですか?」


勝家はある程度予想していたので淡々と承諾したが利家は予想外だったので思わず聞き直した。


「武田の南下を防ぐ重要な役目だ。勝家の代わりとなれば利家、お前しか居ない」


地の利がある三河衆で信用の置ける者に任せても良かったが、若手世代の中で母衣衆を束ねる直政や奉行を務める秀吉に比べて出世が遅れ気味の利家に自覚させる意味も込めて抜擢した。


「治部少輔様の期待に背かぬよう全力で務め上げます」


利家は今も信行から期待されている事に意気を感じて深々と頭を下げた


「秀吉は勝家の補佐役と我々の後方支援を任せる。重要な役目なので頼むよ」


「お任せ下さい」


「寧々の事を労ってやれ。もうすぐ子供が生まれるだろう?」 


寧々の間に待望の第一子が間もなく生まれるという時に遠江侵攻が決まり秀吉は落ち着きがな上役である勝介も心配していた。その話を聞いた信行が公私ともに懇意にしている勝家の下に付けて岡崎に残れるよう配慮した。


「それでは他の方に申し訳が立ちません」


「皆から秀吉を三河に残せと頼まれたからね」


「寧々殿を泣かせば奥方様(帰蝶)から叱責されるからな」


「奥方様が怒れば誰も止められんのだ」


「そういう事だから頼むよ」


信行は周りから配慮するように指摘されたからだと言って秀吉に気を遣わせないようにした。秀吉は涙を流して何度も頭を下げて信行の配慮に感謝した。


「よく泣く奴だ」


「茶化す割には貰い泣きしている奴が居るぞ」


「これは目から汗が出ているだけです」


勝家が秀吉を茶化したが、勝家自身も泣いていたので勝介に茶化されたので広間は笑い声に包まれた。戦評定特有の刺々しい感じはなく終始穏やかな雰囲気で行われた。


*****


評定が終わり自室に引き上げた直虎を除いて全員が広間に残り雑談している最中、稲葉山からの使者が到着したと告げられた。


「近江で新たな動きでも?」


「どうだろう…。近江次第で上洛時期が変わってくるからね」


「遠江攻略を急かされる事も有り得ますな」


「急かされても無理なものは無理だよ」


何の用事で使者が来たのか分からないので近江で動きがあったという前提で意見交換が行われた。


「治部少輔様、ご無沙汰しております」


「貞勝、何かあったのかい?」


岡崎に来たのは祐筆の村井貞勝だった。貞勝は若い家臣を一人伴っていたが、素性を知る者は信行を始めとして誰も居なかった。


「御館様より手紙を預かっております」


「取り敢えず読ませてもらおう」


信行は手紙を読んで貞勝が連れて来た者の正体を知った。


「君が浅井賢政とは思いもしなかったよ」


「浅井賢政?」


「浅井久政の嫡男で捕虜になっていた筈だが」


「何故ここに居るのだ?」


「敵将を自由にさせて良いのか?」


浅井賢政は小谷城陥落後に稲葉山城に身柄を移されて軟禁状態にあった。それが突然岡崎に現れた上に拘束されていないので家臣たちは驚き、怒りを露わにする者も居た。


「皆、落ち着け!理由は今から説明する」


「治部少輔様の話を聞いてから発言しろ」


信行は険悪な雰囲気になった場を落ち着かせる為に語気を強めた。勝介も一喝して周囲を睨み付けた。


浅井賢政は六角や朝倉と同じように織田を毛嫌いしていた父久政と異なり、浅井を存続させる為には織田に従うのが最善だと考えていた。信長の使者を迎えた際にも久政にその事を訴えたが聞き入れられず最後は交渉の場からも遠ざけられた。


賢政は同じ考えを持つ家臣を通じて使者に接触して戦を回避する為に家中を説得すると伝えて実際に動いていた。ある時に主戦派の家臣に察知され、大獄丸(小谷城を構成する曲輪の一つ)に幽閉された。


その直後に織田軍が領内に侵入して戦いが始まった。賢政は家中に無駄死にするなと降伏を促す手紙を送り続けたが大半の者は相手にせず、戦場に赴き次々と死んでいった。


敗色が濃厚になり監視の目が緩くなった隙に賢政は大嶽丸を脱出、家族や自身に同調する家臣を伴って小谷城を離れて織田軍に降伏した。信長は一連の流れを知っていたので自軍に迎えようとしたが想像以上に反発を受けた。


信長は方針を変えて一旦捕虜として稲葉山城で幽閉後に信行に預けて対応を委ねる事にした。信行は北近江の合戦に参加していないので反発する者が少ないと考えての事だった。


「浅井賢政は私が引き受ける。反対する者は?」


「治部少輔様にお任せ致します」


信行の話を聞いて大半が何とも言えない表情になり賢政の受け入れに同意した。


「浅井殿、申し訳なかった」


「完全に誤解していた。申し訳ない」


反対していた者は次々と賢政に謝罪の言葉を口に出して頭を下げた。


「美濃と尾張に居る者を黙らせる為に功績を挙げるとなれば…。直政、青母衣衆に預けたい」


「承知致しました。徹底的に鍛えましょう」


「宜しくお願い致します」


賢政は信行の家臣として青母衣衆に配属、名前も賢政から長政と改めて一から浅井家の再興を目指す事になった。

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