第45話 喜六郎

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出陣の準備で慌ただしくなっている岡崎城に信行の実弟である織田秀孝が訪ねてきた。秀隆は信長から預かっていた手紙を信行に渡すと緊張の糸が切れたように寛ぎだした。


「喜六郎を鍛えてくれか…。長政の時と同じだな」


「長政…。誰の事です?」


「何れ分かるよ」


先日岡崎にやって来た浅井長政と全く同じやり方で人を預けられたので信行は苦笑した。


「急に呼び出されまして岡崎に行けと命じられました」


「理由は聞けなかったようだね」


「有無を言わさず命じられましたので尋ねる余地もありませんでした」


秀孝は信長に命じられると直ぐに荷物を纏めて岡崎に向かった。下手に口答えすると拳骨が飛んでくるのでそれを避ける意味もあった。


「稲葉山に戻りたいなら兄上に執り成すよ」


「いえ。兄上から拳骨を喰らいたくないのと勘十郎兄上の仕事振りを学びたいので厄介になります」


「取り敢えず母上に挨拶してから今後の事を相談しよう」


信行は秀孝を伴って土田御前の部屋に向かった。御前は喜六郎を見ると驚いて尻餅をついた。


「き、喜六郎!なぜ岡崎に居るのです?」


「兄上より岡崎に行けと命じられましたので」


「どういう事なのです?」


「実は」


信行は秀孝が岡崎に来た理由を御前に説明した。信長らしいと言えばそれまでだが、当の本人に理由を伝えないのは如何なものかと呆れていた。


*****


信長のお陰で御前の機嫌が悪くなりそうだったので挨拶を早々に済ませると二人は別室に場所を移した。


「知っていると思うけど数日中には遠江に向かう事になっている」


「その事は耳にしております」


「私に同行して戦を学ぶか、三河に残って内政を学ぶかの二択になる。合戦を経験するのも良いけど、岡崎に残って内政を学ぶのも有りだと思う」


秀孝は稲葉山で信長の手伝いをしていたが、手紙の代筆など祐筆の補助をしているだけだった。国を治める上で最も重要な事が何なのかを考えれば答えは一つだった。


「岡崎で内政を学びます」


「分かった。誰か、秀吉を呼んでくれないか」


「承知致しました」


秀孝が岡崎に残ると言ったので信行は内政の師匠役として考えていた木下秀吉を呼んだ。


「忙しい時に呼び出して済まない。弟の秀孝をしばらく預かる事になってね。内政を一から叩き込んでほしい」


「人に教えるのは経験が無いので…」


秀吉は自分で出来る事は人に頼まず自らやってしまう癖があるので教えを請う事はあっても教える事は無かった。


「普段やっている事を順序立てて説明してくれたら良いよ」


「それなら大丈夫だと思いますが、私で宜しいのでしょうか?」


当主の弟の指導役に商人上がりの自分がなるのは筋違いではないかと秀吉は思っていた。


「奉行を務める秀吉に任せるのが最善だと私は思っている」


「秀孝様の役に立つよう務めさせて頂ます」


「普段通りの事をすれば良いから」


通常の仕事が疎かになれば本末転倒になるので信行は普段通りにするようにと秀吉に釘を差した。


「兄上から指示が出るか秀孝自身が納得するまで面倒を見るつもりだから頼むよ」


「承知致しました。秀孝様、宜しくお願い致します」


「こちらこそ宜しくお願い致します。私の事は喜六郎と呼び捨てて頂いて結構です」


「滅相もない。それだけはご容赦下さい」


二人の話が堂々巡りになりそうだったので信行が間に入り、喜六郎殿・秀吉殿と呼び合う事で落ち着いた。


「三郎兄上からもう一通手紙を預かっております」


「内容は?」


「何も聞いておりません。ただ兄上に渡せとしか」


信行は手紙を受け取り中身を確認すると、秀孝の嫁探しを命じる内容だった。


「…」


「何と書いてあるのですか?」


「ややこしい話でね。喜六郎でも話せないよ」


「何か複雑な事情がありそうですね」


自分の役目を人に押し付けるのは勘弁してくれと言いそうになったが、上洛の準備で多忙を極める信長の事情も理解しているので口に出せなかった。


*****


信行は秀孝を秀吉に預けると自室に戻った。都合が良い事に土田御前と直虎が居たので手紙の内容(喜六郎の嫁探し)を伝えた。


「三郎は何を考えているのやら…」


「義姉上(帰蝶)に相談されなかったのでしょうか?」


「義姉上は市の事もあるから喜六郎の事まで気が回らないかもしれないね」


信長と信行の同腹妹である市がそろそろ輿入れの適齢期なので信長は頭を悩ませつつ相手を探していた。縁談を何度か持ち掛けたが本人だけでなく帰蝶も加わって二人で何だかんだ理由を見つけては拒否していた。


「私と直虎も折を見て探してみますが当てにしないように頼みますよ」


御前は信行に丸投げした信長に呆れていたが、事情を知っているだけに表立って怒るわけにもいかず直虎と共に出来る範囲で人を探す事にした。


「助かります」


「勘十郎様も大変ですね」


「これだけは見つけようと思っても中々見つからないからね。偶然見つかる事に期待するよ」


信行自身が駿河に行った際、直虎の話を偶然耳にしたのが切っ掛けで正室に迎える事になった。今回の遠江侵攻で運良く見つかれば良いのだがと信行は思った。

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