第43話 剣鬼亜相

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信行は祝言の仲人を務めた後、北畠晴具と話し合いに入った。北畠側は木造具政(晴具次男)、織田側は塙直政を各々同席させていた。


「具教が亡くなってから何をするにも億劫になっていたが、織田殿のお陰で気力が湧いてきた。感謝している」


「こちらも北畠家と縁を結ぶ事が出来たので感謝しております」


晴具と具政が明るく振る舞っていたのを見て、北畠は受け入れてくれたと信行は一安心した。


「治部殿(信行)、弾正殿(信長)は近々上洛すると聞いている」


「準備は既に始めておりますが、近江の仕置きに目処が付き次第になります」


「確かに厄介な連中が残っている」


琵琶湖西岸の西近江は叡山のお膝元である坂本、会合衆が支配する堅田、豪族集団が支配する高島郡があり、六角家も扱いに手を焼いていた。


叡山と堅田については目処が付いており、高島郡についても蒲生定秀を大将とする一軍を投入して早期に決着を付ける準備を進めていた。


「私は三河で今川と武田の監視に当たる予定です。武田が空巣狙いで美濃方面に動くようなら甲斐に攻め込む方向で準備を進めています」


信行は武田と今川を警戒する体を取っているが実際は遠江へ攻め込む準備をしており、時期を見極めている状況だった。


「上洛の件で大納言様にお願いしたい事が」


「儂に出来る事なら」


「実は…」


信長の名代として都で公家と幕府への対応で動いていた長兄の信広が病に倒れて役目を果たすのが困難な状況になっていた。信長は代役に目星を付けているが教導役の下で経験を積ませようと考えていた。教導役としては家老の平手政秀が適任だが高齢で無理をさせる事が出来ず信長も頭を抱えていた。


「大納言様には兄と共に上洛して頂き、公家と幕府への対応でご助力をお願いしたい次第です」


晴具に協力を求めるのは信長から相談を受けた信行が思い付いた。晴具は予てから上洛の意志を持っていたので、公家や幕府に対して睨みを効かせる事が出来る人物を探していた信長にとって最適の人物だった。晴具が良い印象を抱いている信行に交渉させて了承を得る考えだった。


「喜んで引き受けよう。次の機会があれば具政に留守を任せて儂と具房が動くつもりだった。ぼちぼち準備を始めるので時期が分かれば知らせてくれ」


「ありがとうございます」


「具政、何が可笑しいのだ?」


「甥御が近江に行っている間、親父殿が刀を振る機会が無いと愚痴っていた事を思い出しましてな」


「そうだったか?とにかく上洛の際は露払いを務めさせてほしいものだ」


晴具は文武両道であり剣術に秀でている。領内に現れた百名以上の野盗集団に対して、具政と十数名の配下を率いて急襲、全員血祭りに上げるという凄まじい戦果を挙げている。


近江侵攻の際は具房が大将としてそれなりの戦果を上げている。晴具は上洛する機会があれば大将ではなく一人の剣客として合戦に臨み、思う存分に剣を振るってみたいと思っていた。


「治部少輔殿、露払いの件を何卒弾正大弼殿にお伝えして頂きたい」


兄具教の死で気力を失っていた父晴具が孫のお陰で気力を取り戻す切っ掛けを得たので具政は何とかしてやりたかった。


「中将様(左近衛中将・具政)、露払いの件は必ず兄に伝えますので頭を上げて下さい」


「感謝する」


上洛後における重要な役目を担って貰えるなら先鋒を任せるのは条件として大した事ではないと信行は快諾した。


*****


一連の行事を終えた信行は北畠一族に見送られて大河内城を後にして美濃へ向かった。稲葉山城に入った信行は信長に対面すると、祝言が無事に終わった事と晴具が上洛時の先鋒を務めたいと希望している事を伝えた。


「剣鬼亜相の血が騒いだか」


「剣鬼亜相と申しますと?」


「お前が知らないとは意外だな」


晴具は先の暴れっぷりから剣鬼と恐れられている事に加えて自身の官職である大納言の唐名にあたる亜相を組み合わせて剣鬼亜相という異名を付けられていた。


「確かにあの御仁が刀を振るえば鬼に見間違えるかもしれませんね」


信行が大河内城に滞在していた際、晴具が刀を手入れしている所に偶然出くわしたので様子を見守っていたが、晴具の目が普段とは全く異なり殺気に満ちたもので背筋が寒くなった事を思い出した。


「大納言には露払いを任せる旨の手紙を送っておく。勘十郎は予定通り遠江攻略に全力を上げてくれ」


「承知致しました」


「前にも話したが、上洛はお前にも同行してもらう。大納言を長く待たせるのも悪いから出来るだけ早く落としてくれ」


「心得ています」


岡崎に帰る信行一行を見送った信長は晴具宛に上洛時の先鋒を依頼する旨の手紙を送った。

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