第42話 輿入れ
ご覧頂きましてありがとうございます。
ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。
=====
稲葉山に戻った帰蝶から説明を聞いた市は北畠具房に輿入れする事を承諾した。信長は近江の仕置きに一区切りつけると丹羽長秀と蒲生定秀に後事を任せて稲葉山に戻り輿入れの件を公にした。
信行は北畠晴具から仲人を要請されたので伊勢に行く事になり、正室直虎・嫡男勘一郎・母土田御前と共に美濃へ向かった。
「勘一郎、儂の事を覚えているか?」
「兄上、会ったのは生まれて間もない頃ですよ」
「儂の顔を見て笑っているぞ。覚えてなければ笑わない筈だ」
「三郎、ならば私の顔を見る度に驚くのは何故ですか?」
信長の耳に聞きたくない声が入ったので恐る恐る顔を上げると土田御前が目の前に立っていた。
「母上…、お久しぶりです」
「顔色が悪いようですね。身体の具合が悪いのか、それとも私を見て気分が悪くなったとか?」
「そのような事は一切ありませぬ。勘十郎、遠江の件で話があると言っていたな。場所を変えるぞ」
信長は土田御前に頭を下げると一目散に部屋から出て行った。呆れながら見送る女性陣を他所に信行は笑いを堪えながら信長の後を追い掛けた。
*****
「今川と武田の動きは?」
「今川は戦力不足、武田は長尾との合戦が続いているので動けない状況です」
「となれば北条も同じか」
「その通りです」
今川は先の大敗で駿河を守るのに手一杯となり、武田は長尾との合戦が長期化している影響で他方に戦力を出せない状況である。北条も海戦に大敗した事で安房への兵糧輸送が滞るようになり、攻勢が一転して守勢に変わりつつあった。
「遠江は取れるか?」
「お任せ下さい。井伊の残党と連絡を取り合い、攻める時期を見極めている状況です」
「近江も五郎左(丹羽長秀)と定秀(蒲生)が上手くやっている。遠江の攻略が終わる頃には片付くだろう」
信長は叡山との交渉に成功して坂本の支配権を手に入れた。代償として厄介者になっていた僧兵と一部の僧侶を排除して叡山健全化の手助けをした。
堅田については美濃や尾張の商人を使って会合衆の商いを合法的に妨害して力を奪い、影響力の排除を終えつつあった。
「本福寺の扱いは?」
「願証寺に属すると申し出たので法度遵守を条件に存続を認めた」
「石山は怒り狂うでしょうね」
「勝手にやってくれ、だな」
本福寺は願証寺による説得工作で一向宗から離脱する事になった。叡山糾弾の先鋒役だった本福寺の離脱は石山本願寺にとって痛手である。怒りの矛先が織田や北畠に向けられるのは間違いなく、全面対決になる可能性が高くなった。
「全面対決になるなら本願寺の連中に目に物見せてやりますよ」
「あれを使うのか?」
「無論使いますよ。石山本願寺を瓦礫の山にしてやります」
信長は信行に城攻めで使用する武器の開発を任せており、少し前には実戦で使用出来る目処が付いていた。信行はどうせなら石山本願寺のような大掛かりな攻撃が必要な時に使うべきだと考えていた。
*****
吉日を選んで稲葉山城を出発した花嫁行列は街道を南に下り伊勢を目指したが、普段のそれとは異なる意味で沿道の民から注目されていた。
信行と轡を並べているのは赤の具足を身に着けた正室直虎である。その後方には濃紺の具足を身に着けた花嫁の市が馬を操っていた。土田御前と勘一郎は
その直後を進む籠に乗っていた。
織田家の妻は夫が合戦に出ている間は具足を身に着けて留守を守る風習がある。帰蝶や土田御前も具足を所有しており、信長や信行が合戦に出ている時は必ず身に付けている。
市も母や義姉の甲冑姿を見て具足が欲しいと信長に強請り、用意させた物を事ある毎に身に着けていた。
「市の姿を見て北畠具房は腰を抜かすかもしれんな」
「腰を抜かすようでは義妹の夫は務まりませんよ」
「確かにそうだが…」
「義妹が裏から北畠を支配する事もありそうですね」
「縁談を勧めた勘十郎がそれを許すと思うか?」
「織田の為なら喜んで許すと思いますよ」
二人は何だかんだ言いつつ具房と市が問題なく夫婦生活が出来る事を祈りながら行列を見送った。
*****
大河内城に到着した一行を晴具と具房が出迎えた。晴具は市と挨拶を交わした後、具房に相応しい良い女性が嫁いで来たと大いに喜んだ。
「具房様は私の夫に相応しい方だと確信しております」
「その言葉を聞いて安心したよ」
「兄上、私が断ればどうするつもりで?」
市は信行を試すように質問を投げ掛けた。土田御前と直虎は驚いて何か言おうとしたが信行に止められた。
「大納言殿と具房殿に頭を下げていたよ」
「兄上らしいですね。しかし織田家に恥を掻かせるのは言語道断な事。お断りする事はありません」
「これだけは言っておくけど、嫌な事は嫌だと言う勇気も必要だよ」
信行は信長を兄として当主として立てているが、出来ないものは出来ないと断っている。相手に対する気遣いは必要だが、必要以上に気を遣えば後々齟齬を来す原因になる事を暗に伝えた。
「心得ておきます」
「それと、市は自分の幸せだけを考えてほしい。それが織田家の為にならなくてもだ」
「兄上?」
「市は北畠の人間だ。北畠の為になる事だけを考えれば良い。織田と北畠の事を考えるのは三郎兄上と具房殿の役目だ。まあ僕の役目でもあるけどね」
「分かりました。心の中に留めておきます」
普段は信長に対して気の強さを見せて手を焼かせている市だが、神妙な面持ちで信行の話に耳を傾けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます