第41話 離反(1564年)修正版
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2024.12.17修正
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北畠具教の葬儀が終わり一段落したので、信行は北畠晴具を訪ねて三河に戻る事を伝えた。
「次に会うのは上洛か具房の婚儀だな」
「おそらくそうなるでしょう」
「土産話を楽しみに待つとしよう」
晴具と信行は馬が合ったのか日を置かずして互いの経験談や世間話を語り合うなど友人としての関係を築いていた。
「話は変わるが、昨日大湊の商人が訪ねてきたので蒲郡にも目を向けよと伝えておいたぞ」
「ありがとうございます」
「大湊が儲かれば我々も恩恵に預かれるからな」
「儲け話に聡い御仁ですね」
「上洛する為には資金が必要だと思うぞ?」
「確かに」
宮川河口に位置する大湊は北畠領内において最大の湊であり、数多くの商人が店を構えている。弔問に訪れた懇意の商人に信行と蒲郡湊の話をして一度訪ねたらどうかと伝えた。
「蒲郡に来たら顔合わせしてもらえると助かる」
「代官の山口教継に話をしておきますのでご安心下さい」
蒲郡は三河水軍の長である山口教継が治めており、法度を基本にして手堅くやっているので商人の受けも良い。蒲郡の商人が船を出す際は行先に応じて津島を拠点にしている尾張水軍と分担して護衛を出すので海賊に襲われる可能性も低く収入も安定していた。
*****
信行は大河内城を離れて北へ向かい、伊勢長島にある願証寺に到着した。下間頼旦の出迎えを受けて境内に入ると別棟に案内された。
「石山との関係を改める件で揉めに揉めまして」
「やはり揉めましたか…」
「石山から派遣されている者の大半が強硬に反対しておりますので僧兵が常に警護している状態で」
「頼旦殿に出迎えられた理由が分かりましたよ」
信行は門徒を刺激しないように護衛を塙直政と少数の青母衣衆だけに留めていたが、境内に入ると一行を睨み付ける者が居た。直政は警戒しようとしたが信行から相手を刺激する危険性があると止められた。
「気付いておられましたか」
「素知らぬ振りをしましたが、見破られているでしょうね」
「申し訳ございません」
信行が北畠で不幸があった事について頼旦に説明していると証恵が部屋に入ってきた。
「証恵殿、北畠大納言様より手紙を預かっております」
「拝見致します」
手紙には北伊勢の員弁郡を願証寺に割譲する内容が書かれており、証文も同封されていた。
「四郡に加えて員弁郡も…」
「現状を考えれば願証寺が面倒を見る方が無難ですし、民も安心すると思います」
「両家のご配慮に感謝致します」
織田が割譲した四郡と北畠が割譲した員弁郡は願証寺の影響下にあり、寺の関係者や門徒が多数を占めているので下手に関与して揉めるより手放した方が良いと考えてのものだった。
「石山本願寺から睨まれておりまして」
「浄土真宗として活動する事に対してですか?」
「そうではありません」
証恵は隠したところで何れ明らかになると考えて打ち明けた。石山本願寺の本願寺顕如が妻の実家である六角家討伐に手を貸すのは言語道断だと非難して織田家と関係を続けるなら破門にすると脅迫まがいの手紙を願正寺に送りつけた。証恵は御上の為に上洛する信長を邪魔した六角家に非があるとの返事を返したが火に油を注ぐ結果になり、どちらが正しいのか判断に迷っていた。
「失礼を承知で申し上げますが、石山本願寺と距離を置くべきです」
「導師、石山は公私混同しております。御上を蔑ろにする六角を認めれば我々も朝敵になってしまいます」
「朝敵か…」
本願寺は全国に信者を着実に増やしており、一目置かれる勢力に成長している。信仰に専念しているなら何ら問題は無いが、越前や加賀で一揆を主導するなど負の側面が目立つようになった。一揆を認めるなど過激な思想で突き進む石山本願寺のやり方は今の願証寺にとって容認出来ないものである。信長と信行はその点を突いて本願寺別院の一大勢力である願証寺を離反させて一向宗の切り崩しを画策していた。
「権力者に対して石山本願寺のように反抗するのではなく、権力者に意見出来る寺院として確固たる地位を築くべきではないでしょうか」
「武器ではなく言葉で諭せと?」
「その通りです。天下平定が成れば武器を持っていても意味が無くなりますからね。将来を見越して動くべきです」
権力者視点では見えない部分を民の視点に合わせて見る事が出来る立場を利用して権力者の良き相談相手になれば、重宝されても阻害される事はない。
「願証寺は織田家の方針に従いましょう」
「織田も北畠も願証寺に最大限配慮する事を約束致します」
証恵は織田北畠連合と手を組む事を決断した。石山の手先として一揆の片棒を担いで世間から非難されるより、見込みのある勢力に協力している方が命脈を保てると判断した。
*****
信行は長島を離れると南へ下り桑名湊から船を使って伊勢湾から三河湾に入り蒲郡に上陸した。岡崎城に到着すると家老の内藤勝介が待っていた。
「長い間留守にして悪かったね」
「そんな事より帰蝶様がお見えになられています」
帰蝶が不意に岡崎を訪れて信行に話があると言って十日前から滞在していた。帰蝶から信行以外では話にならないと言われたので勝介はどうする事も出来ず信行の帰りを待つしかなかった。
「義姉上が?」
「直ぐにご対面の支度を」
信行は衣服を改めると客間に向かった。客間には帰蝶本人に加えて土田御前と直虎も居た。
「私と義母上に旦那様から手紙が届きました。その件で聞きたい事があります」
「手紙?」
「読めば分かります」
信行は手紙を受け取り中身を確認すると、市を北畠具房に嫁がせる事が決まった事が書かれていた。自分は当面の間戻れないので信行に事情を聞いてくれと厄介事を押し付けられた形である。
「兄上には困ったものだな…」
「北畠具房はどのような御仁なのか?」
逃げた信長の事はどうでも良いから肝心要の事を説明しろと言わんばかりに帰蝶から詰め寄られた。
「引っ込み思案で他人に気を遣い過ぎる面はありますが、思慮深いが故の事だと見ています。兄上に似て気の強い市なら馬が合うと思いますよ」
「勘十郎殿は賛成なのか?」
「市の判断に任せますが、私は賛成です」
「勘十郎がそのように見ているのならば間違いはないでしょう」
「義姉上様、私も賛成致します。勘十郎様の見立てが間違っていた事はありません」
「そこまで言うなら勘十郎殿を信じて賛成しましょう」
直虎が言うように信行の見立てが間違っていた話は聞いていないので帰蝶も信じる事にした。帰蝶がここまで躍起になるのは市への説明役を任されたからである。
「岡崎で骨休めも出来たので稲葉山に戻ります」
「念の為に私も同行しましょうか?」
「勘十郎殿は直虎の傍に居なさい」
「承知致しました」
信行は帰蝶に睨まれたので慌てて頭を下げた。帰蝶の顔が一瞬だが蝮に見えたからで背筋が寒くなった。
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