第30話 招かざる客(1561) 修正版

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2024.6.12修正


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三河の仕置きで忙しい最中、美濃の信長から手紙が届けられた。

普段なら伝令に託して届けるところを今回は家臣の村井貞勝が持参した。


「三河を制した功績があるので相応な官位を名乗れと?」

「御館様は弾正少弼(正五位下)を名乗られます」

「兄上に言われて尾張介を名乗っているけど」

「三河を平定された方が尾張介を名乗るのはどうかと思いますが」

「それを言われると辛いところがある」

「御館様は素直に三河守を名乗れば良いと仰せでした」

「どうしたものかな」


信行はしばらく考えた後、治部少輔(従五位下)を名乗る事にした。

寺社を監督する役職なので一向宗とやり合った自分に合っているというのを理由として挙げた。


「もう一つ理由がある。今川義元への当てつけだよ」

「なるほど。そういう事でしたか」


意味を理解した貞勝は膝を叩いて笑い出した。

傍に居た内藤勝介も意味を言理解して感心していた。


「明智殿、どういう意味なのでしょうか?」


同席していた木下秀吉は意味が分からず横に居た明智光秀に訊ねた。


「今川義元の官職は治部大輔。信行様の上役にあたります。その今川義元が手に負えなかった三河一向一揆を鎮めた信行様が治部少輔を名乗れば…」

「嫌味になりますね」

「おそらく挑発の意味も含まれている筈です」


義元が意味を理解して三河に攻めてくるなら受けて立つぞという挑発的なものも含まれていた。


「ありがとうございます。明智殿、某は無学な者で…。差し支えなければ色々教えて頂きたいのですが」

「某でよければ喜んで。出来る限りお答え致しましょう」


秀吉と光秀は奉行同士なので役目柄話をする機会はあるが、必要以上に会話をする事は無かった。

これ以降は評定が終わった後も二人が長時間話し込む姿がしばしば見られるようになった。


*****


甲斐との国境に設けている関所から長篠城の柴田勝家に伝令が送られた。


「奥方様の縁者を名乗る男が関所に現れました」

「名前を名乗ったのか?」


勝家は報告を聞いて書類を書いている手を止めた。


「井伊直親と申しております」

「井伊直親だと?」


勝家は手に持っていた筆を文机に叩きつけた。


「利家、利家はどこだ!」

「どうしました?」


隣の部屋で昼寝をしていた前田利家は頭を掻きながら姿を見せた。


「直ぐに岡崎へ走れ。治部少輔様に井伊直親が現れたと伝えて指示を仰げ」

「井伊直親…。あいつですか!」


少し寝惚け気味だった利家だったが、井伊直親が誰なのかを思い出して一瞬で目が覚めた。


*****


長篠を出た利家は馬を走らせて数時間で岡崎に入った。

利家は至急の用件があると伝えて信行に対面した。


「関所に井伊直親と名乗る者が現れて通行許可を求めてます」

「井伊直親か…」


名前を聞いた信行は不快感を露わにした。


「曰く付きの奴だと認識していますが」

「その通りだよ」


今川義元の粛清を逃れるために甲斐に逃げ込んだのは良いが、許嫁の直虎を捨てる形で武田家臣の娘を嫁に迎えている。


「そんな奴を岡崎に近付けると碌な事がありませんよ」

「分かっている。端的に言うなら招かざる客だ」

「殺りましょうか?」


織田にとって迷惑な存在ならサッサと消した方が物事は丸く収まると考えた利家は直親暗殺を提案した。


「おそらく武田の間者だろう。手出しすれば難癖を付けられる可能性がある」

「ただ見ていろと?」


信行の返答を聞いた利家は思わず顔を顰めた。


「仕方ないよ。通過を認めると勝家に伝えてくれるか?」

「承知しました」


*****


その日の夜、信行は直虎を別室に呼んで二人だけで話をする事にした。


「井伊直親が国境に現れた」

「直親殿が?」

「岡崎に入るのが目的だろう」

「私に会う為ですか?」

「というより直虎を利用する為だと思う」

「私を利用する…。どういう事でしょうか?」

「簡単に言えば直虎の一族である立場を利用して織田家に潜り込む」

「武田の間者になったと…」

「推測だけど武田晴信から出世を約束されたと思う」

「身内を利用して己の立身を図るなど小野政直と同じではないか!」


井伊家は家宰の小野政直が今川義元に讒言した事が発端となり、不当に介入されて一家は離散して故郷を追われている。

直虎はその事を思い出して怒りを露わにした。


「落ち着いて。怒るのは身体に良くないよ」

「申し訳ございません」


激昂していた直虎は宥められて何とか落ち着きを取り戻した。


「この事を敢えて伝えたのは許可を貰う為なんだよ」

「許可と申しますと?」

「井伊家を再興させると約束しておきながら一族の者を殺す事になるからだよ」

「構いませぬ。織田を陥れようとするなら井伊の縁者でも許されません」


直虎は直親に対して怒りを覚えたが冷静になってみると冷めた感情を持つようになっていた。

己の都合で周囲を掻き回すような者は身内でも何でもない。

どこで野垂れ死にしようが私の知った事ではないと。


*****


【登場人物】

村井貞勝

→1505年生まれ、織田家臣

小野政直

→1510年生まれ、今川家臣

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