第26話 瓦解する三河武士(1560) 修正版

ご覧頂きましてありがとうございます。

ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

2024.6.9修正


=====


安祥城を出発して三河国に入った織田勢は岡崎城へ向かう道中で松平旧臣の臣従希望を受けて自軍へ引き込んだ。

一向宗や一揆勢の中には保身目的で降伏する者も居たが、口上を述べる事すら許されず処断されていた。


「酒井左衛門尉忠次と申します」

「織田尾張介信行です。酒井殿は確か松平元康の身内だったはず?」

「仰せの通りです。某の妻が元康の叔母に当たります」

「今川に付かなくて良いのですか?」

「我々を必要としない者に仕えても意味が無いという結論に達しました」


忠次は元康の目付役として駿府に居たが、元康が瀬名を許嫁に迎えてから疎遠になった。

その後、忠次を含む松平系の家臣は岡崎に集められて元康から遠ざけられた。

当初は今川義元の策略だと思われていたが、実際はお家再興を主張する忠次たちを疎ましく思った元康によるものだった。


「服部党と同じですか」

「服部党をご存知で?」

「色々と助けて貰っていますよ」


服部党が忠次たちと同じ状況になった事が原因で松平を離れて織田に乗り換えた事を説明した。


「服部党も見捨てましたか…」

「酒井殿はどうされるのですか?」

「織田家に仕えさせて頂きます」

「一つだけ質問を。松平元康と対峙した時に躊躇なく戦う事は?」

「覚悟は出来ております」


松平と戦う覚悟を見せた忠次は織田家への仕官を認められた。

忠次が織田に降った話は周辺に広まり、忠次に匹敵する能力を持つ石川数正も馳せ参じて仕官を認められた。

石川家は駿府に残る本家と岡崎に帰された分家が袂を分かつ形になった。


*****


松平旧臣が続々と加わり規模が大きくなった織田勢は岡崎城まで数里に迫ったところで小休止した。

岡崎から東の状況を調べていた服部党が織田勢の動きに合わせて合流したので今後の対応を話し合う事になった。


「岡崎城は我々を迎え撃つ準備をしておりますが、士気は低く逃げ出す者もおります」

「喧嘩別れしたとはいえ、イザとなれば手を組める存在だった桜井・東条・吉良が消えて無くなったからね」

「服部殿、一揆勢の動きを教えて頂けませんか」


光秀は岡崎城攻略での被害は軽微に抑えられると判断して次に待ち受ける一揆勢との戦いを考えていた。


「西三河を追われた集団が中三河や東三河に居る集団に合流して規模が大きくなりつつあります。加えてその地域には一向宗の寺院が残っているのでそちらを警戒する必要もあります」

「尾張介様、中三河と東三河に残る一向宗の掃討を目的とした別働隊を設けるのはどうでしょうか?東三河には北に長篠城、南に吉田城と重要拠点がありますのでそちらの制圧も行います」


吉田城は遠江国との国境に近く、長篠城は信濃国との国境に近い事から東三河の要衝とされていた。

一揆勢は今川勢に敗れたものの根拠地となる一向宗寺院が健在である事からそちらに集結して兵力回復をも目論んでいた。


「光秀、岡崎城はどうする?」

「大給単独では我々に勝てません。包囲に留めて城下の治安回復を優先させます」

「光秀の策で進めよう。光安は備の再編成を進めてくれ。それと河和城に遣いを出して水軍を動かそう」


知多水軍を指揮する山口教継と教吉は何時でも水軍を動かせる態勢を取っていた。

水軍で渥美半島を攻める事で吉田城に居る今川勢を分散させて別働隊を援護する狙いがあった。


「宜しいでしょうか?」

「数正、どうした?」

「水軍を動かすなら三河湾内にある蒲形を攻める事を提案致します。蒲形は岡崎に近い湊なので物資の輸送と緊急時の避難路として海路が使えます」

「良い考えだね。蒲形は教吉に任せる方向で指示を出そう」


信行は河和城に遣いを送り、手分けして渥美半島と蒲形を攻撃するように指示を出した。


*****


信行の指示を受けて光安は軍を四つに分けた。

長篠城方面は柴田勝家と前田利家。

吉田城方面は佐久間盛次と佐久間盛重。

岡崎城周辺の平定は明智光安と松平旧臣。

岡崎城の包囲は信行と明智光秀。

各隊は準備を終えると指示された地域に向かった。


「服部保長様がお見えになられました」

「直ぐに案内してくれ」


信行の前に現れた保長は数名の武士を伴っていた。


「大久保殿!生きておられたか」

「忠次に数正ではないか!お主らも無事だったか」


保長が連れてきたのは旧松平家臣の大久保忠員・本多忠高・榊原長政・内藤正成である。

三河に残っていた四人は一揆に巻き込まれて土地を奪われたが、山中に身を隠して再起の時を窺っていた。


「松平元康や一揆に加わっている同輩と戦えるのか?」

「どういう事でしょうか?」

「織田に仕えるという事は松平との訣別を意味する」

「味方が敵に変わる。敵である以上斬らねばならないと…」

「その通り。覚悟が無ければ直ぐに立ち去れ。但し、次に会う時は敵対者と見做す」


普通は挨拶から始まるところを松平と戦う覚悟を示せと言われた四人は驚いた。

しかし服部党だけでなく、忠次や数正も覚悟を決めていた事を知り、四人は腹を括るしか道は無かった。


「松平と縁を切り織田家に仕えます」


信行は四人の仕官を認めたが、鉄の結束を誇っていた三河武士が一揆を切っ掛けに脆くも崩れ去った様を見て何とも言えない気分になった。


*****


【登場人物】

酒井忠次

→1527年生まれ、織田家臣(元松平家臣)

石川数正

→1534年生まれ、織田家臣(元松平家臣)

大久保忠員

→1511年生まれ、織田家臣(元松平家臣)

本多忠高

→1526年生まれ、織田家臣(元松平家臣)

榊原長政

→1510年生まれ、織田家臣(元松平家臣)

内藤正成

→1528年生まれ、織田家臣(元松平家臣)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る