第24話 勝家、秀吉を諭す(1559) 修正版
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木下藤吉郎は名前を秀吉と改めています。
2024.6.8修正
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信行は政務の合間を縫って半年前に生まれた次男の万千代をあやしながら長男の千早丸の遊び相手をしていた。
忙しいのは分かっているが合間を見て子供の世話をするようにと土田御前から小言を言われていた事もあり、城に居る時は出来るだけ関わるようにしていた。
「まつが第一子、寧々が第二子か。祝儀を準備しなければならないな」
前田利家とまつの間に第一子、木下秀吉と寧々の間に第二子が間もなく生まれる事を信行は聞いていた。
家臣に子供が産まれると祝儀を個人的に渡していたので二人にも準備をしなければならないと頭の中で計算していた。
「秀吉には名付け親だけは勘弁してくれと釘を刺しておくか…」
秀吉と寧々は第一子が産まれた時に名付け親になってくれと再三に渡り信行に頼んでいた。
嫌がっていた信行は土田御前から説教されて止むなく引き受ける事になり、鶴松と名付けた経緯があった。
「申し上げます。尾張より早馬が到着致しました」
「兄上からか」
信行は届けられた手紙を一読した。
「城内に居る家臣を広間に集めてくれ」
「承知致しました」
手紙を読み終えると家臣の召集を指示して広間に向かった。
召集された家臣は程なく広間に集まった。
「兄上が稲葉山城を落とされた。周辺地域の掃討も間もなく終わるようだ」
「おめでとうございます」
信長は竹中重治と蜂須賀正勝の提案を採用して稲葉山城を陥落させた。
当主斎藤義龍は陥落直前に辛うじて城から逃げ出したが、患っていた病が悪化して逃亡先の小谷城で亡くなった。
「美濃が落ちたので我々も動かなければならないが…」
「準備は既に整っております」
軍監として軍事関係の一切を任された明智光安は付家老の内藤勝介と共に予てから侵攻準備を進めており、何時でも動ける状態にしていた。
「一向一揆勢・松平分家筋・今川勢が共倒れ状態です。今が好機かと思われます」
「保俊、駿河と遠江はどうなっている?」
「二度にわたって送り込んだ援軍が悉く敗れた事で遠江防衛を主眼においております」
「鵜殿長照が岡崎から退去しているので三河を放棄したと見て良いでしょう」
一向一揆に加えて松平の分家筋にあたる大給・東条・桜井がそれぞれ松平宗家を名乗って蜂起した。
一向一揆の鎮圧に向かった朝比奈泰能は一揆勢と松平勢に挟撃されて討死、全滅に近い損害を受けた。
慌てた今川義元は岡部親綱を総大将に立てて再度援軍を送り込んだ。
今度は松平勢を壊滅に追い込んだものの一揆勢主力を打ち漏らした事から戦況が一変して逆襲を受け、親綱も討死するという予想外の結果になった。
義元は損害が増える事を嫌って三河放棄を決断、岡崎城代の鵜殿長照を遠江に引き上げさせて国境の守りを固めた。
「勝介と秀吉は鳴海に残って後方からの支援を任せる」
「承知致しました」
「後の者は出陣の準備だ。明後日の早朝に出発する」
*****
その日の夜遅くに秀吉は柴田勝家の屋敷を訪ねた。
「夜分に申し訳ございません」
「気にするな。何かあったのか?」
勝家は秀吉を普段から気にかけていたので嫌な顔をせず招き入れた。
「某も戦場に行けるよう信行様に口添えして頂けないでしょうか」
「構わんが理由を聞かせてくれ」
秀吉は勝家に理由を話した。
一介の小商いが信行の目に留まり召し抱えられて瞬く間に出世した。
加えて帰蝶付きの女中を嫁に迎えていた事から裏で良からぬ事をして織田家に取り入っているという噂が耳に入っていた。
秀吉は戦場で功績を上げれば批判や噂を打ち消せると考えたが、留守居を命じられた事から思い悩んで勝家に相談した。
「お主の言いたい事はよく分かった。取り敢えず儂の話を聞いてくれ。御館様と信行様は人材を適材適所で用いるのが理に適っているというお考えだ。儂や盛次、それに利家は武辺者だから戦場に出るのが役目だ。お主は頭が切れるから内政を取り仕切るのが役目だ」
「…」
「戦が終われば後始末が必要になってくる。そこでは内政に長けた者が的確な指示を出さなければならない。儂のような武辺者が誤った判断から指示を出せばどうなる?おそらく国は無茶苦茶になるだろうな」
「それは…」
「遠慮するな。儂は自分でそう思っているから言えるのだ。御家老や明智殿のように文武共に秀でている者は正直言って羨ましい。だが儂は戦場に出れば誰よりも働けると思っている。お主も信行様から命じられて三河で立ち回った時は誰よりも働いたと思っただろう?」
「はい」
「それで良いのだ。お主が一番秀でているものを活かす事で織田の為になるなら誰が何と言おうともそれを覆す事は出来ん」
「…」
「馬鹿な事を言う奴が居れば儂に言ってこい。そいつの首根っこ掴んで説教してやるわ」
勝家は秀吉の肩を叩いた。
何かあれば助けるから思う存分やってみろという激励も含まれていた。
「ありがとうございます」
「儂だけじゃないぞ。信行様に仕える者は皆そのように思っている事を心に留めておいてくれよ」
「はい」
信行を始めとして多くの味方が後ろに付いている事を改めて思い知った秀吉は人目を憚らず涙を流した。
*****
朝早くから勝家は信行を訪ねて秀吉が悩みを打ち明けた事を報告した。
「気を遣わせて悪かったね」
「差し出がましい事をしたとは思いますが、秀吉が才ある男だと思っておりますので助言致しました」
勝家は秀吉が精神的に追い詰められていると感じたので、信行に報告せず独断で動いた事を詫びた。
「秀吉の場合は事ある毎に私が動いているから妬む者が出ても不思議ではないね」
「腹立たしいですな。己の実力を棚に上げて他人を妬むとは」
「正直言えば兄上から秀吉を譲れと何度も頼まれていたんだ。仮に譲っていれば秀吉は那古野の連中から虐められて潰されていたと思う」
信長は何度も秀吉を那古屋に寄越すように頼んできたが、信行は秀吉が精神的に潰されるという考えから聞く耳を持たなかった。
「目星を付けている連中を集めて一喝出来ますが」
「私に考えがある」
その日の内に信行の指示で三河侵攻軍の備が急遽変更された。
備に加えられた者の多くが普段から内政に携わり戦場での経験がなかった。
経験が無い者を戦場に出すのはおかしいと勝介に申し入れた者も中には居たが、戦の経験を積ませたい信行の考えを無碍にするのかと斥けられた。
*****
【登場人物】
織田万千代
→1558年生まれ、織田信行の次男(母は直虎)
木下鶴松
→1556年生まれ、木下秀吉の嫡男(母は寧々)
鵜殿長照
→1515年生まれ、今川家臣
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