第23話 服部党(1559) 修正版

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2024.6.6修正


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三河に入った藤林正保は岡崎に入ると服部党の方から接触された。

正保はそのまま服部党の隠れ家に連れて行かれた。


「同郷の忍が岡崎に入ったと聞いて接触したが、大物に会えるとはな」

「百地殿や伊賀崎殿に比べたら俺はまだ若造の部類だ。服部党を束ねる貴殿から見てもだ」


正保の向かいに座っているのは服部党頭領の服部保長である。


「謙遜するな。貴様ら伊賀者が織田に厚遇されている事は知っている」

「働けばそれに見合う報酬を与えてくれる。それに忍を卑下せず重用される方だ。俺は仕えて正解だと思っている」

「羨ましい限りだな。ところで岡崎に現れた用件を話してもらおうか」

「松平に用があると思ったのか?」

「違うのか?」

「今日は服部党に接触するのが目的だ」

「我々に…。どういう事だ?」

「織田尾張介様が服部党を丸ごと召し抱えたいと仰せだ。松平に未練が無ければの話だがな」

「協力ではなく仕えろと…」

「無理強いはしない。嫌なら断っても構わん」

「断ればどうなる?」

「どうにもならん。信行様はその程度で恨みを抱くような方ではないが、邪魔だけはしてくれるなと仰せだ」

「邪魔をすれば…」

「徹底的に潰すだろう。味方には温厚だが、敵に対しては苛烈だ」


松平には三河に誘ってもらった恩義があるので保長は判断に迷った。

今の松平に仕えたところで何ら面白みが無かった。


「父上、お呼びでしょうか?」

「保俊か、入ってこい」

「失礼致します」


保長の子息で後継者と目されている保俊が部屋に入ってきた。


「話は聞いていたな?」

「はい」

「松平に殉じるか織田に仕えるかの判断はお主に任せる」

「宜しいのですか?」

「儂は松平への恩義があるので判断に困るが、お主はそれに縛られず出来る筈だ」

「分かりました」


清康への恩義がある保長は決断出来なかった。

保俊は自分の下で働いていたので松平に直接関わっていない事から柵に囚われず判断出来ると考えた。


「織田家に仕えたいので取り計らって頂きたい」

「心得た。信行様も喜ばれるだろう」


正保は役目を果たせた事と後を任せる人材が加わった事を喜んだ。


「保俊、今日を以て頭領をお前に譲る」

「父上…」

「松平に近い儂が頭領では疑念を抱く者も居る。お前なら文句を言う者も居ないだろう」


正保は頭領の座を保俊に譲る決断をした。

松平と縁を切る以上、柵のない保俊に任せるのが最善だと判断した。


「良いのか?」

「松平との関係を慮り重大な決断を下せなかった儂は頭領として不適格だ」

「他所者の俺が口出しするべき事では無かったな」

「いや、お主のお陰で踏ん切りを付ける事が出来た。感謝する」


間接的だが服部党に介入する形になった正保は申し訳無さそうにしていたが、保長から感謝されたので胸を撫で下ろした。


*****


「松平とは繋がりはあるのか?」

「全く無い。岡崎城代の鵜殿長持から指示を出されるだけだ」

「父は何度か手紙を出したが返事は一度だけだった」

「何と書かれていたのだ?」

「今川に要らぬ疑念を抱かれるので手紙を出さないでくれと書かれていた」

「何だそれは?今川に読まれる事を前提に考えても言い方は幾らでも有るはずだ」

「この事を父から聞いて松平に対して疑念を抱いた。三河に戻り再起を図る気が無いのではと」


保俊はこの時点で松平に失望していた。

頭領である父が松平に仕えているので具申しなかったが、機会があれば縁を切りたいと思うようになった。


「それなら元康の動向は調べずか?」

「いや、父に黙って調べていた」


元康は松平本家の当主としてそれなりの扱いを受けている事から駿府での暮らしに満足していた。

今川義元や嫡男氏真に対して臣下の礼を取っているので家臣からの受けも良い。

また義元の縁者に当たる関口瀬名を許嫁に迎えているので今川家中における地位を確立しつつあった。


「松平本家は今川に取り込まれたと考えて良さそうだな」

「そうでもない」

「?」

「太原雪斎は元康を警戒して義元に気を付けろと助言していた」

「疑念を抱いたか…」

「分からん。理由を語る事なく亡くなったからな」

「亡くなった?太原雪斎は死んだというのか?」

「間違いない」


一向宗討伐の軍勢を派遣する話を聞いた雪斎は病を押して駿府城に出仕して義元に対して派遣軍大将の人事に注文を付けた。

その理由を義元に語ろうとした時に体調が急変して数日後に亡くなった。


「尾張介様に伝えなければならんな」

「藤林殿、尾張に戻るなら某も同行したい」

「構わんのか?」

「短期間なら父が代わりをやってくれる。信行様にお会いして詳細を詰めたい」

「それなら直ぐにでも出発しよう」


正保と保俊は準備を整えると慌ただしく出発した。


*****


「服部保俊と申します」

「よく決断してくれたね」

「松平には失望しました。我々が生き残るには織田家に仕えるしかないと」

「兄上は味方を見捨てるような真似はしないから安心してほしい」

「宜しくお願い致します」


体制再編の影響で正保が鳴海から離れるので信行の諜報部門は服部党単独で担う事になると伝えた。


「重役を担ってもらう事になる」

「お任せ下さい」

「こちらの誘いに乗りそうな者は居るかな?」

「大久保忠員・本多忠高・榊原長政なら望みはあります」

「動ける範囲で構わないから声を掛けてほしい。ただし一向宗に絡んでいる者は駄目だ」


織田家は上から下まで一向宗を嫌っているので改宗か棄教しなければ出仕を認めていなかった。


「分かりました」

「これは当座の資金だ。足りなくなれば知らせてくれ」


信行は手文庫から金の入った袋を取り出して正成に手渡した。


「ありがたく頂戴致します」

「済まないが人集めと並行して今川の状況を逐一知らせてほしい」

「その件で一点お伝えしたい事が」


太原雪斎が駿府で亡くなった事を信行に伝えた。


「今川義元は苦労するだろうね」

「義元にとって腹心以上の存在でしたので」

「雪斎に匹敵する者が現れなければ…」


今川家は落ち目になる可能性が高いという言葉を呑み込んだ。

駿府に居る松平元康の存在が頭の中に浮かんだ。


*****


【登場人物】

服部保俊

→1535年生まれ、服部党の新頭領

大久保忠員

→1511年生まれ、今川家臣

本多忠高

→1526年生まれ、今川家臣

榊原長政

→1524年生まれ、今川家臣

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