第6話 井伊次郎法師(1553) 修正版
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2024.5.19修正
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熱田商人の加藤光泰に同行している信行は三河を経て遠江に入った。
「信行様、取引相手の商人から気になる話を聞きました」
「どのような内容ですか?」
遠江北部に位置する井伊谷を治める井伊家主従の揉め事に今川義元が介入した。
義元は主人側の井伊家に理不尽な裁定を下して当主以下数名に腹を切らせた上で従者側の小野政直を家臣に取り立てて井伊谷の支配権を委ねた。
「今川義元が変に介入しなければ何の問題も起きなかったと思う」
「話には続きがありまして」
義元の介入は数年前の話だが、最近になって新たな事実が駿府に広まっていた。
「酷い話だね」
「あまりに不憫過ぎますな」
「織田にとって良い話になるかもしれない」
翌日は光泰に同行して遠江商人と顔繋ぎする予定だったが、急遽別行動を取る事にして光泰から了承を得た。
*****
信行は盛次を伴って龍潭寺という山寺を訪ねた。
住職に事情を説明して僧侶との対面に漕ぎ着けた。
「私は熱田商人の手代で勘十郎と申します」
「どのようなご要件でしょうか?」
「取引相手の商人から次郎法師様の噂を聞きまして伺いました」
「私の噂?」
「井伊谷を治めていた井伊直盛様の一人娘で今川義元による粛清から逃れたという内容です」
「事実である事は認めますが…」
「次郎法師様が希望されるなら織田家で保護させて頂き、仇討ちをする際に手助け致します」
「織田が私を保護する?俄かに信じられません」
「自分は織田家に出入りしており上役に顔が利きます。当主の織田信長様にも目通り出来る関係にあるので直接申し入れする事も可能です」
「はぁ…」
井伊次郎法師は胡散臭そうに信行を見ていた。
商家の手代が織田家を動かすのは普通に考えれば不可能である。
この男は何か裏があるのではないかと不信感を抱いた。
「織田が今川に戦を仕掛けるとは思えませんが」
「織田家の事情を説明しますが、尾張を統一した後は東へ目を向けるしかありません。美濃は正室帰蝶様のご実家です。その斎藤家と仲違えしない限り西へ向かう事は不可能なのです」
「私にどうせよと?」
「今川との戦いが本格化すれば次郎法師様には井伊家の正統後継者として今川の非を明らかにして頂きます。我々は井伊家の援助を大義名分に掲げて決戦に臨みます」
「上手く行くのでしょうか?」
「三河を取る事が大前提になりますが、今の織田家なら十分見込みはあります」
「話の大筋は理解出来ましたが、本当の身分を明らかにしなければ協力出来ません」
商家の手代が偽りだと見抜かれた以上嘘を重ねるより素性を明かした方が得策だと判断した。
「私は織田信行と申します。当主織田信長の弟で末森城主として尾張東部を任されています」
「なぜ私に手を差し伸べようとしたのですか?」
「一つ目は今川を潰す為の協力者を欲していた事、二つ目は次郎法師様に興味を持った事ですかね」
「私に興味を持った?」
次郎法師は粛清によって身内だけでなく許婚も失っていた。
許婚の井伊直親は一族の手引きで粛清から逃げ延びたが、逃亡先の信濃で妻子を得たので次郎法師との婚約は破棄されていた。
その話を聞いた信行は直親の行動が気に喰わず腹を立てていた。
どうせなら保護するついでに婿探しの手伝いをしてやろうと考えていた。
「面白い方ですね。赤の他人のためにそこまでするなんて」
「私も内輪揉めに巻き込まれて嫌な思いをしましたので同じ目に遭っている方を見過ごせないと言えばよいのでしょうか…」
「そこまで考えて頂ける方の申し出をお断りすれば失礼に当たりますし、このような機会に恵まれる事は無いと思います。勘十郎様にはご面倒をお掛けしますが宜しくお願い致します」
次郎法師の身柄引取と還俗を住職に認めさせると一旦曳馬に戻った。
光泰には予定が変わったと頭を下げて駿河への同行取り止めと尾張に向かう船の確保を依頼した。
次郎法師の身柄を引き取った信行は再度曳馬に戻ると直ぐに船を出港させて熱田に向かった。
*****
【登場人物】
加藤光泰
→1510年生まれ、織田家御用商人(熱田)
今川義元
→1519年生まれ、今川家当主(駿府城主)
井伊次郎法師
→1536年生まれ、臨済宗の尼僧
井伊直盛 *故人
→1506年生まれ
井伊直親
→1535年生まれ、武田家臣
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