第3話 父の葬儀(1552) 修正版
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2024.5.18修正
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信秀の葬儀は領内にある萬松寺で執り行われる事が決まった。
喪主も次期当主の信長が務める事になり当日を迎えた。
「信長様は何をしているのだ?」
「喪主が居なければ式が進まんぞ」
「これだから信長様は嫌なのだ」
「信行様こそ喪主に相応しい」
「平手殿もこの場によく居れたものだ」
葬儀に参列している家臣は時間になっても姿を見せない信長だけでなく、付家老の平手政秀に対しても陰口を言っていた。
政秀は参列者の中でも最前列に居るので目立つ立場にあるが、本人はひたすら無言を貫いていた。
「信行様、これ以上待てません。式を始めませんか?」
「…」
信長から自分が姿を見せるまで式を始めるなと命じられていたので信行は気を揉む周囲の声を無視していた。
「父上、信長が参ったぞ!」
「げっ!」
「何という姿だ…」
「御館様を馬鹿にしているのか!」
信長はウツケと呼ばれる原因となった着流しの衣装を身に纏い、髪もまともに結っていない有り様だった。
唖然とする参列者を尻目に信長は仏前まで近づくと焼香に使う抹香を鷲掴みにして位牌に投げつけた。
「父上、後の事は信長が引き受けた。あの世で達者に暮らせ!」
信長は踵を返すと参列者に目もくれず、あっという間に立ち去った。
「信じられん…」
「礼儀知らずも甚だしい」
「平手殿、どういう事なのだ!」
参列者の怒りが政秀に向けられたが、政秀は目を閉じて動じる事なく罵詈雑言に耐えていた。
「何とか言ったら」
「五月蝿いねえ」
信行は傍に置いていた脇差を手に持つと鞘を床に立てた。
騒いでいた者たちは一斉に口を閉じた。
「喋りたければここから出て行け。葬儀の邪魔だ」
信行は立ち上がると作法に則り焼香を済ませたが、周りを一睨みして五月蝿くしていた者を黙らせる事を忘れていなかった。
その後は静粛な雰囲気に戻り、葬儀は滞りなく進められて無事に終了した。
*****
葬儀が終わり那古野城に戻った織田家の面々は城内の一室に集まっていたが雰囲気は最悪な状態だった。
「三郎はまだ帰らないのですか!」
「信長様は気まぐれですので」
「何という物言いですか!夫婦揃ってウツケとは嘆かわしい」
「私は蝮の娘でウツケではありません」
帰蝶は美濃の蝮の異名を持つ斎藤道三の娘である。
義理の母親であろうが一歩も引かない気の強さを見せた。
「何ですって?!」
「御方様、どうか気をお鎮め」
「政秀も付家老として恥ずかしくないのですか!」
「申し訳ございません」
怒りの矛先は政秀に向けられたが、葬儀の時と同様にひたすら忍の一文字で耐えていた。
「謝って済む問題ではありません。こうなったからには三郎が家督を継ぐ事も考え直さなければ」
信長によって葬儀を滅茶苦茶にされたと怒り心頭の土田御前はその矛先を帰蝶や政秀に向けて八つ当たりしていた。
「それくらいで静かにされたらどうです?」
「勘十郎…」
「兄上から家督を取り上げて誰に渡すつもりですか?私は家督を継ぐとかそんな気は全くありませんよ」
「織田家を潰すつもりですか!」
「兄上が素でやっていると思っているのですか?」
「何を言っているのですか?」
「母上は兄上の事を全く分かっておられませんね。兄上はウツケのふりをして家臣の忠誠度を見極めているのですよ」
「まさか…」
土田御前は信長が奇怪な行動をする理由を聞かされて頭の中が混乱した。
「亡き父上は尾張統一を目標とされていましたが、兄上はその先にある天下統一を目標にしているのです。天下統一に必要なのは兄の指示に忠実に従う者と物事の分別を見極め諫言する者なのです」
「…」
「これから兄上に付く者と私に付く者に二分されるでしょう。私は末森に居る連中で兄上に敵対する者の中から味方になり得る者の見極めを任されています。母上も自身の置かれた立場を見極めて行動してもらわなければなりません」
「どういう意味なのです」
「兄上の目標に障害となり得るなら身内であったとしても容赦しません。謀反人という汚名を私に着せるような真似はお止めください」
「親を手に掛けると言うのですか?」
「それは母上次第です。母上は姉上と共に兄上に諫言する立場になって頂かなければなりません。同じ立場になる私や政秀が諫言しても聞く耳を持たない時は母上と義姉上に頼るしかありませんので」
「私が余りにも無知だったようですね…」
「ご理解して頂ければ幸いです。但しこの件は内密に願います」
信行は土田御前に釘を刺すと後の事を帰蝶と政秀に任せて那古野城を離れた。
【登場人物】
土田御前
→1512年生まれ、織田信秀の正室
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