第2話 兄弟の密談(1552) 修正版

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2024.5.18修正


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「お休みのところ申し訳ございません」


「どうした?」


「御館様が身罷られました」


「やはり駄目だったか」


闘病の甲斐なく信秀は息を引き取った。

昼間は身体を起こして信行と会話していたが夜になって急変した。


「不摂生さえしなければ…」


「信行様!」


「近くに佐久間様が居られる。直ぐにお伝えしろ!」


信行は亡骸に手を合わせた後、急に気分が悪くなりその場で倒れた。

偶然近くに居た佐久間盛重に介抱されてそのまま客間に運ばれた。

しばらく様子を見守っていた家臣が部屋を出て行ったのを見計らって信行は目を開けた。


「信行様!」


「静かに」


「大丈夫ですか?」


「どこも悪くないから心配しないでくれ」


「故意に倒れたのですか?」


「色々事情があってね」


「事情と申しますと?」


「それは追々説明する。二日程留守にするから上手く誤魔化してほしい」


「何とか致しますが、理由を教えて頂けませんか?」


「手短に話すと」


信行は信長と折り合いが悪く、信秀も病床で気にしていた。

信秀の死が家中に伝わると信行の擁立を目論む家臣が動き出す可能性が高かった。


「大殿の亡骸はどうすればよいのですか?」


「秀貞に万事任せると伝えてくれ。私は那古野に行ってくる」


「信行様は体調を損なわれたので誰とも会われないと伝えておきます」


信行は床の間に設けている隠し通路を抜けて搦手門から城外に出た。

その足で城下にある盛重の屋敷を訪れて人と馬を借りると那古野城へ向かった。


*****


信行は夜通し馬を走らせて夜明け前に那古野城に到着した。


「城主織田信長様に目通りしたい」


「こんな明け方に?」


「火急の用件がある」


「素性を明かさなければ」


「これを見せても駄目かな?」


信行は懐から取り出した符牒を門番見せた。符牒は織田一族しか持たされない物でこれを見せれば城に無条件で入る事が出来る取扱注意の代物である。


「失礼致しました。お通り下さい」


「ありがとう」


信行は編笠を上げて門番に顔を見せた。


「信行様!」


「私が来た事は口外しないように」


「心得ました」


信行は城内入ると人目を避けるようにして信長の部屋に向かった。

部屋は明りが点いており誰かが起きている様子だった。


「夜更けに申し訳ございません。勘十郎です」


「外は寒い。中に入って暖まれ」


「失礼致します」


部屋に入ると信長は正室の帰蝶と共に茶を飲んでいた。


「親父殿が亡くなったか…」


「ご存じでしたか?」


「夜中に目が覚めた後、胸騒ぎがして眠れなかった」


信長は寝ている最中に違和感を感じて目を覚ました。

普段なら直ぐに寝ていたが、今日に限って全く寝付けなかったので身内の誰かに何かあったと察していた。


「欲を言えばもう少し長生きして欲しかったな」


「確かに」


二人はしばらく無言になったが、それを見ていた帰蝶が手を叩いて二人を現実の世界に引き戻した。


「二人ともいつまで悲しむつもりですか?」


信長「少しくらい良いではないか」


「良くありません。名目上は信長様と勘十郎殿の関係が険悪であるのは公然の秘密。義父様が亡くなったのを機に良からぬ事を企む者が動き出す事くらい分かりませんか?」


「姉上の仰る通りです」


「確かにその通りだな…」


「その不埒者に対する策を考えるのは当主である信長様の役目では?」


「当主の役目か…。良い事を思い付いたぞ」


信長は閃いた計画を二人に話した。


「正気ですか?」


「度が過ぎますが不埒者の動きを煽るにはうってつけでしょうね」


「姉上も煽らないで下さい」


「信長様からすれば当然の事だと思いますが」


「勘十郎、ウツケに相応しいやり方だと思うがな」


「兄上がそこまで言うなら私も腹を括ります」


*****


信行は話を済ませると誰にも会う事なく城を出て、信長の付家老を務める平手政秀の屋敷を訪ねた。


「信行様、朝早くにどうされましたか?」


「父上が昨晩亡くなった」


「御館様が…」


政秀はしばらく黙って顔を伏せていた。

信行も政秀を慮って声を掛けずに様子を見守っていた。


「これを切っ掛けに末森の連中が煩くなる」


「林通具・柴田勝家・佐久間盛次の三人が…」


「私が思うに林秀貞も怪しい。父上に悪いが、この機会を利用して兄上に従わない者を一掃する」


「どうやって動かすつもりですか?」


「兄上の計画なのだが…」


信長から聞いた話を政秀に説明した。


「お待ち下さい。それは承服出来ません」


「私も無謀だと思ったが最終的に賛成した。お前が首を縦に振らなければどうにもならないのだ」


信長の計画は余りにもぶっ飛んでいるが信行を担ごうとする一派を炙り出すには最も効果的である事を信行は何度も強調した。


「信行様がそこまで仰せなら従いましょう」


「私は末森に戻る。兄上からが話があれば私から聞いていると言って詳細を詰めてくれ」


「承知致しました」


話を終えた信行は那古野城に寄らず、末森城に直接帰った。


【登場人物】

佐久間盛重

→1521年生まれ、織田家臣(末森城付)

織田帰蝶

→1535年生まれ、織田信長の正室

平手政秀

→1492年生まれ、織田家臣(那古野城付)

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