模倣者A

猿会 合

模倣者A

 表す。

 現す。

「あらわす」と読む二つの漢字。日本人でも使い分けが難しい言葉の一つだろう。先人たちもきっとそう思ったはずだ。だから二つを併わせて新しい言葉を作った。「表現」と。


 表現・・・心に思うこと、感ずることを、色・音・言語・所作などの形によって、表し出すこと。その、表した形。


 心に思うこと、感ずること、というのは全ての人間が持っている。そしてそれは全て似て非なるものだ。それは自分と全く同じ人生を歩んだ人間など存在しないのだから当然だ。

 だから、表現たるものは必ず独創的でなくてはならない。でないとそれは「表現」ではなく「模倣」になってしまう。規則に従って作られたものなどもってのほかだ。そんなものは「表現」としてつまらない。「表現」とは自由でなければいけないのだ。


 そんなことを考えている少年Aは何かしらの「表現」をしたくてムズムズしていた。決して見えないが、自分の中に確実に存在する感情。それを周りの人間に認知して欲しいのだ。

 だが感情をどのように「表現」しようか。Aは考えた。

「絵を描く?歌う?そんなベタな方法は嫌だなぁ。」


「ご飯できたよー。」

 母の声が聞こえた。ふと時計を見ると、時計の針は一直線に立っていた。

「あぁ、今日は火曜日か。」

 普段の夕飯の時間は決まって午後七時だ。だが火曜と木曜はその時間に妹が塾に行く関係で一時間早く用意される。

 自分の部屋を出て食卓に向かうと、もう既に家族全員が揃っていた。

「おまたせ。」

 そう言って椅子に座ったその瞬間、Aはあるアイデアを思いついた。目の前にある料理にはあらゆる食材が使われている。そしてその食材一つ一つに生産者がいる。それをなんの苦労もしていない自分が食べることが出来る。なんて有難いことなんだ。

 そうだ、この感情を「表現」しよう。今考えたことをつらつらと話すのは「表現」としてつまらない。せっかくだからこの感情を示す新しい言葉を作ろうではないか。

 そう考えたAはとっさに思いついた言葉を放った。


「いただきます。」


 Aは今、心の中にある感情を言葉という形で「表現」することが出来た。Aは全く新しい言葉を作ったのだ。

 しかし家族はそんなことは気にも留めず、そして言った。


「いただきます。」


 おいおい、真似するのはいいが、そんなのは「表現」じゃなくて「模倣」だぞ。Aは内心思った。

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