星の影

猿会 合

星の影

 この村に昼は来ない。この村には昔から日の光を見た者はいない。そう言い伝えられている。常に自前の提灯を持っていなければならないこの生活には正直うんざりしている。何よりここには娯楽がない。周りの大人たちは何が楽しくて生きているのだろう。みんな必死になって食料を蓄え、それを子供に食べさせるだけの毎日を送っている。そんなのが幸せなのだろうか。数年後には大人になり社会の一員になる。いずれは父になり、みんなと同じような食料集めの日々が待っているのだろうか。俺はそんなつまらない生き方はいやだ。俺は他の奴らとは違う。俺には広い海に出て、どこか遠くの国で日の光を見るという大きな夢がある。母親と妹にはいつも馬鹿にされるが俺はいつだって大真面目だ。いつか二人を見返してやりたい。もし父親がいてくれたら味方になってくれただろうか。

 父は数年前に村の外れの崖に行ったきり姿を消した。そこには星が降ってくるという噂があるが、誰も近づこうとはしない。というのも、そこに行って未だ生きて帰ってきた者はいないのだ。おそらく父は星を拾いに行き、足を滑らせ崖から落ちてしまったといったところだろう。まぬけな父だったがいつも真面目で心優しい人だった。そんな父の夢も俺と同じく日の光を見る事だった。叶わなかった彼の無念を背負い、俺は何がなんでも夢を叶えたい。だが母は俺が海に出ることをなかなか許してくれない。そのことである日、母と激しく口論になった。その日はお互いに気が立っていたせいか、怒りが一向に収まらない。父のこともあって、母は海に近づくことすら忌み嫌っている。拉致があかず、とうとう俺は家を飛び出た。怒りに任せしばらく走った。どうして俺を認めてくれないのか。どうして俺をこの小さい村に縛りつけておくのか。怒りだけではなく悔しさや寂しさも湧き上がってくる。そうだ、あの崖に行って星を持って帰れば母も認めてくれることだろう。

 俺は一目散に崖に向かった。あの父を越えるため必ず星を手にして生きて帰ろう。これでやっと夢への道が開けるかもしれない。希望と多少の不安を胸に走り続け、ようやく崖に着いた。そこはなんとも不思議な場所で、あらゆる方向から風が吹いている。四方八方から吹く風に体を煽られ真っ直ぐ立つことすらままならない。あたりを見渡しても星どころか石ころ一つ落ちていない。噂は嘘だったのか。そんなはずはないと思い、突風の吹き荒れる中、地面をくまなく探した。それでも何も見つけられず、自分が情けなくなった。夢を諦めるということを初めて実感し、平凡な生き方を確約されたような気がしたのだ。結局自分も見下していた周りの大人たちのようにつまらない一生を過ごすのか。そう落ち込んでいた時、周りが少し明るくなったような気がした。ふと見上げると、一粒の光がひらひらと舞い降りてきているのが見えた。「星だ!」と思うより先に体が夢中で追いかけていた。揺れ動く星を一心不乱に追いかけ、ようやく目の前に降り立った星を掴み取った。その瞬間、全身が激しい痛みに襲われた。息ができない。体の中が張り裂けそうだ。内臓が飛び出るほど苦しい。


 それからどれ程眠っていたのだろうか。気がつくと目の前には雲一つ無い綺麗な青空が広がっていた。

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