第5話〜海〜
四方を囲む柵にはツタが繁っていた。ひび割れたアスファルトに灰皿から脚が伸びていて、多数の目が燻ってるソレを横目に見ている。今日はわるい日だ、空を見上げてみたら筋一つ見えない、のっぺりしたくもり空、曇天。押し付けられるような色に心なしか喫煙所にいる農夫の生気もないようだ。今日はいい日だな。こんなに暗くても雲一つ隔てた先には陽の光が燦燦と降り注いでる。もしかしたら月かも知れないな。借り物の光、透き通る影。どっちつかずな今日の気分にとって、どっちつかずな今日の景色はお似合いだ。天気雨でも結構。
「ところでよ、」
「ところでよ、俺はショゴスだ。趣味はこうして各地の喫煙所に居座ることだ。」
ノスタルジックな田園風景の中、語る。
「ところでよ、[あなたたちの中で罪を犯したことのない者がこの女に、まず石を投げなさい]って言葉知ってるか?」
「これは姦通の罪に問われた女をめぐる新約聖書の有名な一幕だ。」
「確かにずっと昔の書籍を例えにしてケチをつけるのは野暮で身もふたもない話なのだが」
柵のツルは未だ伸び続けている。
「…」
「科学は発展した。多くの事がわからないまま文字通り神頼みだった過去の社会とと比べ、今の社会はあるアルゴリズムの上で成り立っている。積極的に人々の判断に介入してくれる神々は論理や科学などの近代的な思想に置き換わってしまった。」
「人が人を裁く時代だ。少なくとも今は。」
「だからこそ言いたい、[罪を犯したことのないものだけが人を裁ける]という言説は間違っていると。」
「そうは言っても原罪の話をしたいのではない。人々は皆咎を抱えて生きている。そういう考え方はあるだろう。尊重する。」
「しかしだ、」
「あ、すんません5本ぐらいもらっていいっすか?返すんで」
俺は手に入れた7本程度の煙草の内、2本を体内に取り込み、残りは手で弄びながら続けた。
「罪を犯したものが、なぜ人を裁いてはいけないのだろうか。」
煙草は突き刺さるかのようにして玉虫色の海に飲み込まれる。グチャッ
「人を言動や思想から判断する。決まるはずもないのに絶対的な瞳で物事の良しあしを図ろうとする。たった一つの過ちでさえ心の秤を狂わせてしまうのか。」
「いささか疑問だ。」
また一つ取り込まれていった
灰皿の上で燻る俺はこれまでの罪を贖うかのように一つ、また一つと煙草を取り込んでいく
呪いと海に底はなく、故にすべてを受け容れる
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