第3話第二目標完了間近

「白河さん。少し良いですか?」

数学の授業が終わると彼女の席まで向かい声をかける。

「なんですか…?」

明るいわけではないが自信に満ちていた彼女も孤独に負けそうで弱った子猫のような瞳でこちらを覗いている。

「少し先生と話をしませんか?生徒指導室なら誰の目も気になりませんよ」

その言葉に彼女は少しだけ訝しんだ目をしていたが、

「大丈夫ですよ。悩み相談みたいなものです。私も悩みを打ち明ける対等なものなら負い目も感じないでしょ?」

それでやっと納得したのか彼女は席を立ち上がった。

「また恵が贔屓されてるよ〜」

「色仕掛けとかエゲツなぁ〜」

「よくやるよねぇ〜」

女子生徒のその様な言葉に俺はほくそ笑みながら彼女を守るように身体を割り込ませて女子生徒の姿が見えないように遮断する。

「先生も惑わされないでよねぇ〜。それがその女のやり口だからぁ〜」

一人の女子生徒が思った通りに俺にも声を掛けてくれて助かった。

「大丈夫ですよ。私は34歳です。倍も年齢が離れている生徒に手を出すようなことは決してありません。ご心配ありがとうございます」

そのまま俺と恵は教室を後にする。

廊下にはクラスでクスクスと笑う声が漏れてきて彼女にバレないように微笑む。

「白河さん。あまり気にしすぎないようにしてくださいね?人の噂も七十五日。二ヶ月半我慢していれば丸く収まることの方が多いのです。それなので彼女らを許してあげてください。弱く未熟な子供の戯言ですから。誰しもがあなたのように優秀で大人なわけではないのです。ここからは教師の言葉とは思わずに聞き流してください」

そこまで淡々と口を開き続けると彼女は小首をかしげて言葉を待っていた。

そして俺は悪い笑みを押し殺しながら口を開く。

「雑魚は放っておけ。ですよ」

それを耳にした彼女は思わず吹き出すようにして笑った。

「なにそれ…。先生変だよ…。なんか今まで出会ってきたどの教師とも違う」

「そうですか。それは嬉しい限りです。変と言われるのが何よりも嬉しい褒め言葉なので」

そんな他愛のない会話を繰り返しながら二人で生徒指導室に向かった。

狭い一室の扉を開けると中に入る。

室内には棚が所狭しと敷き詰められていて中央に対面式のソファとその間に机が置いてあるだけだった。

「掛けてください」

端的に口を開くと彼女は何の疑いもなくソファに腰掛けた。

対面に腰掛けるとそのまま話を始める。

「う〜ん。まずは何から話しましょうか」

その様な話し出しで少しずつ警戒心を解いていった。

「高校生の時。私は変人と蔑まされて来ました。ほら。名前がサイコじゃないですか。だからそれにちなんでネットや本でサイコパス診断をずっとやっていたんですよ。そんなんでしたから周りは私を奇異の目で見ていました。それでも優しくしてくれる人は居て次第に恋人まで出来たんです。まぁ今はその話は置いておくとして。困った時に助けてくれたのは歳上の教師でした。お昼休みはいつも一緒にご飯を食べてくれて一緒にサイコパス診断もしてくれたんです。そんなわけで私も教師を目指したのですが…。なんと今まで幸運なのか不幸なのか助けを求めてくるような生徒にはめぐり逢いませんでした。もしかしたら何らかのサインを送ってきた生徒も居たと思います。それでも私は未熟でしたから気付け無くて…。ですが今の白河さんがヘルプサインを出しているのは理解できます。女子校勤務になり異性の私が悩みを聞くのは難しいと感じていましたが、それでは私も人間としても教師としてもレベルアップできません。ですから白河さんが初めての相談者になってくれませんか?白河さんは少し心が軽くなり私はレベルアップできる。きっと両者が得をするWin-Winの関係になれると思うのですがいかがでしょう」

俺の言葉を彼女は何度も頷いて聞いていた。

そして最終的に微笑むと彼女は口を開く。

「これはプレゼンってやつですか?短くて丁寧でわかりやすかったです」

そんな与太を口にする彼女に愛想笑いを浮かべてみせた。

「わかりました。私も先生に協力します。だから、私の悩みも聞いてください」

彼女はどうにか言葉を口にすると教師の見えないところでいじめに近い行為が横行していることを打ち明けてくれる。

「酷いですね…。それなのに我慢しろなんて言ってしまい申し訳ありません。本当に辛くて頑張れないようなら保健室登校でも良いのですよ?逃げることは決して悪いことではありません。戦うことが全てではないのです。歴史上の偉大な人物だって勝てない戦からは撤退を選び涙や糞小便を流しながら逃げたという話もあります。それでも最終的にその人物は天下を取ったわけですから。最後に笑い天辺に立っていた人物だけが勝者なのです。今ここで惨めな自分に打ちひしがれていても挫けず虎視眈々とその時を待てば良いのです。逃げても良いんですよ。例えば一年間休学して留年を選択するのも悪くありません。次の新一年生は悪い人だらけじゃないかもしれない。希望的観測だったとしても自らが我慢をして心を壊してしまうような学年やクラスからは逃げて良いんです。それでも。もしも我慢して頑張るというのであればいつでも私を頼ってください。問題を解決できるなんて大層なことは言えません。それでも少しだけでも白河さんの心を軽くすることは出来ますよ。それだけは覚えておいてください」

そこまで思ってもいない善人の皮を被った言葉をつらつらと口にすると彼女は完全に安心しきった表情を浮かべていた。

「また先生を頼ってもいいですか?」

「もちろんです」

しっかりと力強く目を見つめて言葉を発すると彼女は微笑んで頷いた。

「お昼休みなのにごめんなさい。お時間頂いてしまいました」

その様に謝罪の言葉を口にすると彼女は首を左右に振った。

「ここにお弁当持ってきてもいいですか?先生と食べたいです」

「もちろん良いですよ。私も職員室からお弁当を持ってきますね」

そこまでの会話で完全に白河恵の信頼を勝ち取ったことを確信する。

二人して生徒指導室を後にするとそれぞれが弁当を取りに向かう。

(よしよし。いい具合に事が進んでいるな。このまま順調に、そして慎重に事を進めよう)

そんな事を思うと昼休みは白河恵と過ごすのであった。



第二目標完了まで 99/100

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