第35話 上位互換

「く……ッ!」

「うおっと!」


 史季と斑鳩は、ハイキックを繰り出してすぐに左腕を上げて、相手のハイキックを防御する。

 そこまでの流れは鏡映しのように同じだったが、防御してからの流れは明確な違いが生じていた。

 史季がハイキックの威力に押されて体が傾ぐ程度で済んだのに対し、斑鳩は左腕の防御の上から側頭部を蹴られたことで横にふらつき、倒れそうになったのだ。


 斑鳩の方が史季よりも一五センチ近く背が高い分、相手の頭にハイキックを届かせる労力は、史季の方が格段に上。

 にもかかわらずの結果だから、初手に限れば完全に史季の勝ちと言っても過言ではなかった。


「おいおい、ちょっと効いてんぞ~ッ!」

「やっちまえ折節ッ!」

「チャンスだチャンスッ!」


 野次に近いとはいえ、まさかの不良たちの声援にこそばゆさを覚えながら、史季はここぞとばかりに追撃のローキックを叩き込む。


……ッ!?」


 と、悲鳴を噛み殺しながら表情を歪める斑鳩の左頬に、連携コンビネーションのパンチを叩き込もうとするも、


「!?」


 斑鳩も負けずとパンチを放ち、お互いの左頬に拳が突き刺さった。

 体勢は斑鳩の方が悪かったものの、パンチの練度と威力の差がその不利を覆し、ハイキック勝負とは逆に、史季の方がたたらを踏んでしまう。


 斑鳩はここぞとばかりに、史季のローキックをくらった直後であるにもかかわらず、左脚を軸にしながらハイキックを放ってくる。

 史季は半ば反射的に、左腕で側頭部を守ろうとするも、


「!?」


 再び、驚愕が史季を襲う。

 斑鳩の蹴り足が逆V字を描き、ハイキックからローキックに変化したのだ。


 無意識ですらも反応が効かなかった史季はローキックをもろにくらってしまい、表情を歪める。


「これでおあいこだな!」


 斑鳩は楽しげに叫びながら、今度はローキックを放ってくる。

 軌道が変化する斑鳩の蹴り技に対応できる気がしなかった史季は、即座に飛び下がってそれをかわした。


 当然のように追撃してきた斑鳩が、矢のような右ストレートを放ってくる。

 キックよりは劣るというだけで、斑鳩のパンチは充分すぎるほどに必殺の威力を秘めている。

 そのことを先の相討ちで身をもって思い知った史季は、半身になることで、紙一重で右ストレートをかわした。


 斑鳩はなおも間合いを詰めながら、次々と飛矢の如きパンチを繰り出してくる。

 拳速ハンドスピードに限れば本気の夏凛と比べても遜色なく、それゆえに捌き切れなかった左のフックが脇腹に突き刺さり、史季の表情がまたしても苦痛に歪む。


 キックもろくに繰り出せない近距離戦。

 この距離はまずいと思った史季が、慌てて飛び下がった刹那、ここぞとばかりに斑鳩がハイキックを繰り出してくる。


 キックの距離は、自分のみならず斑鳩の土俵でもある。

 あらためて、目の前にいる相手が自分の上位互換のような人間だと痛感しながらも、左腕でハイキックを受け止――


(え……?)


 一瞬にも満たない刹那、史季は瞠目する。

 左腕に迫っていたはずの蹴り足が、突然視界から消えたのだ。


 いったい何が?――と思うもなく、頭上から激烈な衝撃が迸る。

 衝撃それによって下を向いた史季の顔を起こすように、斑鳩はアッパーカットで顎を跳ね上げる。

 さらなる衝撃によって切れかけの電球のように視界が明滅する中、史季は背中から地面に倒れた。



 ◇ ◇ ◇



「おぉッ!」

「さすが斑鳩だなッ!」

「おいおい折節、もうちょっと粘ってくれよッ!」


 不良たちが好き勝手野次を飛ばす中、夏凛は史季を襲った衝撃の正体を口にする。


「出た、ブラジリアンキック。あれ、途中まで完っ全にハイキックの軌道でくるから、マジ見づれーんだよなぁ」


 そんな夏凛の言葉どおり、ブラジリアンキックはハイキックから変化する蹴り技で、円を描くようにして相手の頭上に落とすその軌道から縦蹴りとも呼ばれている。

 史季の視界から蹴り足が消えたように見えたのも、頭上という死角まで円軌道で蹴り足を上げられたせいに他ならない。

 斑鳩のように脚が長く、なおかつ股関節が柔らかい人間だからこそ繰り出せる、不良のケンカではまずお目にかかることがない妙技だった。


「折節がケンカ買ったこと賛成した時点で、オマエはオマエで腹ぁくくってるのはわかってたけど、さすがにもうちょい折節のこと心配してやってもいいんじゃねぇか?」


 そんな言葉どおりにちょっとだけ史季のことを心配をしている千秋に、夏凛は得意げな笑みを浮かべながら答える。


「別にまだ心配するような状況じゃねーからな。見てな、史季はすぐに起き上がっぞ」



 ◇ ◇ ◇



 まさしく夏凛が言ったとおり、史季はすぐさま立ち上がった。

 まだ終わりではないことに不良たちが沸き立つ中、斑鳩は嬉しげに頬を緩める。


「やっぱりな。オマエならすぐに立ち上がってくれると思ってたぜ」

「立ち上がってですか」


 倒すべき相手が倒れないことを望むような言い草に苦笑しながら、史季は頭の片隅で先程受けたダメージを確認する。


 実のところ、二撃目となるアッパーのダメージは、殴られる方向ベクトルに合わせて体が反射的に跳躍ジャンプしてくれたおかげで、派手に倒れた見た目ほどは効いてなかった。

 しかし、一撃目となる見えないハイキックは、全く反応できなかったせいもあってか、いまだ頭に鈍い痛みを残していた。


(たぶんこれが、前に夏凛が言っていたブラジリアンキックだ)


 以前、夏凛が斑鳩の初見殺しについて語った際に出てきた、ネリチャギとブラジリアンキックについては、史季は後日ちゃっかりとネット検索して、どういう技であるのかを確認していた。

 そこで得た知識と、実際にこの目で見た動画から鑑みるに、視界から消えるような蹴り技はブラジリアンキック以外には考えられなかった。

 もっとも、技の正体がわかったからといって、ブラジリアンキックに対応できるかどうかは別問題だが。


「そんじゃ、再開といくぜ!」


 叫びながら、斑鳩が右のハイキックを繰り出してくる。

 上段ハイキックから下段ローキックに変化されるだけでも大概に手を焼いているというのに、そこにさらに最上段ブラジリアンキックまで混ざってしまうと手のつけようがない。

 そう思った史季が飛び下がってやり過ごそうとするも、


「な~んてな」


 斑鳩はハイキックのモーションを中断すると同時に、その足を大きく前に踏み出すことで、飛び下がった史季に追いすがる。と同時に、着地直後の史季の右脚目がけて、左のローキックを繰り出した。


 半ば反射的に脚を上げてローキックを防御しようとするも、まるでその行動を見越していたように、斑鳩の左脚が離陸した飛行機じみた軌道をとりながらハイキックに変化する。

 防御が間に合わず側頭部を蹴られ、史季の体が盛大に横に転げる。


 傍から見れば、斑鳩のキックの威力が凄まじいように見えるが、その実、史季がハイキックをくらいながらも無意識の内に横に転げたため、先のアッパーと同様、見た目ほどのダメージはなかった。が、それはあくまでも〝見た目ほど〟というだけの話で、即座に立ち上がった史季の体はわずかにふらついてしまう。

 左脚だろうが右脚と同じようにキックの軌道を変化させるだけにととまらず、威力さえも右脚と遜色ないほどに強烈だった。


 そして当然、斑鳩がその隙を見逃すわけもなく、右のハイキックを繰り出してくる。


 瞬間、


(ほんと、僕はばかりで夏凛に呆れられるかもしれないけど!)


 覚悟を決めた史季は、防御も回避も捨てて、斑鳩と同じようにハイキックを繰り出す。


 ここにきての相討ち戦法。

 斑鳩は「マジか」と驚きながらも、微塵も緩めることなく右脚を振り抜く。

 そんな斑鳩の対応に、史季は史季で少なからず驚きながらも、彼と同じように微塵も緩めることなく右脚を振り抜いた。


 互いの足背そくはいが、全く同時に相手の側頭部を捉える。

 斑鳩は勿論、史季も無意識ですら相手のハイキックの威力を逃がすことができず、二人揃って蹴られた方向に倒れてしまう。


 まさかのダブルノックダウンに不良たちが地鳴りじみた歓声を上げる中、史季はふらつきながらもどうにか立ち上がる。

 斑鳩も同じように立ち上がろうとするも、


「おぉ……ッ!?」


 ダメージは向こうの方が大きかったらしく、立ち上がり損ねて片膝をつく。


 これもまた、以前夏凛が斑鳩の初見殺しについて語った時の話になるが、キック力に関しては史季に軍配が上がると彼女は言っていた。

 そのことをはっきりと憶えていたからこその相討ち戦法であり、狙いどおりにいったと確信した史季は、今にも笑いそうになる膝に活を入れ、片膝立ちの斑鳩に目がけてハイキックを繰り出した。


「やっべ……!」


 絶体絶命の状況にあってなお笑みを浮かべながら、斑鳩はハイキックから逃げるようにして横に転げて難を逃れる。

 すぐさま追撃をかけようとした史季だったが、転げた勢いをそのままにゴロゴロと転がり逃げていく斑鳩を見て、思わず足を止めてしまう。


「ふははははッ! 転がってる相手ってのは、意外と攻撃しにくいだろッ!」


 ドヤ顔で立ち上がる斑鳩だったが、史季のハイキックがまだ効いていたのか、それとも転がりすぎて目が回ったのか、その足取りは酔っ払いのように覚束おぼつかなかった。

 微妙に気が抜けそうになった心を引き締めながら、史季は、ふらついている斑鳩の左脚目がけてローキックを繰り――


「!?」


 ――出すよりも早くに伸びてきた斑鳩の左脚が、史季の想定よりもはるかに早くに史季の右脚とぶつかる。

 直後訪れた激痛に、さしもの史季も呻いてしまう。


 互いの脚がぶつかり合った――そう聞けば、ただの相討ちのように思われるかもしれないが、が、史季にとっては最悪で、斑鳩にとっては最良だった。


 その箇所は、史季が脛で、斑鳩が踵。

 つまりは史季が、弁慶の泣き所とも呼ばれている人体の急所で、人体の中でも硬い部位にあたる踵を蹴ってしまった格好になっていた。


 当然それは斑鳩が狙ってやったことであり、史季のローキックの威力に押されてたたらを踏みながら、いまだ力が入りきらない両脚で踏み止まる。

 そして、激痛で動けなくなっている史季の鳩尾目がけて、ボディブローをお見舞いした。


 斑鳩の脚にはいまだ力が入っていないため、ダメージそのものは重いと呼べるほどではなかったが、的確に鳩尾を殴られたせいで数瞬、史季の呼吸が止まる。

 さらなる拳撃が二度三度と史季の頬を打ち、その度に着実に拳の重さが増していく。


 脚に力が入り始めている。だからこそ、これ以上攻め続けられたらまずいと思った史季は、右脛の痛みに耐えながらも殴り返した。


 反撃を予想していなかったのか、当たり所が良かったのか、左頬を殴られた斑鳩が一歩後ずさる。


 キックを繰り出すチャンス。

 瞬時にそう判断した史季は、すぐさまハイキックを――


「――ッ!!!?」


 突然、先のアッパーとは比較にならないほどの衝撃が、史季の顎を跳ね上げる。

 斑鳩の右脚が高々と振り上がっているところを見るに、顎を跳ね上げた衝撃の正体が蹴り上げであることは明白。


 問題は、史季にそれが全く見えなかったことにあった。

 異常なまでの蹴速に加えて、ノーモーションで蹴り上げを放たれたことで、無意識下ですら反応ができなかった史季は、先のアッパーのように殴られた方向ベクトルに飛んで威力を逃がすことすらできず、まともに顎を蹴られてしまった。

 そのせいで脳が揺れたのか、ぐにゃりと視界が歪む中、史季は倒れることだけはかろうじてこらえる。


 不良ひとによっては史季の耐久力タフネスと根性を称賛する者もいるだろうが、今この瞬間においては、倒れないことは最も打ってはいけない悪手だった。


 斑鳩は蹴り上げによって高々と上がった己の踵を、史季の脳天目がけて勢いよく振り下ろす。

 次の瞬間、約束組手でもそうそうお目にかかれない芸術的なまでの踵落としネリチャギが炸裂する。

 その凄まじい威力に視界が歪む中、史季は力なく斑鳩の眼前で倒れ伏した。



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11月17日に発売される第2巻の表紙イラストが公開されマーシタ。

下記URLの特設サイトの下の方やらamazonやらでも確認できますので覗いていただけると幸いデース。


特設サイトURL

https://fantasiabunko.jp/special/202305fightinggyaru/

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