第33話 まさかの

「失せろ失せろッ!! 今日からヤードここは、俺たちが丁重て~ちょ~に使ってやるからよぉッ!!」


 荒井派の不良たちが、ヤードから《アウルム》の構成員を追い出す声が響き渡る。


 斑鳩や朱久里の見立てどおり、聖ルキマンツ学園の不良と《アウルム》の大ゲンカは、学園側の完勝に終わった。

 その後、まだ元気が有り余っている不良たちがヤード内を探索したり、宝探しのノリでスクラップの山を漁る中、このヤードを根城の一つとして利用することに決めた荒井が配下の不良を使い、構成員たちを追い出しにかかったのだ。


 数の上ではまだ圧倒的に《アウルム》の方が上回っているものの、そのほとんどが怪我人である上に、リーダーの入山が一人だけ逃亡してしまったせいで、構成員たちは最早抗う気力すら残っていなかった。

 それに加えて、常日頃から〝こういうこと〟をしていることが窺い知れるほどに、手慣れた様子で追い出していく荒井派の手際も手伝って、史季たちがいるヤードの中央広場にはもう一人の構成員も残っていなかった。


「いいのかよ、鬼頭センパイ。ヤードここ、荒井の根城もんになっちまうぞ」


 煙草を吸うようにしてパインシガレットを咥えながら、夏凛は訊ねる。


 派閥としては少人数な小日向派と斑鳩派や、その他大勢の派閥にとって、ここまで大規模な根城は無用の長物だが、学園屈指の大所帯を誇る鬼頭はその限りではない。

 それゆえの質問だったが、朱久里は「馬鹿言ってんじゃないよ」とばかりにため息をついてから夏凛に答えた。


「警察に目をつけられているような連中が使ってた拠点なんて、危なっかしくて使えたもんじゃないよ。ろくでもないお宝が眠ってようものなら、使ってるこっちが警察にしょっ引かれるかもしれないからねぇ」


 荒井派のことは放置する――そんなあくどい笑みを浮かべる朱久里に、夏凛はパインシガレットを咥えている唇を微妙に引きつらせた。


「そもそも、『いいのかよ』ってのはアタシの台詞だよ。、あのままほっといてもいいのかい?」

「いいもわりーも、は半分くらいはセンパイのせいだかんな?」


 そんなやり取りを交わしながら、夏凛と朱久里は二人してから露骨に目を逸らしていた。


 そして、その方角で繰り広げられているのは、



「はい! これでもう大丈夫!」



 不良男子の頬に布絆創膏を貼り付けた春乃が、元気な声で処置が終わったことを告げる。

 春乃の手当てを受けた不良男子は、微妙に頬を赤らめながら「お、おう……」と、ぎこちない返事をかえし、立ち去っていく。

 手当てを受けるのはその不良男子だけではなく、かつて一年最強決定戦後に春乃が形成した応急処置待ちの行列を越える長蛇の列が、彼女の前に出来上がっていた。


 そんな有り様に背を向けながら、朱久里は夏凛に言う。


「今回のケンカは規模が規模だからね。相応に怪我人が出るのはわかりきってんだから、救護班の用意くらいはするさね。……さすがに、アタシよりも先に桃園のお嬢ちゃんが救護班と合流した挙句、勝手に応急処置をおっ始めるとは思わなかったけど」


 遠い目をする朱久里に苦笑しながら、夏凛は横目でチラッと春乃の様子を窺う。

 彼女の傍では、


「アリスちゃん! そこの包帯とって!」

「はいはい了解っす! ってゆうか、なんでぼくこんなことやらされてんすか!?」

「それ割りとおいらの台詞! あ、桃園ちゃん、追加の消毒液ここ置いとくね」


 春乃と一緒に行動していたせいで手伝いをやらされるハメになった美久と、なぜか巻き込まれて同じように手伝いをやらされるハメになったアリスと服部が、てんてこ舞いになっていた。


 その様子を、夏凛たちの傍で、足を投げ出すようにして地面に座って眺めていた千秋が気怠げに言う。


「アイツら元気だなぁ。こっちは不良バカども助けただけでお疲れだってのに」

「あら、ちーちゃん。そんなに疲れてるならワタシがマッサージして――あぁん❤」


 いつもどおりにセクハラしようとした冬華が、いつもどおりにスタンバトンで成敗される様を見届けてから、夏凛は、ここから少し離れたところにいる史季と斑鳩に視線を移す。


 夏凛もそうだが、史季も斑鳩も、学園の不良たちが《アウルム》の構成員たちとやり合っている間に、春乃に怪我を具合を診てもらっていた。

 夏凛は転んだ際に膝を擦りむいた以外はほぼ無傷で、史季は夏凛を、斑鳩は史季を庇った際に蹴られた背中がところどころ青じんではいるものの、当の二人からしたら気にも留めない程度の怪我でしかなかった。


 斑鳩に関しては、自分絡みの揉め事に巻き込まれて拉致られた五人の不良に、落とし前として自分のことを好きなだけ殴っていいと提案し、空気を読んだのか読めていないのか、五人を代表して白石がここぞとばかりに斑鳩を一発ぶん殴ったため、彼だけは頬に一つ分、余計な怪我を負っていた。


 その一発だけでは殴られ足りないのか、それとも単純に暴れ足りないのか。

 夏凛が視線を朱久里に戻そうとしたタイミングで、斑鳩は性懲りもなく史季を口説きにかかる。


「にしても、最後は何もせずに見てただけだから消化不良もいいとこだな。つうわけだから折節、最後にいっちょオレとケンカしてみねえ?」


 懲りねーな斑鳩センパイも――と、呆れ混じりに朱久里に言おうとした夏凛だったが、


「いいですよ」


 史季が即諾したことに、夏凛はおろか、朱久里も、傍にいた千秋と冬華も、思わずといった風情で史季たちの方に振り向いた。



 ◇ ◇ ◇



 まさかの返答に、斑鳩が「マジかッ!?」と喜びと驚きの声を上げる中、千秋と冬華が泡を食ったように史季のもとに駆け寄ってくる。


「おいおい、パイセンのケンカ買うなんて正気か!? オマエもしかして頭に一発良いのもらったんじゃねぇのか!?」

「待って、ちーちゃん! もしかしたら熱があるかもしれないわ! とゆ~わけだから~、何度あるかは、しーくんのしーくんで計ってみま――ひゃん❤」


 冬華が史季の股間に手を伸ばそうとしたところで、千秋のスタンバトンが炸裂する。

 いつもどおりすぎるやり取りはさておき。

 心配してくる二人に対し、史季は悲鳴じみた声で否定した。


「だ、大丈夫だから! 頭は殴られてないし、熱もないから!」


 そんな中、千秋たちに遅れてこちらにやってきた夏凛が、どこか、少しだけ、不機嫌な物言いで訊ねてくる。


「理由、聞かせろよ」


 もとよりそのつもりだったが、この問いに対しては真摯に答えなければならないと思った史季は襟を正し、自分の中でもいまだ明確になっていない、斑鳩のケンカを理由について思案した。


 何度も誘ってくる斑鳩に対して、何度も断りを入れるのは悪いと思う感情がなかったと言えば嘘になる。

《アウルム》とのケンカにおいて、直接庇ってくれたことに恩義を感じているからという思いも確かにある。


 けれどそれらは、決定的な理由と呼ぶには、それこそ決定的に足りない。

 買わなければならないと思えるほどの強い理由ではない。


 純粋に一人の男として、斑鳩獅音という男に惹かれるものを感じた――そちらの方が、理由としてはまだ近い気がする。


 ケンカ好きだったり、女好きの上に付き合う彼女が地雷率一〇〇パーセントだったり、けっこうなトラブルメーカーだったりと、お近づきになりたくない要素が満載なのに不思議と突き放す気にはなれない。


 夏凛が認めるほどにケンカが強いのに、かさにかけるような真似も、ましてや力で従わせるような真似もしない。


 落とし前のためなら平気で自分のことを殴らせるし、味方を守るためならば、たいして親しくもない相手であっても平気で体を張る。


 そんな人柄だからか、大勢の学園の不良を、誰の言うことも聞かなさそうな荒井さえも動かしてみせて。


 そんな人だからこそ、知りたいと思ったのかもしれない。


 あるいは、そんな人だからこそ、知っていると思ったのかもしれない。


 大切な女性ひとすら守れるくらいの、〝強さ〟というものを。


(……ああ、そうか……)


 だからか。


 だから僕は、斑鳩先輩のケンカを買わなければならないと、強く強く思ったのかもしれない。

 この人と拳を交えたら、〝強さそれ〟を知ることができるかもしれない。

 そんな予感を覚えたから、僕は斑鳩先輩のケンカを買ったんだ――と、史季は確信する。


 けどさすがに、目の前の大切な女性ひとに向かって「あなたを守れるくらいの〝強さ〟を知りたかったから」などと答える気概は、どこまでいっても草食動物な史季にあるわけもなく。

 そこだけは真摯とは言えないことに加えて、相手が斑鳩である以上まず間違いなく心配させてしまうことに申し訳なさを覚えながらも、ただ一言、嘘偽りのない答えを夏凛に返した。


「……そのために、斑鳩センパイのケンカを買ったってのか?」


 夏凛の目を見て、力強く首肯を返す。

 その決意が、覚悟が伝わったのか、夏凛は深々とため息をつくと、


「相手は斑鳩センパイだ。無理するなとも無茶するなとも言わねーし、絶対に勝てなんて言うつもりもねー。けど……」


 こちらの胸をコツンと軽く小突くと、先の言葉とは矛盾したエールを、真剣に、真摯に、史季に贈った。


「買ったからには負けんじゃねーぞ、史季」

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