第32話 圧倒

「見てのとおり、あそこにいる連中が学園うちらに上等かました半グレどもだ! 今日ばかりは派閥も何も関係ない! 学園うちらにケンカ売ったらどうなるか、身をもって連中に教えてやりなっ!!」


 朱久里が叫ぶと、不良たちはてんで揃っていない地鳴りじみた応を返し、《アウルム》の構成員たちが形成する〝陣〟に目がけて一斉に突撃する。


 必然、先陣を切ることになったのは、先んじて飛び出し、史季と夏凛の窮地を救ったあの二人。


「ア~ヒャヒャヒャッ!! 来いよぉッ!! 俺が相手になっ――べぱぁッ!?」


 クスリをキメた構成員が荒井の体当たりをくらい、近くにいた構成員ともども盛大に吹っ飛んでいく。

 難を逃れた構成員たちが、体当たり直後の隙を狙って一斉に荒井にパンチやキックを叩き込むも、


「効かんなぁッ!」


 物ともせずにキックを叩き込んできた構成員の脚を掴み、ジャイアントスイングさながらに振り回して、周囲にいた者たちをまとめて蹴散らす。


 さすがにもうこれは見世物ショーでもなんでもないと自己で判断したのか、構成員の一人が懐に忍ばせていたナイフを抜き、背後から荒井を刺しにかかるも、


ぬるい」


 荒井はその巨体からは信じられないほど軽やかに身を翻し、凶刃をかわす。と同時に、ナイフを持っていた相手の手首を掴み、万力の如き握力で締め上げて、力尽くでナイフを取り落とさせた。


刃物そんなものを持ち出したくらいで、この俺に勝てると思ったか?」


 手首を締め上げられた構成員が、その痛みも忘れて「ひぃ……ッ」と引きつった悲鳴を漏らす。

 その悲鳴を当然のように聞き届けなかった荒井は、片腕一本で相手を持ち上げると、


「死ね」


 鼻っ柱に拳を叩き込み、文字どおりの意味で殴り飛ばした。


 その一方で、


「木刀っつっても、懐に飛び込みゃなんとでもなる! 一斉に仕掛けるぞ!」


 構成員の一人が叫びながら蒼絃に突貫し、その叫びに呼応した他の構成員たちも四方から突貫する。


「甘いね」


 蒼絃は短い一言を漏らすと同時に、前方から迫り来る、先程叫んでいた構成員の喉元に刺突をくらわせて一撃で仕留める。と同時に木刀を片手で真横に振り抜き、そこから流れるように回し蹴りを放つことで、四方から襲いかかってきた構成員たちを瞬く間に撃退した。


 だが、


「つ、捕まえたぞ……!」


 遅れて仕掛けてきた構成員の一人が、ここぞとばかりに木刀を両手で掴み、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「木刀は封じた! お前ら今がチャ――……」


 チャンスだ――そう叫ぼうとした構成員の口が、中途半端に固まる。


 手放したのだ。

 蒼絃が、最大の武器である木刀を、何の未練も躊躇もなく手放したのだ。


 あっさりと得物を捨てる蒼絃の神経が理解できなかったのか、半端に口を開いたまま唖然としている構成員の顎をショートフックで打ち抜き、昏倒させる。


 木刀が地面に落ちていく様を見て、奪い返されると思った構成員たちが慌てて仕掛けてくるも、その考えを逆手にとった蒼絃はあえて木刀を無視して、ボクサーさながらパンチで、空手家さながらのキックで、構成員たちを次々と返り討ちにしていく。


 徒手でも尋常ではないほどの強さを見せつける蒼絃を前に、構成員たちが二の足を踏み始める。

 あからさまにビビっている構成員たちに見せつけるように、蒼絃は地面に落ちていた木刀を悠々と拾い上げた。


「ふん……どうやら、学園のトップを獲るなどと寝言をほざくだけのことはあるようだな」


 同じようにして強さを見せつけ、敵を萎縮させた荒井がこちらに歩み寄ってくる。


「何だったら、ここで確かめてみるかい? ボクの言っていることが寝言かどうかを」


 挑発じみた言葉に対して、蒼絃も挑発で応じる。

 瞬く間に、一触即発の空気が出来上がる。

 二人と相対している構成員たちが、二の足を踏むどころか一歩二歩と後ずさってしまう。


 そんな空気をぶち壊したのは、


「おいおい、こいつらビビってんぞッ!」

「そんなんで学園おれらに上等くれたのかッ!?」

「逃げてもいいんだぜぇ? 逃がさねぇけどなぁッ!」


 朱久里の号令のもと、荒井と蒼絃に遅れて突っ込んできた、聖ルキマンツ学園の不良たちだった。


 まるで激流のように二人の脇を通り過ぎていった不良たちが、萎縮している《アウルム》の構成員たちに容赦なく襲いかかっていく。

 最早どっちが悪党かわからない絵面に呆れたのか、それとも興が削がれたのか。

 荒井と蒼絃は揃ってため息をつき、敵の〝陣〟を見据えた。


「焦らなくても、いずれ必ず相手をしてやる。それまで精々首を洗っておくことだな」

「首を洗う必要はないだろうけど、そうさせてもらうよ。今回はお互い、共通の先約があることだしね」


 そんな剣呑なやり取りを、不良たちが大暴れする様を、半ば呆然としながら遠くから見守っていた史季と夏凛だったが、


「アンタたち、いつまでつもりだい?」


 こちらに歩み寄ってきた朱久里の指摘に、二人は眉をひそめ……史季が夏凛の上に覆い被さっている、言ってしまえば史季が夏凛を押し倒したような状態になっていることを今さらながら認識した二人は、顔を真っ赤にしながら揃って飛び離れた。


「ごごごごめん、夏凛!」

「べべべ別にこんくらい何てことねーし!」


 謝る史季と強がる夏凛をよそに、史季の「夏凛」呼びに気づいた朱久里が「ああ、やっぱりそういうことかい」とでも言いたげな顔をするも、


「夏凛先輩! 史季先輩! さすがにこんなところで青姦あおかんはよくないと思います!」


 いつの間にやら傍にいた春乃の発言に、史季たちは飲み物を飲んでいるわけでもないのに三人揃って「ブーッ!!」と噴き出した。


「何言ってるかわからないけど何言ってんの春乃ちゃん!?」


 当然のように春乃の隣にいた美久が、素っ頓狂な声でツッコみを入れる中、遅れてやってきた服部が話しかけてくる。


「折節くんも小日向ちゃんもご苦労さん。つうか、あんだけの数をたった三人で相手してた割りには、怪我らしい怪我が見当たらねェように見えんだけど」


 呆れ混じりの服部の指摘に、夏凛が泡を食ったように声を上げる。


「そ、そうだよ! 春乃! 史季のこと診てやってくれ! こいつさっきあたしのこと庇って、しこたま蹴られてんだよ!」

「わ、わかりました――って、あぁっ!」


 慌てて鞄をまさぐろうとした春乃が中に入っていた包帯を落とし、コロコロと転がっていくのを見て慌てて追いかけようとする。

 鞄を開いた状態でそんなことをしたら、中に入っていた物をさらに落としてしまうのは道理であり、夏凛と美久はおろか怪我を診てもらうはずだった史季までもが、鞄から落ちた医療品やらスマホやらを拾いにかかる始末になっていた。


 近くにいた構成員を粗方片づけ、こちらにやってきた斑鳩は、史季たちの有り様に苦笑しながら服部に話しかける。


「わりぃな、翔。めんどくせえこと押しつけちまって」

「おいらはただお前の人脈に乗っかって、知ってる連中に声をかけただけだからな。めんどくせェどころの騒ぎじゃない小日向ちゃんと折節くんに比べたら、たいしたことはしてねェよ」

「って、しれっとオレのことハブってんじゃねえよ」


 という、ツッコみはさておき。

 知ってる連中に声をかけた――つまりは、援軍を呼んでくることこそが、斑鳩が「コイツ以上の適任はいない」と服部にやらせただった。


 もっとも、当の服部が言っているとおり、斑鳩の人脈を活用したという側面が多分にある上に、


「それに荒井に関しちゃ、お前の直電がなかったら援軍なんぞに応じてくれなかっただろうしな」


 そんな服部の補足どおり、斑鳩が直接荒井に電話をして、いつもどおりの軽さで「ちょっとでかいケンカやることになったんだけど、オマエもどうよ?」と誘ったからこそ、荒井派を援軍に加えるという離れ業を実現することができたのだ。


 人望という点においては夏凛も斑鳩に負けてはいないが、荒井とは確執がある以上、四大派閥の全てを動かす力は彼女にはない。

 朱久里にしても、荒井とは派閥単位で敵対しているため、確執の有無以前に彼を動かすような真似はできない。

 今日の昼頃、学園の下足場で偶然四大派閥のトップが勢揃いした際に「この学園に上等くれてるやつを見過ごすわけにはいかないからねぇ」と言った時のように、荒井の思考を誘導するのが精々だ。


 それほどまでの影響力を持っている自覚があるのかないのか、斑鳩は手でひさしをつくりながら、学園の不良たちが《アウルム》の構成員たちを圧倒する様を遠望する。


「こりゃ、さすがに決まりだな。つうかアイツら、オレのことガン無視してケンカしてやがって……」


〝アイツら〟とは、斑鳩派の不良を指した言葉だった。

 肝心の派閥メンバーに対しては人望があるのかないのかよくわからないことになっている斑鳩に、服部がカラカラと笑っていると、


「ところで服部。アンタは、いつまでこんなところで油を売ってるつもりだい?」


 いつの間にやら背後に立っていた朱久里が、服部の襟首をむんずと掴む。


「え? ま、待って朱久里ちゃん!? もう学園こっちの勝ちは揺るぎないんだから、別においらが行かなくてもよくない!?」

「確かに趨勢だけを見ればもう勝負ありと言っても差し支えないけど、半グレやってるような連中が相手の場合、どういう隠し球があるかわかったもんじゃないからね。そうでなくてもアンタは、何かと理由をつけてサボろうって魂胆が見え見えだからねぇ」


 言いながら、朱久里は〝戦場〟に向かってズルズルと服部を引きずっていく。

 先日服部が、アリスに対してそうしたように。


「いや、サボってるわけじゃねェんだよ!? ほら、おいら桃園ちゃんたちの護衛も任されてるから!」

。だからアンタはキリキリ働きな!」

「ケンカが仕事みたいに言うのやめてくんない!? つうか、ケンカなんていてェしめんどくせェだけだからやりたくないんだけど!?」

「アリスの嬢ちゃんですら体張ったってのに、アンタだけ高みの見物ってのは筋が通らないって言ってんだよ。ったく、そんなんだからいつまで経っても童貞なんだよ」

「なななななんで知ってんだよ!?」


 斑鳩と同様、如何いかにも女好きで、如何にも遊び慣れてそうな感じなのに実は童貞だったとか、そもそも墓穴を掘るような返答をしなくてもよかったのではないかとか、鬼頭派の情報網はそんなことまで把握しているのかとか、気になるところやツッコみたいところは多々あるけれど。


「服部先輩と鬼頭先輩って、どういう関係なの?」


 春乃が落とした消毒液の容器を拾いながら訊ねる史季に、隣で絆創膏が入った箱を拾っていた夏凛が「そいつは……」と言葉を濁していると、



「しょーさんはね~、鬼頭先輩に告白したことがあるのよ~」



 突然冬華の声が聞こえてきて、史季と夏凛のみならず、春乃と美久も思わずといった風情で顔を向ける。

 顔を向けた先には、冬華だけではなく、千秋にアリス、白石を含めた救出した不良たち五人の姿があった。

 朱久里が護衛について「もう間に合ってる」と言ったのは、冬華たちの存在に気づいていたがゆえのことだった。


「それでもって『アンタみたいな軽い男は好きじゃない』って、あっさりフラれちゃったのよね~」


 妙に楽しげに言葉をつぐ冬華と、あまりにも無慈悲な服部のフラれっぷりに史季が顔を引きつらせていると、斑鳩を発見したアリスがすぐさま彼のもとに駆け寄り、素っ頓狂な声を上げる。


「獅音にいっ! 怪我はないっすか――ってほんとにあんまなさそうっ!?」


 そんな中、千秋は史季と夏凛に近づくと、中腰になっている二人をただ黙ってひっしと抱き締めた。


「つ、月池さん!?」


 ちょっと顔を赤くして、アリスに負けず劣らず素っ頓狂な声を上げる史季を尻目に、夏凛は苦笑しながら千秋に言う。


「わりーな。心配かけちまって」

「そんなんじゃねぇよ」


 ぶっきらぼうに返しながら顔を背ける千秋の耳は、少しだけ赤くなっていた。


「や~ん❤ ちーちゃんか~わ~い~い~❤」

「バ……っ、こらっ! 抱きつくなっ!」


 冬華はここぞとばかりに抱きついて頬をスリスリさせるも、セクハラをされない限りは無理に引き剥がすような真似はしない千秋は、ほとんどされるがままになっていた。


 そんな三人のやり取りに、史季は頬を緩ませるも、


「尊い……めっちゃ尊い……けど折節は死ね……!」


 白石が両手で顔を隠して身悶えながら、サラッと殺意を向けてくるものだから、緩んだ頬は必然、引きつってしまう。


 兎にも角にも、三対数百という無謀極まりない集団戦ゴチャマンを、大きな怪我もなく三人揃って無事に乗り切れたことに史季は安堵の吐息をつく。


 同時に、こうも思う。

 

 さながら、ゴチャマンが始まる前と同じように――いや、それ以上に。

 結局僕は、夏凛を守ることはできなかった。

 最後の最後で夏凛の盾くらいにはなれたけど、それは彼女が僕たちのために無茶をしたことが起因しているため、彼女を守ったというよりも、彼女に守られた結果起きたことと言った方が正しい。

 そもそも、援軍の到着が間に合わなかったら、二人ともどうなっていたかはわかったものではないので、口が裂けても夏凛を守ったなんて言えない。


 斑鳩先輩のように、夏凛の助けになったり、夏凛に代わって僕を守ったりするくらいの働きが出来ていれば、少しは胸を張ることができたかもしれないけれど。

 正直な話、二人の足を引っ張らないという最低限のことさえ、胸を張って「できている」と言える自信はなかった。


(自分の身くらいは自分で守れるようになりたいと……暴力に対抗できるくらいの力は身につけたいと思って、ケンカレッスンを受けるようになったけど……)


 今自分は、それ以上の力を欲していることを自覚する。

 なぜなら、僕が守りたい女性ひとは、僕よりもはるかに強い女性ひとだから。


 そこまで考えたところで、史季はかぶりを振る。

 折角この危機を無事に乗り切ったというのに、暗い顔をして雰囲気ムードに水を差すのはよろしくない。

 そう思った史季は、静かに、必死に、今心の内に渦巻いている感情が顔に出ないよう努めた。



 ◇ ◇ ◇



「松尾。あとは任せる」


 その一言を最後に、入山は一人、中央広場を後にする。

 戦況を見て負けを悟るや否や、目をかけていた幹部に敗戦処理を押しつけ、さっさとヤードから脱出することを決断したのだ。


「ちょッ!? 待ってくださいよ入山いりや――ぐわぁッ!?」


 松尾の断末魔じみた悲鳴を聞いて入山の胸に去来するは、彼への心配ではなく、もうすぐそこまで不良ガキどもが迫っていることへの焦燥。つまりは己の心配。


 同時に去来するは、不良ガキども如きにしてやられ、自分の城であるヤードから尻尾を巻いて逃げなければならなくなった屈辱。


(ガキどもが……この俺を怒らせたこと、死ぬほど後悔させてやる!)


 激しい怒りを滾らせながらヤードの奥へ移動し、スクラップの山の麓の地面に隠していた扉を開き、そこに設けられた地下へと続く階段を下りていく。

 階段を下りきった先にあるのは、警察サツのガサ入れに備えて秘密裏につくらせた、緊急避難用の地下通路。


 まずは地下通路そこからヤードの外に出て、最寄りの拠点を目指す。

 その拠点は、ヤードに比べたら格段に規模は小さいが、だからこそ警察サツにはマークされておらず、日本刀ポントウ短刀ドスといった武器や、今回のケンカにも使用し、《アウルム》内でも流行らせた危険ドラッグを保管するのに利用していた。

 拠点に常駐させている構成員の数は一〇〇人にも満たないが、全員刃物ヤッパで武装させれば、不良ガキども全員に地獄を見させることくらいは造作もないだろう。


(それにあそこの拠点には、俺のもあるしなぁ)


 最悪死人が出ても構わない。

 いや、見せしめのために一人や二人バラすくらいがいいかもしれない。


 そんなドス黒い思惑を胸に抱えながら、入山は地下通路をひた走った。

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