第18話 鬼ごっこ
鬼ごっこにおける子役の史季を遠巻きにする形で、鬼役の夏凛、千秋、冬華、春乃は配置につく。
位置関係は史季を中心に、夏凛たち四人が一辺一〇メートルくらいの四角形の角に立つ格好になっていた。
「あんまり範囲を広くしすぎると、マジでただの鬼ごっこになっちまうからな。今あたしらが立っているとこより外側には出ないようにしてくれ」
離れているからか、普段よりも大きめの声で忠告する夏凛に、史季も普段よりも大きめの声で「わかった」と返す。
「そんじゃ、おまえらそろそろ始めるぞー」
「こっちはいつでもいいぜ」
「
「わたしもいつでもいけます!」
全員の返答がかえってきたところで、夏凛はニヤリと笑う。
「つうわけだから、死ぬ気で逃げろよ! 史季!」
その言葉を合図に、夏凛と千秋と冬華がこちらに向かって一斉に走り出し、春乃一人だけが「え? もう始まった?」ときょとんとしてから慌てて走り出した。
始まる前からすでに逃げ道を考えていた史季は、冬華と春乃の間の空白スペース目がけて走り出す。
夏凛はもとより、千秋も大概に素早いことは史季も知っている。
二人に比べたら俊敏さに劣る冬華と、俊敏さもへったくれもない春乃との間のスペースに逃げ込むことで、当面を凌ぐことにしたのだ。
当然の流れというべきか、いの一番に冬華が肉薄してくる。
「さ~て、どこをタッチしてあげようかしら~」
喜々としていやらしく両手をワキワキさせる彼女に、別の意味で脅威を覚えた史季は、実戦以上に引き締めながら、明らかに股間を狙った魔手を飛び下がってかわす。
「やぁ――――――――――――――――――っ!!」
その攻防の最中に、背後から気の抜けた雄叫びが聞こえてくる。
わざわざ接近を報せてくれる春乃に苦笑しながらも、史季はすぐさま反転し、冬華から逃げるようにして春乃の脇を走り抜けていった。
「え? え!?」
「あ、ちょっと、はるの~ん」
わかりやすく翻弄されてくれた春乃が、狙いどおりに冬華の障害となっている隙に、一気にこの場から離れようとするも、
「逃がさねーぞ、史季」
予想を超える速さで肉薄してきた夏凛に、史季は思わず瞠目する。
手の速さにしろ足の速さにしろ、自分では逆立ちしても夏凛には敵わない。
(だったら、いっそのこと氷山さんと春乃ちゃんの方へ戻って乱戦に持ち込――)
不意に背中をペシッと叩かれ、史季の思考が途切れる。
まさかと思って後ろを振り返ると、そこには、掌をこちらに向けて勝ち誇った笑みを浮かべる千秋の姿があった。
「後ろをとられねぇよう気をつけてたつもりでも、それどこじゃなくなるのがゴチャマンの恐ぇとこなんだよ」
全くもってその通りだった史季がぐうの音も出ない中、夏凛と冬華が茶々を入れる。
「まー、千秋が相手だと、後ろを振り返っても見えてねーなんてこともありえるけどな」
「ちーちゃんよりも小っちゃな子が混ざったゴチャマンなんて、ワタシとりんりんでも経験したことないものね~」
「よぉしテメェら今すぐそこに並べ。電圧マックスでくらわしてやっから」
ロングスカートの下からスタンバトンを取り出す千秋を前に、夏凛がケラケラ笑いながら、冬華がニマニマ笑いながら逃げ出していく。
そんな調子で休憩(?)を挟みながらも、史季たちは何度も何度もゴチャマンのレッスンという名の鬼ごっこを繰り返した。
レッスンの内容的に遊びの延長線上という側面があったことは否定できず、学校の外という環境も手伝って思いがけず楽しんでしまい、気がつけば三時間という時が溶け消えていた。
五人の中ではダントツで体力が劣る春乃が限界を迎えたところでレッスンは終了となり、ここまで付き合ってくれた彼女たちに感謝を込めて、史季は飲み物を奢ることにする。
公園が広大であるがゆえに、そこそこ以上に離れたところにある自販機を目指して歩きながら、史季は思う。
(ほんと、今回はレッスンはレッスンでも遊んでるって感覚の方が強かったけど……)
それでも、ちゃんとゴチャマンのレッスンになっていることを、史季は頭でも体でも理解していた。
一対四の鬼ごっこだから、そんなに長い時間は逃げられないし、早い時は十数秒で終わることもザラにあった。
だからこそ、一回一回集中してレッスンに臨むことができた。
複数人を相手にしなければならないからこそ、ゴチャマンはタイマン以上に一瞬の気の緩みが命取りになる。
説明こそしていなかったが、夏凛はそのことを肌で感じさせるために、一対四という一瞬たりとも気の抜けない鬼ごっこを僕にやらせたのかもしれないと、史季は思う。
そして、説明こそしていないものの、夏凛が肌で感じさせようとしていたことがもう一つ。
タイマンは目の前の相手にのみ意識を集中すればいいが、ゴチャマンはそうはいかない。
それくらいのことは史季も頭ではわかっていたが、複数人を相手に満遍なく意識を集中させる難しさは、想像をはるかに超えていた。
それ以外にも、複数人を相手にした際の位置取りや、視線の巡らせ方など、〝楽しかった〟という感情以上に〝ためになった〟という確かな成果が、しっかりと史季の血肉になっていた。
などと、色々思索を巡らせている内に自販機に辿り着く。
「夏凛と月池さんは、リアルゴールドがあるならそれでって言ってたけど……」
自販機のラインナップを物色しながら、ふと思い出す。
ほんの一、二ヶ月前まで、自分がこんな感じでパシリをやらされていたことを。
あれからすっかり登校しなくなった
今まで散々嫌々パシらされていた自分が、こうして自ら好きこのんでパシリじみたことをやっていることに、感慨にも似た感情を抱いてしまう。
上手く言葉にできない。
けれど悪い気はしない。
むしろ良い気がするくらい。
そんな感情だった。
(みんなには、いくら感謝してもし足りない。けど、やっぱり、僕が一番感謝してるのは……ううん、したいのは……)
心の中といえども、気恥ずかしさのあまり続く言葉を紡ぐことができなかった。
「あ、リアルゴールド売ってる」
心中を誤魔化すように声を上げ、無理矢理頭を切り替えたところで、夏凛と千秋、ついでに自分用のリアルゴールドを、冬華用のアイスコーヒーを、春乃用のレモンティーを購入する。
パーカーの裾を前に伸ばしてトレー代わりにして、五つの缶飲料をまとめて抱えると、早足で彼女たちのもとへ戻り……ギョッとする。
「氷山さんなんて格好してるの!?」
素っ頓狂な史季の言葉どおり、冬華は〝なんて格好〟をしていた。
彼女は、上着を脱いでいたのだ。
オフショルダーの
「なんて格好なんて失礼しちゃうわね~」
プンスカと抗議する冬華に、史季は、さすがに言葉が悪かったかもしれないと反省しかけるも、
「なんて格好ってゆ~のはね~、こ~ゆ~のを言うのよ~」
その行動に、いったい何の意味があるのか。
まさしく「こ~ゆ~の」を見せつけるように、冬華はチューブトップブラの上の布地をずり下げ、下の布地をずり上げることで、何がとは言わないが二つの北半球と南半球を露わにさせた。
最早彼女の格好は草食動物な史季が直視できるものではなく、代わりに、冬華がやらかした際に真っ先に動いてくれる千秋に助けを求める視線を送る。
視線に気づいた千秋は、おそらくはスカートの中から取り出してであろう団扇で自身を煽ぎながら、気怠げに言う。
「まぁ、平日なおかげで周りには人いねぇし、ちょっとくらいの間なら別にいんじゃね」
「さすがに良くはないと思うんだけど!?」
という史季の抗議を無視して、千秋は空いた手で飲み物をさっさと渡すよう催促してくる。
どうやら千秋は、鬼ごっこをしたことによる疲れと暑さのせいで、冬華の相手をする気力が残っていないようだ。
そのことを悟った史季は、大人しくリアルゴールドを千秋に渡し、「ありがとな」というお礼の言葉を聞き届けてから、今度は夏凛に助ける求める視線を送り……ギョッとする。
夏凛も、上着を脱いでいたのだ。
つい先程までは、上に羽織っていたデニムジャケットを脱いでいただけだったはずなのに、いつの間にかTシャツまで脱いで、素肌と一緒に真っ白なブラジャーを露わにしていたのだ。
「い、いやー、あっついなー。暑くて服なんて着てらんねーわー」
目をグルグルさせながら、鉄扇で真っ赤になった顔を扇ぎながら、棒読み全開でそんなことを
いったい何が彼女をそうさせたのかはともかく、あられもない夏凛の格好に吃驚した史季は、抱えていた缶飲料をその場に置いて、すぐさま駆け寄った。
「だだだだ駄目だよッ! 夏凛まで氷山さんみたいなことしちゃッ!」
大慌てで地面に脱ぎ捨ててあったデニムジャケットを手に取り、夏凛の肩にかける。
なんだかんだ言って彼女自身も恥ずかしかったのか、肩にかけられたデニムジャケットの襟を手で引き寄せると、すぐさま胸元を隠した。
「な、なんでこんなことしたの!?」
訊ねながら、夏凛に背を向ける。
「だ、だって……暑かったから……」
そんな言い訳をしている夏凛自身、なんであんな行動に出たのかわかっていないらしく、依然として顔を真っ赤にしたまま目をグルグルと回していた。
夏凛本人以上に夏凛の心中を察した冬華は、芝生の上で横になり、耳まで赤くなった顔を両手で覆い隠しながら、うわごとのように呟く。
「かわいい……っ。りんりん超かわいい……っ」
一人勝手に悶える冬華を見て連鎖的に察した千秋が、クピッとリアルゴールドを一口飲んでから、呆れたように独りごちる。
「折節の気ぃ引くために冬華に対抗したってか? ウソだろ?」
そんな中、体力が限界すぎてすっかり眠りついてしまった春乃が、芝生の上で「すぴー……すぴー……」と気持ちよさげな寝息を立てていた
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