第17話 ゴチャマンのレッスン

 今週は、週の半ばに学園の創立記念日という名の休日があったので、今度こそその日に集団戦ゴチャマンのレッスンをやることに決定する。


 そして当日。


 ケンカをやる時は、必ずしも動きやすい格好をしているとは限らない。

 だから、こないだのようなジャージではなく普段どおりの格好で来るようにと夏凛に言われたので、史季はパーカーにジーンズという、無難かつ着慣れた服装で集合場所となっている公園へと向かった。


 その公園は町の中心部からはやや外れた場所にあり、そうした立地ゆえか、敷地の広大さは周辺市区を含めても随一を誇っている。

 おまけに敷地の大部分は芝生の広場になっているため、「ゴチャマンのレッスンができるくらいの広さがある」という意味では打ってつけの場所だった。


「す、すみません! 遅くなっちゃいました!」


 最後に集合場所にやってきた春乃が、史季たちに向かって頭を下げる。


 夏凛は薄手のデニムジャケットにミニスカート、千秋はパーカーとロングスカート、冬華はオフショルダーのブラウスにスキニーデニムと、先の日曜日と似たり寄ったりな服装をしているのに対し、春乃だけはランニングウェアに身を包んでいた。


 おそらくは春乃もゴチャマンのレッスンの手伝いをしてくれるのだろうと、ドジな彼女が普段の服装でそんなことをしたら服が汚れてしまうので、あらかじめ夏凛が彼女にだけは動きやすい格好で来るように言い含めたのだろうと思いながらも、史季は頭を下げる後輩に向かって優しい言葉をかける。


「謝らなくても大丈夫だよ、春乃ちゃん。僕たちもちょっと前に来たところだから」

「そういうこった。あたしも来たのは、ほんとについさっきだしな」

「つうか、折節の『春乃ちゃん』呼びも、この二、三日でだいぶ慣れてきた感じになったよな」

「りんりんのことを『夏凛』って呼ぶのは、どういうわけかす~ぐに慣れちゃってたけどね~」


 冬華の指摘に、史季と夏凛は揃ってギクリとする。

 地下格闘技場のイザコザの後、二人だけでショッピングに行くことになり、本当に〝色々〟あったからこそ、ついわかりやすい反応をしてしまう史季と夏凛だった


 もっともその〝色々〟を、翌日に千秋に返したスマホを通じて、全て傍受されていたとは史季は夢にも思っていないが。

 夏凛に至っては、史季のジャージの紙袋に千秋の予備のスマホが混入していたという話自体を知らない――夏凛に気づかれないよう、彼女がいないタイミングで千秋が回収に向かった――ため、夢にすら思っていないが。


 そうした経緯もあって、なんだかんだで微妙に罪悪感を引きずっている千秋が、微妙に史季たちから視線を逸らすのをよそに、冬華は楽しげに笑みを浮かべ、〝ちゃん〟付けで下の名前を呼ばれた春乃が嬉しそうに笑っていた。


 いっそふてぶてしいくらいの冬華はともかく。

 春乃は身近に史季オスが現れるまでは、頭の中がモザイクがかかる感じのピンクな有り様になっていることを隠し通していたこともあって、〝本心を隠して普段どおりに行動する〟という点に関しては、下手をすると冬華よりも上手なくらいだった。


 そんな二人に対して、千秋が「なんか釈然としねぇ」と言いたげな視線を送っていることはさておき。

 二人だけだったはずのショッピングを盗聴されていたことなど、露ほども知らない史季と夏凛は、『夏凛』呼びにはすぐに慣れたという冬華の指摘を誤魔化すように、ゴチャマンのレッスンを進めた。


「と、ところで史季。ゴチャマンの際に一番気をつけなきゃならねーことは、何だと思う?」

「そ、そうだな~……」


 わざとらしく悩んだ声を上げながらも、問いに対しては真面目に考え、真面目に答える。


「できるだけ後ろをとられないよう気をつける……とか?」

「正解」


 いつの間にやら取り出していた鉄扇でズビシとこちらを指してから、夏凛は話を続ける。


「人間、目は前しか見れねーからな。ぶっちゃけ、後ろから来られたらあたしでもたまったもんじゃねー」

「なんて言ってっけどコイツ、後ろに目があるんじゃねぇかってくらい、死角からの攻撃かわしやがるからな」

「前と後ろから挟まれても、その場でクルッて回転しながらバシバシって悪い人倒しちゃいますしね!」


 しれっと会話に混ざってきた千秋と春乃の指摘――春乃の話は、要約すると旋転しながら鉄扇で前と後ろにいた敵を打ち据えたといったところだろう――に、夏凛は「うぐっ」と言葉を詰まらせる。


「こないだ鬼頭派とやり合った時も、カポエラみたいなキックで、はるのんが言ってることと同じことやってたものね~。パンツは丸出しになっちゃってたけど」

「って、なんでんなこと知ってんだよ!? つーか、あの状況であたしの方見る余裕あったのかよ!?」


 ちょっと顔を赤くしながら怒鳴る夏凛にそっぽを向きながら、冬華は無駄に上手すぎる口笛を吹いて誤魔化す。

 一方史季は、うっかり余計な想像をして顔に出るという失態を冒さないよう、「パンツ丸出し」という言葉を頭の中から追い出すのでいっぱいいっぱいになっていた。


「と、とにかく! ゴチャマンの際に一番気をつけなきゃいけねーのは後ろをとられないようにすることだ。でもって、そうならねーようにするための一番手っ取り早い方法が、友達ダチに背中を預けること。背中を守ってくれるダチがいれば、後ろの心配をしなくて済むからな」


 そのダチの一人にして、ゴチャマンに限れば夏凛よりも得意な千秋が、話を補足する。


っても、状況次第じゃバラけた方がやりやすい場合もあるけどな。それにウチや夏凛のように、背中合わせでドッシリやるよりも、好き勝手暴れながらお互いにフォローし合った方がやりやすいってタイプもいるしな」

「あと相手の数があんまり多すぎる場合も、背中合わせでドッシリってわけにはいかないものね~。数で押し込まれてジリ貧になっちゃうから」


 もう一人のダチにして、寝技が得意ゆえにゴチャマンよりもタイマンの方が得意な冬華が、さらに話を補足する。

 彼女たちの話に史季が得心していると、夏凛がここぞとばかりに問いを投げかけてくる。


「で、だ。背中を預けるダチがいなくて、一人で大勢を相手にする場合は、どう立ち回るのが正解だと思う?」

「これまでの話を聞いた限りだと……壁を背にして戦うというのは正解じゃない……よね?」

「まー、間違いってわけでもねーけどな。確かに相手の数が多い場合は余計に追い詰められるなんてことにもなりかねねーけど、数がそんなに多くない場合は全然アリだしな」


 そう言って「他には?」と言わんばかりの視線を投げかけてくる。

 史季は引き続き顎に手を当てて考え込み、疑問符混じりに答えた。


「路地のような、狭いところに誘い込む……とか?」

「知ってる町でやる分にはアリだけど、知らねー町じゃそれ、あんまやらねー方がいいぞ。路地の奥が行き止まりになんてなってたら、どっちが誘い込んだのかわからねー状況になっちまうからな」

「なるほど……」


 と、得心する。

 だからこそこれ以上、別の答えを思いつくことができなかった。

 そんな史季を見て、夏凛はドヤ顔気味に言う。


「正解は〝動き回る〟だ」


 あまりにも単純シンプルな答えに、史季は思わず「動き回る?」と問い返し、夏凛はドヤ顔を浮かべたまま首肯を返した。


警察ポリさんとかならともかく、不良バカどもが完璧に統率のとれた動きなんてできるわけがねーからな。四大派閥の中じゃダントツで統率とれてる鬼頭派でも、けっこう好き勝手動き回れる程度にはがあんだよ」

「もしかして……その隙間を利用して動き回ることで、後ろをとられることを防ぐ……ってこと?」

「そういうこった。っても、止まることなくずっと動き回っていたら、あっという間にガス欠になっちまうからな。だから史季には、これからやるレッスンでサボりどころを覚えつつも、複数人を相手取る感覚を体で覚えてもらうってわけよ」


 そう言って、夏凛は史季の肩に手を置き、満面の笑顔で告げる。


「つーわけだから史季、鬼ごっこすんぞ。

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