第8話 時は遡る

 時は遡る。

 史季とアリスがビジネスホテルに入っていくところを目撃した、千秋、冬華、春乃の三人が史季にあらぬ疑いを抱きつつある中、一人怪訝な顔をしていた夏凛は独りごちるように言う。


「あのビジホって確か……前に地下格闘技場があるとかないとか、学園ガッコで噂になってたとこだったような……」


 噂について思い出せそうで思い出せない千秋が眉をひそめながら小首を傾げ、噂について全く心当たりがない春乃が盛大に首を傾げる中、冬華だけが得心したようにポンと手を打ち鳴らす。


「言われてみれば、確かにあのビジホがそうだったわね~。も出入りしてたのに、す~っかり忘れてたわ~」


 噂を通り越して、くだんのビジネスホテルに地下格闘技場があることを確信している物言いに加えて、「しょーさん」という名前を聞いて、夏凛もまた得心したように「あ」と声を漏らした。


「そういやおまえ、服部先輩と付き合ってた時期があったっけ」


 然う。

「しょーさん」とは、冬華が斑鳩派ナンバー2の服部翔につけた渾名であり、夏凛の言うとおり、二人は付き合っていた時期があった。


 もっとも、


「あぁ、思い出した。付き合ってから一週間くらいで、オマエが服部パイセンをフったんだっけか」


 千秋の言うとおり、たった一週間程度の付き合いではあったが。


「あのぉ……どうして冬華先輩は、しょーさんって人をフっちゃったんですか?」


 やはりというべきか、春乃がおそるおそるながらも興味津々に話に食いついてくる。

 とはいえ、冬華が服部をフった理由については夏凛と千秋も聞いてなかったので、二人は春乃に乗っかることにする。


「そういやあたしらも、なんで冬華が服部先輩をフったか聞いてなかったな」

「だな。つうわけだから、話聞かせてもらおうじゃねぇか」

「しょうがないわね~」


 と、無駄に勿体ぶってから、冬華は常よりも真剣な声音で答える。


「小さかったのよ」

「小さい? 何がだよ?」


 という夏凛の疑問に、冬華は引き続き真剣な声音で答えた。


「ナニがよ」


 その一言だけで、夏凛も、千秋も、春乃さえも察してしまう。


「おまけに、皮をかぶっていたの」


 その言葉がとどめとなり、夏凛と千秋は思わず片手で頭を抱えた。

 二人とも、微妙に頬を火照らせながら。


 春乃もまた頬を火照らせていたが、その色合いは夏凛たちの羞恥の赤とは明らかに別の色合いをしていた。

 おまけに、誕生日に欲しかったゲーム機を買ってもらえた男の子のように、キラキラと目を輝かせていた。


「……えーっと、アレだ。あのビジホに、地下格闘技場があるって話だったな」


 露骨に話を変える、夏凛。


「……そうだったな。で、冬華。地下格闘技場について、オマエはどんくらい知ってんだ?」


 当然のように夏凛に乗っかった千秋が、何事もなかった風を装いながらも冬華に訊ねる。

 冬華は少しだけ面白くなさそうな顔をするも、突っ込んだ話をしたらしたで服部の名誉を著しく傷つけることになるのが目に見えているので、素直に千秋の質問に答えた。


「あんまり詳しいことは知らないわよ~。知ってることっていったら、あのビジホで地下格闘技の試合が行われてることと、賭けが行われていること、会員証がないと入れないことと、あとは~……ケンカがしたくて出入りしてた斑鳩先輩が、勝ちすぎて出禁になったってことくらいね~」

「いや、充分知ってんじゃねぇか」


 という千秋のツッコみをよそに、夏凛は難しい顔をしながらも、これまでの話を疑問符付きで総合する。


「つーことは、服部先輩は斑鳩先輩に付き合う形で地下格闘技場に出入りしてて、アリスってのは二人にくっついて出入りしてた……ってところか?」

「まぁ、だいたいそんな感じだろ」

「話はわかりましたけど……」


 と言ったのが春乃だったせいで、夏凛たちは失礼だと思いながらも、本当にわかっているのか半信半疑になっていることはさておき。

 彼女にしては珍しくも、核心を突いた質問を夏凛たちに投げかけた。


「史季先輩とアリスちゃんは、その〝ちかかくとーぎじょー〟に、何の用があるのでしょうか?」


 まさかのまともな質問にちょっとだけ面食らいながらも、夏凛は答える。


「まー、あんま良い予感はしねーな」

「つうわけだから、冬華。さっさと服部パイセンをここに呼び出せ」


 命令じみた千秋の言葉に、冬華は小首を傾げた。


「どうして、しょーさんを?」

「会員証がねぇと入れねぇっったのはオマエだろが。それにコイツは斑鳩派にも関係がある話だ。向こうの耳にも入れといた方がいいだろ」

「それなら、しょーさんよりも斑鳩先輩に連絡した方がよくないかしら?」

「出禁くらってる斑鳩パイセンに連絡したら、余計めんどくさいことになるだけだろが。つうかそれ以前にオマエ、斑鳩パイセンの連絡先知ってんのかよ?」

「さすがに知らないわね~。てゆ~か、あんまり知りたいとも思わないけど」


 あんまりにもあんまりな言い草に、夏凛が苦笑まじりに口を挟む。


「さすがにちょっとひどくねーか、それ」

「なんて言ってるりんりんも、斑鳩先輩にはスマホの番号もLINEのIDも教えたいとは思わないでしょ~?」

「まーな。連絡先なんて交換したら、地雷女とののろけ話とか、地雷女との別れ話とか聞かされそーだし」

「ったく、ひでぇのはどっちだよ」


 千秋が呆れたため息をついたところで無駄話を切り上げ、冬華は服部に、アリスが史季を連れて地下格闘技場があるビジネスホテルに入っていったことをLINEで伝えた。

 電話ではなくLINEで連絡したのは、冬華曰く、別れた男にいきなり電話したら、勘違いされて話がややこしくなるとのことだが、


「事が事だからな。五分経っても既読がつかなかったら電話しろよ」


 夏凛の言うとおり事が事なので、あまり長い時間待っていられないことは冬華もわかっているので、「は~い」と諦め混じりに了承した。


 それからきっかり五分が経ち、こちらから電話をしようとしたタイミングで、冬華のスマホが振動する。

 画面に「しょーさん」と表示されていることを確認すると、冬華は夏凛たちに目配せをし、首肯が返ってくるのを確認してからスピーカーモードで電話に出た。


「は~い、しょーさん。LINE見てくれた~?」

『見たけどよ、マジかぁ……』


 電話越しでも、服部が頭を抱えていることが容易に想像できる声音だった。


「ちなみにだけど、しょーさんはアリスちゃんが、しーくんを地下格闘技場に連れ込んだ理由に心当たりある?」

『しーくん?……ああ、折節くんのことか。そうだな……もうじきレオンの誕生日だし、折節くんに試合に出てもらって、彼が勝つ方に賭けることで、誕プレの軍資金を稼ぐとかそんなとこだろな』

「あらあら」


 微笑ましげにしている冬華や、「アリスちゃんらしい」と言いたげに笑っている春乃とは対照的に、夏凛と千秋は呆れすぎてなんとも言えない顔をしていた。


『ったく、レオンのことが好きなら、今もバイトで頑張って稼いでるあいつの姿勢を見習えっての』


 愚痴るようにこぼしてから、服部は言葉をつぐ。


『しかしまずったな……実はおいら今、原付でちょっと遠出しててな。戻るのに一時間くらいかかりそうなんだよ。地下格闘技場の会員証なんて持ってるのは、斑鳩派うちでもおいらとレオンとアリスの三人しかいねぇから、一時間丸々待ってもらうことになっちまう。それでも構わねぇか?』


 一時間という数字に、春乃を除いた全員が苦々しい顔をする。


「さすがに一時間はなげーな」

「つってもよ、斑鳩パイセンが出禁くらってる以上、頼れるのは服部パイセンだけなんだから待つしかねぇだろ。今回ばかりは強行突破ってわけにもいかねぇし」


 全くもって千秋の言うとおりだったので、夏凛は諦めたようにため息をついてから、冬華に向かって頷く。

 冬華もまた頷き返すと、電話越しで待っている服部に返事をかえした。


「構わないわ。でも、できるだけ急いでね」

『了解。なるはやでそっちに向かうよ。けど、おいらの会員証が生きてっかどうかは微妙なとこだから、おいらが来たからって中に入れる保証はねぇ。そこんところは勘弁してくれよ』

「あら、それは大丈夫じゃないかしら? アリスちゃんが門前払いされていないということは、アリスちゃんの会員証は生きてたことになるわけだし、しょーさんの会員証だけ死んでるってことは、さすがにないでしょ」

『そりゃそうだな。てか、もう原付に乗るからぼちぼち切るわ』


 というやり取りから七〇分後。


 ようやく服部と合流した夏凛たちはビジネスホテルに入り、彼の紹介という形で自分たちの分の会員証を発行してもらい、地下四階にある地下格闘技場に足を踏み入れた。

 その時にはもう史季の五戦目が始まっており、彼の動きが精彩を欠いていたことに気づいた夏凛は、彼がレーザーポインターによる妨害を受けていることにも気づいた。


 そして――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る