第7話 妨害
勝っても負けても残すところあと一試合となった史季は、その事実を内心嬉しく思いながらも、赤コーナーに立つ最後の対戦相手を見据える。
(なんというか、
ボクサーパンツを穿いた金髪の男は、
観客向けのパフォーマンスか、それとも史季に向かっての威嚇か。
シャドーボクシングを披露する姿は、なかなか堂に入っている。
最後の一戦だからといって気を抜いたら、怪我だけでは済まないかもしれない――そう自分に言い聞かせることで気を引き締め直していると、天井に吊り下げられた無数のモニターに、最後の試合のオッズが表示された。
赤が二・一倍に対し、史季の青は二・四倍。
四戦目の秒殺劇が余程鮮烈だったのか、今までのような偏ったオッズにはなっていなかった。
評価してもらえたことが嬉しくないと言えば嘘になるが、それが賭けという形だったり、殴り合いから起因するものだったりと、素直に喜べる要素が一つもないせいで、史季の表情はどうしても複雑なものになってしまう。
そうこうしている内に、オッズを見て盛り上がっていた観客の声が小さくなっていき……程よく静かになったところで、審判が「始めッ!!」と叫んで試合を開始した。
赤コーナーに立っていた金髪が、ファイティングポーズをとりながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
明らかにリング上での戦い慣れていそうな相手に、コーナーを背負って戦うのは危険なので、史季も申し訳程度に拳を構えながらも前に出て、リング中央で金髪と対峙した。
やはり、雰囲気からして今までの四人とはモノが違う。
迂闊に仕掛けたら、手痛いしっぺ返しをくらうかもしれない――そう思った矢先に金髪の左拳が霞み、矢のようなジャブが飛んでくる。
即応した史季は身を反らし、紙一重でジャブをかわした。
(速い……! でも、小日向さんに比べたら……!)
続けざまに金髪が放ってきたジャブを、史季は上体の動きだけでかわす。
しかしその攻撃はあくまでも
これも上体の動きだけでよけられると判断した史季は、回避と同時にローキックで反撃する絵図を脳内に描くも、
「!?」
突然、目に緑色の光を照射され、反射的に目を
次の瞬間、考えるよりも先に後ろに飛び下がり、不格好ながらも右ストレートをかわした。
(いったい何が!?)
そんな混乱が顔に出てしまったのか、好機と見た金髪は一気に距離を詰め、容赦なくローキックを叩き込んでくる。
いまだ網膜に緑光の残像が焼きついている史季にかわせるはずもなく、左太股に走った鋭い痛みに表情を歪めてしまう。
続けて放ってきた右フックは、残像の外側から飛んできてくれたおかげで、どうにか腕で防御することができた。
このままでは一方的にやられてしまう――そう思った史季が、無理矢理にでも反撃に出ることを決意し、相討ち覚悟でローキックを放とうとしたその時だった。
たまたま視界に入った観客の一人が、こちらに向かって
まさかと思った時にはもう、視界が緑光に塗り潰されていた。
そのせいでローキックをかわされてしまい、その隙を突かれることを恐れた史季は、両腕で顔を守りながらも後ずさる。が、どうやらローキックが結果的に牽制になったようだ。
三分の一以上が緑光の残像で塗り潰された視界の中で、追撃を捨てて距離をとる金髪の姿が見て取れた。
視界に残像がちらついていることを金髪に悟られないよう、できる限り平静を装いながら、二度も目に照射された緑光の正体を断定する。
(間違いない、レーザーポインターだ。ということは、僕に勝ってほしくない誰かが、試合を妨害してることになるけど……)
これほど大勢の人間に見られている状況で、妨害されていることを声高に叫ぶ度胸は勿論のこと、妨害について審判に訴える度胸も、史季にはない。
どれだけ強くなっても、草食動物全開な性根は変わらない。
なので、試合中はリング外に退避している審判に向かって、チラッチラッと物言いたげな視線を送るのが精一杯だった。
ほどなくして審判はこちらの視線に気づくも、まるで不良に睨まれた時の史季と同じように、目が合った瞬間に露骨に視線を逸らすのを見て、得たくもない確信を得てしまう。
(まさか試合の妨害してるのって、
考えてみれば、あり得ない話ではない。
何せ自分は、勝てる人間がいないという理由でこの地下格闘技場を出禁された斑鳩と同学なのだ。
おまけに今の自分は、斑鳩の妹分であるアリスの紹介によって試合に出場している。
運営の不興を買う要素には事欠かない。
などと、あれこれ考えている間に、金髪がゆっくりと詰め寄ってくる。
史季はレーザーポインターから目を守るために、構えていた拳を顔の高さにまで持ち上げ、過去二回の妨害から光の照射位置を大雑把に逆算し、詰め寄ってくる金髪との間合いを調整するフリをしながら、目が狙われない位置にジリジリと移動する。
そんな史季の行動を見て何か仕掛けてくると勘違いしたのか、金髪は足を止めて警戒を強めた。
その行動を見て、金髪はこちらが妨害を受けていることに気づいていない、つまりは運営とグルではないと、史季は結論づける。
レーザーポインターによる妨害を知っていたら、構えの変化は光の照射から目を守るためだということを知っているため、わざわざ警戒を強めたりなどしないはずだから。
とはいえ、こちらはこちらでレーザーポインターの警戒ばかりしているようでは、試合には勝てない。
(まずは、これまでの試合で意外と
妨害される前に勝てるかもしれない――そう思って、パンチを放とうとしたその時だった。
右前方から緑光を目に照射され、前に出ようとしていた史季の動きが不自然に止まる。
さすがにこんなわかりやすい隙を見逃す金髪ではなく、ここぞとばかりに史季の股ぐらを蹴り上げようとする。
それがかえって史季の防衛本能をこの上なく刺激し、本能に従った史季は蹴り足が見えていないにもかかわらず、大袈裟に半身になることで金的蹴りを回避した。
まさかかわされるとは思ってなかったのか、反撃を恐れた金髪が慌てて飛び下がる。
まだ網膜に緑光の残像が焼きついていた史季は、これ見よがしに拳を構えて威嚇することで視界が回復する時間を稼ぐ。
金髪が慎重に立ち回る手合いなのが、不幸中の幸いだった。
(駄目だ……! やっぱり先にレーザーポインターをどうにかしないと……!)
しかし、リングの上からではどうすることもできない。
おまけに、レーザーポインターで妨害してくる人間は一人や二人ではない。
史季が立ち位置を変えてもすぐに光を照射してきた時点で、レーザーポインター要員が複数人いるのは、火を見るよりも明らかだった。
こうなってしまった以上、頼みの綱はアリスしかいないわけだが、
「な~にやってんすか! そんなのくらいちょちょいとやっつけなくてどうすんすか!」
他の観客と同様、声援というよりは野次に近い声を上げている時点で、史季が妨害を受けていることに全く気づいていないのは、これまた火を見るよりも明らかだった。
(結局、自力でなんとかするしかなさそうだね……)
(こうなったら、簡単に目が狙えないくらいに動き回って戦ってみよう)
それでも駄目だった時は、最終手段として、勇気を振り絞って妨害を受けていることを観客に向かって叫ぼう。
そう覚悟を固めた史季だったが、金髪のはるか後方――リングの外に、
その人物は、いやにぐったりとしている男の首に腕を回して無理矢理立たせながら、こちらに向かってこれ見よがしに手を振っていた。
史季が妨害を受けていることを把握した上で、レーザーポインターで妨害している人間を
(
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