終章
プロローグ
一年最強決定戦から数日が経ち、
放課後、予備品室に向かおうとしていた
「よお、
実際声をかけた相手が女子で、誘い文句が「ちょっとオレと遊ばない?」となっていた場合は、多くの者が迷うことなく首を縦に振っていたことだろう。
もっとも、男子な上にナンパではなくケンカの誘いを受けた史季の返事は、真逆の意味で微塵の迷いもないが。
「い、嫌ですよ! そもそも斑鳩先輩、なんでやる前からそんなにボロボロになってるんですか!?」
史季の指摘どおり、斑鳩の顔には青痣ができていたり、唇が切れた痕ができていたり、絆創膏やらガーゼやらが貼られていたりと、なかなかにボロボロな有り様になっていた。
「いやぁ、派閥の連中に『折節はオレの獲物だから手ぇ出すな』っ
などと言っている割りには、「あ~楽しかった」という顔をしていることはさておき。
史季は、
その中でも特に手こずった不良について
だからこそ、息を呑んでしまう。
斑鳩派の不良たちを相手に一〇連戦もタイマンして勝利することが、
「けど、そうだな……確かに折節の言うとおり、どうせやるならお互いベストな状態の方がいいよな」
「いや僕そんなこと一言も言ってないですけど!?」
「お? 言ってなかったか? まあいいや。気が変わったら言ってくれよな。いつでもどこでも相手すっから」
それだけ言い残し、斑鳩はあっさりと立ち去っていった。
「確かに
まさか本当に、こうもあっさりと引き下がってくれるとは思わなかった。
これには史季も、ただただ唖然とするばかりだった。
しかし、あまり唖然としすぎていると、いつの間にやら集まっていた
◇ ◇ ◇
史季にケンカの誘いを断られ、あっさりと引き下がっていく斑鳩を眺めながら、ピンク色の髪をツーサイドアップにまとめた、現状においては斑鳩派で唯一の一年生の女子――
(獅音
鬼頭派が斑鳩派のために限定配信した、史季と蒼絃のタイマン動画はアリスも視聴している。
だからこそ、斑鳩が史季とのタイマンを熱望するのは、彼をよく知るアリスからしたら自明の理でしかなかった。
(てゆうか、折節先輩が逃げ回ってくれなかったら、ぼく、余裕で返り討ちにされてたっぽいすよね……)
一年最強決定戦に出場した際、史季にかけられた一〇万円という賞金に目が
どうやら彼も斑鳩と同様、女性には手を上げられないタイプだったらしく、ひたすら逃げの一手を打ってくれたおかげでアリスは命拾いした。
そう言い切れるほどに、動画で見た史季のキック力とタフネスさは尋常ではなかった。
あと、鬼頭蒼絃もたぶん無理っぽい。
斑鳩派の中にも格闘技や武道を囓っている人間は何人かいるが、鬼頭蒼絃のそれは囓っているとかいうレベルではない。
いくら腕自慢が
それこそ、頭を張る斑鳩獅音本人か、斑鳩派にしては珍しく滅多にケンカはしないが、事実上派閥のナンバー2にあたる斑鳩の親友――
たぶんきっとだいたい斑鳩派ナンバー3のアリスが勝てる相手ではなかった。
(一年の中で一番強いことを証明できたら、獅音兄もぼくのことを子供扱いしなくなるかもと思って一年最強決定戦に出てみたけど……ちょ~っと考えが甘かったっすね)
とほほ……と、ため息をつき、悠然と歩き去っていく斑鳩の大きな背中を見つめる。
一年最強決定戦に優勝して、斑鳩に一人の女として見てもらう
けれどアリスはへこたれない。
なぜなら、失敗したのはあくまでも計画の第一弾だからだ。
第二弾はすでにもう考えてある。
その内容は来週に迫っている斑鳩の誕生日に、子供では買えないような高額のプレゼントを贈ることだった。
(こないだ獅音兄は、新しいギターが欲しいって言ってたっす。ここで一〇万くらいするギターをプレゼントすれば、獅音兄もきっとぼくのことを一人前の
あ、でもそんなお金があったら新しいバッグが欲しいかも――と、ついうっかりそんなことを思ってしまい、邪念を振り払うためにフルフルとかぶりを振る。
(そう考えると、やっぱり一年最強決定戦で折節先輩を仕留められなかったのは痛かったすね……)
堂々と立ち去っていった斑鳩とは対照的に、コソコソと場を離れる史季を恨めしそうに睨みつける。
つい今し方、勝てる相手ではないとか考えていたことも忘れて。
(いやでも、いくらなんでもコソコソしすぎじゃないっすかね~? 折節先輩)
それこそまるで、誰の目にも止まりたくないと言わんばかりのコソコソっぷりだった。
いったい何をそんなにコソコソしているのか……好奇心に駆られたアリスは、史季の後を
子供の頃、近所のお兄ちゃんだった斑鳩と服部がどこかに出かけた際、二人のことが――というか斑鳩のことが大好きだったアリスは、今のように尾行して、よく二人の後について行った。
髪色が派手になった今でも尾行の腕は健在――というか、髪色が派手になったからこそ尾行技術に磨きをかけたので、犯罪者さながらに周囲を気にする史季を尾行することくらい、アリスにとっては造作もない話だった。
しばらく尾行を続け……史季が体育館裏にある、〝開かずの裏口〟と呼ばれている扉の前で足を止めたことに、アリスは目を丸くする。
一年生のアリスでも、〝開かずの裏口〟がその異名どおりに開かない扉であることは知っている。
というか、好奇心に駆られて本当に開かないことを試してみた。
(もしかして折節先輩、〝開かずの裏口〟の開け方知ってるんすか?)
ドキドキワクワクしながら、近くにあった焼却炉の陰に音もなく滑り込み、様子を窺う。
すると史季が、〝開かずの裏口〟から右に一メートルほど離れたところにある壁の一部をスライドさせたことに驚かされ、露わになった電子パネルを操作して本当に〝開かずの裏口〟を開けたことに度肝を抜かれる。
素早く中に入って扉を閉める史季を見て、まずいと思ったアリスは音もなく〝開かずの裏口〟に駆け寄り、駄目元でドアノブを捻ってみる。
……鍵はかかっていない。
しかし、校舎正面玄関前のゲーミング銅像を筆頭に、おかしな設備が散見するこの学園のことを鑑みると、時限式で勝手に鍵がかかる可能性は極めて高い。
しかししかし、このまますぐに中に入っても、史季が扉付近に留まっていた場合は尾行していたことがバレることになってしまう。
(あ、でも、バレたところでそんな問題はないっすね)
開き直りに等しい結論に至ったアリスは躊躇なく、されど音を立てないよう細心の注意を払いながら扉を開き、慎重かつ素早く中に入って、開けた時と同様に音を立てずに扉を閉める。
ドキドキしながら周囲に――体育館の舞台脇に位置する控え室に視線を巡らせ……近くに史季の姿がないことに安堵の吐息をつく。
遅れて、カチャリと扉の鍵が閉まる音が
予想どおり、扉には時限式で施錠される仕掛けが施されていた。
色んな意味で相変わらずすぎる学園の設備に呆れそうになるも、近くに史季がいないということは見失ったことと同義なので、今一度周囲に視線を巡らせて彼の姿を捜す。
目で史季の痕跡を見つけることはできなかったが、耳が
(今のって……扉が閉まる音?)
控えめに閉めた末に少しだけ音が鳴ってしまったような、本当に微かな音だったが、今、確かに、舞台の方から扉が閉まる音が聞こえてきた。
具体的な位置までわからないが、舞台に扉なんてものがあるとしたら舞台幕の裏以外にはあり得ないことくらいは、お世辞にも頭が良いとは言い難いアリスでもわかる。
ますます好奇心に駆られながらも舞台最後方にあるホリゾント幕の裏に入り、引き続き足音を殺して舞台の中央へと進んでいき……ついに見つける。
暗証番号式の電子ロックがついた、両開きの扉を。
(さすがに、適当に入力してどうにかなるような感じじゃないっすね)
この学園のことだ。
何回か暗証番号を間違えたら、警報が鳴るくらいの仕掛けは施しているかもしれない。
中に入るのは、無理だと思った方がいいだろう。
だが、史季が誰にもバレないようコソコソとこの扉まで来ていた時点で、この場所の存在が彼にとっての弱味であることは明白。
この弱味を利用すれば――
(ふふん。良いこと思いついちゃった❤)
アリスはあくどい笑みを浮かべると、今にもスキップしそうなご機嫌な足取りで、されど器用に足音を殺しながら、扉の前から立ち去っていった。
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終章も引き続き月金の週二回更新でやっていこうと思いマース。
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