第31話 小日向派 VS 鬼頭派・2

 コンクリート塀を背に戦っていた千秋と冬華は、こちらの〝狙い〟を悟られないよう手をこまねいているフリをしながら、鬼頭派の不良たちを相手に小競り合いを続けていた。


「ちーちゃ~ん、ワタシもういい加減疲れてきた~」


 泣き言を言いながらも、風が止んだ途端に殴りかかってきた不良の腕を取り、足裏で相手の足首を払って転ばせる、お手本のような出足払であしばらいを決め、


「泣き言言ってる場合かダアホっ!」


 千秋は周囲に爆竹をばらまくことで不良たちを牽制してから、冬華が転ばせた不良にスタンバトンを食らわせ、とどめを刺す。


 そうして、もう何度目になるかもわからない睨み合いへと移行した。


「……冬華。〝目星〟はもうついたかよ?」


 鬼頭派には聞こえないよう、小声で冬華に話しかける。


「もちろん。正面左側の奥にいるベリーショートの女の子と、左の壁際付近にいる茶髪の男の子が、ワタシたちにちょっかいをかけてくる子たちの司令塔役を務めてるわ」


 司令塔役である以上、冬華よりも年上――三年生である可能性が高いため、〝子〟呼ばわりするのはどうかと思ったことはさておき。


「やっぱその二人か。まぁ、ウチらを個別で追い込むことを考えてたっぽいから、鬼頭パイセンも含めて司令塔役は三人だけだろうとは思ってたけど。それより司令塔役が左に寄ってるってんなら、。ちなみに、オマエはどっちをやりたい?」

「じゃ~、女の子の方で――って!?」


 が訪れたのは、突然だった。

 風が強くなったと思ったのも束の間、千秋たちに向かって吹きつけていた風向きが唐突に変化し、から吹きつけてきたのだ。

 この場にいる不良たちの多くが、思わずたじろいでしまうほどの強さで。


 少々風が強すぎるのはともかく、この瞬間こそが千秋と冬華が求めていたものだったので、


「これも、日頃の行いのおかげかしらね!」


 冬華はたじろぐことなく千秋の風よけとなり、


「ウチだけの話だけどな、それ!」


 スカートの中から持てる限りの煙玉を取り出した千秋は、冬華の陰で灯したライターの火で、その全てを点火した。


「おらよっ!」


 全ての煙玉を、風が吹いてくる方角に向かって、ボーリングさながらに勢いよく転がしていく。

 風上から吹きつけてくる強風が、濛々と立ち込めた白煙を右から左へと押し流し、千秋を、冬華を、不良たちを呑み込んでいく。


 風の強さを鑑みれば、白煙は十数秒もあれば吹き散らされてしまう。

 そのわずかな時間の勝負だとわかっていた千秋と冬華は、白煙に乗じて、迷うことなく司令塔役のもとへと駆け出した。


「慌てるな! 陣形を維持していれば、向こうもたいしたことはで――きッ!?」


 千秋は、大声で指示を飛ばす茶髪男子をスタンバトンで昏倒させ、


「ご・め・ん・ね」


 冬華は、ベリーショートの不良女子に指示を飛ばす暇すら与えずに、裸絞めで絞め落とす。


「後は野となれ山となれってなぁ!」

「野山とか、ちーちゃんワイルド~」


 などと言いつつも、千秋は言われるまでもなく撹乱に徹し、冬華は言われるまでもなく〝司令塔役がやられた場合の司令塔役〟を見極めて絞め落とすことで、鬼頭派の不良たちが立て直す隙を的確に潰していった。



 ◇ ◇ ◇



 朱久里はワイヤーロックで夏凛を牽制しつつも、月池千秋と氷山冬華の相手をしていた味方が総崩れになる様を横目で見やる。


(こりゃしくったね……。月池のお嬢ちゃんの対策を固めすぎたことが、裏目に出ちまってる)


 統率力と数の力が最大の武器である鬼頭派にとって、集団戦ゴチャマンが得意な千秋は、時と場合によっては夏凛以上の脅威となり得る。

 その千秋が使う道具ドーグの中でも、集団戦においては特に厄介な煙玉は、風上をとる戦術で封じることにした。

 改造エアガンは、目などに当たらないようにするためか、千秋が下半身ばかりを狙うのを良いことに、太股を守るローキックパンツや、脛を守るシンガードを集めるだけ集めて、派閥メンバーの男子に履かせることで――女子はさすがに嫌がったので、その多くを対夏凛の人員にまわした――対策を固めた。というか固めすぎた。


 そのせいで、必要以上に千秋に危機感を煽ってしまい、冬華との合流を急がせてしまった。

 その結果、千秋たちの相手をしている味方は総崩れになってしまった。

 朱久里にとってそれは、過失以外の何ものでもなかった。


(反省は後だ! ここでアタシらまでやられちまったら、それこそ本当に総崩れになっちまうからねぇ!)


 夏凛が味方の不良女子を打ち倒した瞬間を狙い澄まし、彼女の側頭部目がけてワイヤーロックを真横に振るう。


 味方がやられた隙をつくやり口は一見非情に見えるが、ワイヤーロックで複数人と連携する際は、むしろその非情さが最も味方を傷つけないやり口だった。


 ワイヤーロックは凶器ドーグとしては扱いが難しすぎる代物だ。

 武器の種類としては鎖分銅に近く、先端の鉄製リングに遠心力を乗せれば、コンクリートすら砕く威力を発揮する。

「当たったら死ぬぞ」という夏凛の言葉に何ら誇張はなく、小日向派きっての道具ドーグ使いである千秋でさえも真似しようとすらしなかった、危険極まる凶器だった。


 それゆえに、誰かと連携してケンカをするには不向きな凶器であり、味方に当てないようにするという意味でも、夏凛の隙を突くという意味でも、味方がやられた瞬間に攻撃するというやり口が最適解だった。


(まったく、我ながら難儀な得物を選んじまったもんだよ)


 自分で自分に呆れながらも、先の攻撃をかわした夏凛が距離を詰めてくる前に、味方の陰に隠れるようにして後退する。


 朱久里自身、たとえ素手喧嘩ステゴロであっても、女というくくりの中では聖ルキマンツ学園の中でも五本の指に入る程度には強いと自負している。

 しかしその程度では、聖ルキマンツ学園のトップを争う連中には到底太刀打ちできないことは、誰よりも思い知らされていた。

 だからここは弟に倣って、凶器ドーグでその差を埋める――といっても弟の場合、弱さを埋めるためではなく、より強くなるために木刀を愛用しているが――ことに決めた。


 選ぶ凶器は、弟とは全く違った物が良い。

 長物ながものの類はどれほど頑張ったところで弟の劣化版にしかならないだろうし、弟とは全く系統が違う凶器を持っていた方が、究極的には誰も凶器として選ばない物を持っていた方が、未知である分、相手に脅威を植え付けることができるかもしれない。


 そうして最初に選んだのが、リーチに優れ、先端の速度が音速を超えることもある鞭だった。

 初めてケンカに導入した際は、鞭で打たれた不良どもが痛みのあまり悶絶する様を見てイケると確信したが、一部の覚悟が極まった不良とケンカした際、その考えが甘かったことを思い知らされてしまう。


 鞭の一撃は、確かに〝痛い〟。

 だがあくまでも〝痛い〟だけで、相手を〝倒す〟ことには適していなかった。

 痛みを根性で耐えきる手合いにとって、鞭は凶器たり得ないのだ。


 本格的な牛追い鞭ブルウィップならその限りではないが、太くなった分重量が増してしまうため、常日頃から携帯する凶器としては向いていない。

 そもそも、大の大人でも振るうのに難儀するほどの重量なので、未成年でなおかつ女の朱久里に扱えるような代物ではなかった。


 ただの鞭では〝倒す〟力が足りない。

 そこで目をつけたのが、盗難防止に使われているワイヤーロックだった。


 取り回しは鞭以上に難しいものの、先端に取りつけられたリングのおかげで、過剰なまでの〝倒す〟力を有している。

 過剰すぎて、当たり所次第では人を殺しかねないので扱いにくさは難儀なんてレベルではないが、四大派閥のトップを務める連中は、殺すつもりでやってようやく勝負になるようなバケモノばかりなので、むしろそれくらいで丁度良いと朱久里は判断した。


 事実今戦っている〝女帝あいて〟は、味方の力を借りて、その味方の陰にコソコソ隠れるような汚い立ち回りをしてなお厳しい戦いケンカを強いられる、バケモノの中のバケモノだ。


(……すまないね。みんな)


 夏凛に打ち倒された味方に心の中で謝りながら、その味方がやられる瞬間を見計らってワイヤーロックを振るう。

 味方が――鬼頭派のメンバーが、こんなろくでもない自分を慕ってくれることを心底有り難いと思いながら。

 こんなろくでもない自分だからこそ、慕ってくれることを心底心苦しく思いながら。


(小日向のお嬢ちゃんを倒せるだなんて思っちゃいない。だけど、弟が折節の坊やに勝って、一年最強決定戦をも勝ち抜くまでの時間を稼ぐためにも、もう少しだけ付き合ってもらうよ!)


 そんな意気込みを遠心力とともにリングに乗せて、夏凛の肩口目がけてワイヤーロックを袈裟懸けに振り下ろした――直後の出来事だった。



「ここ……!」



 夏凛は、流星さながらに落ちてくるリングの穴に鉄扇を通し、勢いに逆らうことなく「U」の字を描くようにして振り抜くことで、ワイヤーロックを搦める。

 紐状の凶器はその先端を相手に掴み取られてしまう危険性があるため、朱久里も最大限警戒していたが、だからこそ夏凛が今見せた絶技には唖然とするしかなかった。


 先端が鉄製のリングゆえに鞭ほどの速度は出ないというだけで、ワイヤーロックの攻撃速度は高速の一語に尽きる。

 少なくとも、攻撃中のリングの穴に鉄扇を通すなんて芸当を、ぶっつけ本番で成功させるなど不可能に近い。


 よしんば成功させたとしても、リングには遠心力のみならず重力までもがたっぷりと乗っているため、その凄まじいベクトルに鉄扇を持っていかれ、手首を痛めるのがオチだ。

 にもかかわらず、夏凛は自分に当たらないよう「U」の字を描くようにして鉄扇を振り抜き、ベクトルに逆らうことなく誘導し、逃がすことで、見事ワイヤーロックを搦め捕ってみせた。

 こんなやり方は、最早想定外を通り越して、想像の埒外だった。


「ボサっとしてていいのかよ、センパイ!」


 夏凛はリングに通してない方の鉄扇を口に咥え、空いた手でワイヤー部分を握り締め、綱引きの要領で引っ張り始める。


 すぐさま我に返った朱久里は、夏凛に奪われないよう力一杯にワイヤーロックを引き、周囲にいた味方たちが、夏凛に襲いかかろうとした瞬間、


「!?」


 夏凛はやっとの思いで搦め捕ったはずのワイヤーロックから手を離し、こちらに向かって突貫してくる。

 綱引きを放棄されたことで、朱久里は盛大にたたらを踏む。

 夏凛の速度についていけていないのか、彼女に襲いかかろうとした味方たちは、仲間同士でぶつかり合わないよう踏み止まるだけで精一杯の様子だった。


 朱久里はどうにか尻餅をつくことなく踏み止まるも、その時にはもう夏凛が眼前まで迫っており、


「く……っ」


 刺突を放つようにして突き出された鉄扇の先が、朱久里の喉元一ミリ手前で制止した。


「まさかとは思うけど、この状況で負けを認めねーとか言わねーよな?」


 言った場合は相応の対応をさせてもらう――そんな目を向けてくる夏凛を前に、朱久里はワイヤーロックを手放し、両手を上げて降参する。


「さすがに言わないよ。言ったところで、決定的な敗北ってやつが数秒遅れるだけの結果に終わるのが目に見えてるからね」


 トップである自分が降参したことで、周囲にいた味方たちも動きを止め、矛を収める。


「おいっ! てめーらの大将が降参したぞっ! だからそっちも終わりにしろっ!」


 夏凛が声を張り上げると、千秋と冬華も、彼女ら二人を相手にしていた味方たちも揃って矛を収める。


 頭の朱久里のみならず、下っ端の派閥メンバーまでもがあっさりと敗北を受け入れたことに、夏凛は舌打ちを漏らした。


「どいつもこいつも、時間稼ぎはもう充分ってツラしてんな」


 朱久里はニヤリと笑いながらも、廃病院本棟の屋上を一瞥する。


 弟が一年最強決定戦を勝ち抜いた上で、折節史季と屋上でタイマンする算段でいることは、朱久里も聞いている。

 決定戦の進行を任せた坂本には、弟と史季のタイマンが成立し次第、屋上の庭園灯をともすよう言い含んでいる。

 そして今屋上には、煌々とまではいかないまでも、明かりが点っている様子を確認することができる。


 つまりは、もうとっくに始まっているのだ。

 弟と折節史季のタイマンが。

 いや、もしかしたら、今頃はもう終わっているかもしれない。


(ま、勝ち負けまでは確認できないけど、そこはアンタを信じるさね。蒼絃)


 心配を信頼で上塗りしていると、夏凛が鉄扇を突きつけたまま言ってくる。


「とりま廃病院なかに入れさせろ。イヤとは言わせねーぞ」

「さすがに、負けた身でそんなダサい真似はしないよ。大人しく従うさね」

「それから……」


 喉元に突きつけられていた鉄扇が、頭上に持ち上げられたのも束の間、


「…………っ!?」


 扇根せんこんで頭を殴打され、衝撃のあまり視界に星が舞い散る。

〝女帝〟の蛮行に、味方が「姐さん!」「鬼頭さん!」とにわかに騒ぎ出すも、


「騒ぐんじゃないよ。これくらい、としては安すぎるくらいさね」


 あえて「落とし前」という言葉を強調することで、味方を黙らせた。


「ほんと、アンタはお優しいねぇ」

「今のはだ。史季と春乃にもしものことがあったら、こんくらいじゃ済まさねーから覚悟しとけよ」

「もしものことがなかった場合は、この程度で済ませてくれるってんだから、お優しいって言ってるのさ」

「う、うるせーっ」


 力のこもらない悪態に、朱久里は苦笑する。

 今回はやってることがことなので、史季と春乃の安否にかかわらず病院送りにされても文句は言えないと思っていたが、どうやらこちらが思っていた以上に、〝女帝〟は甘っちょろかったようだ。


(そんな相手だからこそ、後ろめたいったらありゃしないんだけどね。策やら罠やらに嵌めたことが)


 とはいえ、自らやらかしたくせに泣き言を漏らすのはダサいなんてものではないので、心の内だけで留めておくことにする。

 夏凛にどつかれた頭が、何気に死ぬほど痛いことも含めて。


「つーか、いい加減下っ端どもに門を開けるよう言ってくれよ。こっちは急いでんだ」

「わかったわかった」


 と応じたところで、朱久里は片眉を上げる。

 懐に仕舞っていたスマホが、着信音を鳴らしながら振動し始めたのだ。


「出ていいかい?」


 スマホを取り出し、「坂本」の二文字が映し出された画面を見せながら訊ねると、夏凛は渋々といった風情で首肯を返した。


「但し、あたしらにも聞こえるようにな」


 言いながら半顔だけを振り返らせ、美久と一緒にこちらに向かって来ている千秋と冬華を見やる。


 朱久里は夏凛たちにも聞こえるようスピーカーモードで電話に出ると、落ち着き払った坂本の声が周囲に響き渡る。


『鬼頭、少しいいか?』

「問題ないよ。


 その一言で察したのか、坂本はわずかな沈黙を挟み、ただ一言『そうか』と返した。


「それより、こんなタイミングでアンタがアタシに電話してくるってぇことは、何かトラブルでも起きたのかい?」

『ああ。桃園春乃のことで、少々面倒なことが起きてしまってな』


 その返答は、想定していなかったわけではないけれど。

 今の話を聞いて、目の前にいる夏凛の目が露骨に据わったことには、さしもの朱久里も汗の冷たさを感じずにはいられなかった。

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