第30話 小日向派 VS 鬼頭派・1

 千秋と冬華は現在、廃病院の敷地を囲うコンクリート塀を背に、鬼頭派の不良たちと睨み合っていた。

 七〇人近くいる不良たちを蹴散らし、廃病院の塀まで辿り着いた――というわけではない。

 鬼頭派は数の力を利用して、戦いながらも千秋たちをコンクリート塀まで誘導したのだ。

 


「してやられちゃったわね~」


 暢気な物言いとは裏腹に、常よりも息が乱れた声音で冬華は言う。

 隣にいた千秋は、冬華と同程度に乱れた息を整えてから悪態をついた。


「クソっ! 風下こっちじゃ煙玉が役に立たねぇ!」


 そしてそれこそが、鬼頭派が風上をとった理由だった。


 屋内ほどではないにしろ、煙玉は少数対多数のケンカにおいては絶大な効果を発揮する。

 事実、ケンカを始めた当初は煙玉からの奇襲により、千秋たちは何十倍という戦力差を相手にケンカを有利に進めていた。


 しかしそれは、鬼頭派にとって――いや、鬼頭朱久里あぐりにとっては想定内の展開だった。


 煙玉を利用して戦う以上、味方同士で固まって戦うのは得策ではない。同士討ちの危険があるからだ。

 だから千秋が鬼頭派の不良たちに向かって煙玉をばらまいた後、三人は散開して戦っていたのだが……朱久里はその状況を利用してこちらを分断した上で、煙玉を使う千秋を風下へと追い込むよう味方を動かした。


 結果、夏凛とは完全に分断されてしまい、こうして風下に追い込まれてしまった。

 それまでに千秋たちも二〇人近くの不良を倒しているため、鬼頭派もそれなりには打撃を受けているが、分断され、風下に追い込まれ、そこそこに消耗させられた千秋たちの現状を鑑みると、戦果としては少ないと言わざるを得ない。

 により先んじて冬華と合流していなければ、戦況はもっと悪くなっていたかもしれないと千秋は思う。


「こうなったら、やるだけやってみっか」


 千秋は両手に持っていたスタンバトンをロングスカートのスリットに突っ込み、代わりにライターと、煙玉を一個だけ取り出す。


「さすがにそれ、無駄じゃないかしら~?」

「物は試しってやつだ」


 そう言って、煙玉に火を点け、不良たちに向かって放り投げるも……正面から吹きつけてくる風が、白煙を千秋たちの方に、その背後にあるコンクリート塀に瞬く間に押し流していく。

 風に乗って壁にぶつかった白煙は薄く広く拡散され、ものの数秒で吹き消えていった。


「だから言ったじゃない」

「ウチだって、物は試しって言ったぞ。つうか、やっぱ連中、風が吹いてる時は仕掛けてこ――……」


 不意に、言葉が途切れる。

 先程までこちらに向かって吹きつけていた風が止まったのだ。


 煙玉を使うチャンス――と言いたいところだが、


「「かかれ!」」


 男子と女子の号令が重なったのも束の間、先程まで動く素振りすら見せなかった鬼頭派の不良たちが、猛然とこちらに突っ込んでくる。


 数は六人。

 あらためて煙玉を取り出して火を点ける暇などないので、代わりに二挺の改造エアガンを取り出し、不良たちの太股目がけて乱射した。


 半数が鉄球ベアリング弾で太股を撃たれた痛みに悶絶する中、もう半数は一瞬表情を歪ませただけで、立ち止まることなくこちらに突っ込んでくる。


! 冬華!」

「はいはい!」


 冬華は即座に千秋の前に飛び出し、いの一番に殴りかかってきた不良の拳を身を沈めてかわす。と同時に、相手の両膝を抱きかかえ、すくい上げるようにして背中から地面に投げ落とす、所謂いわゆる双手刈もろてがりで昏倒させた。


 冬華対策として投げ技に巻き込まれないように立ち回ることを徹底しているのか、残った二人の不良は、味方が抱きかかえられた時点で左右に散開しており、双手刈りを決めた直後の隙を狙って冬華に殴りかかろうとする。


 だが、


「させっかよ!」


 その時にはもう改造エアガンからスタンバトンに持ち替えていた千秋が、二人に電撃をお見舞いすることでしっかりと冬華をフォローしていた。


 向かってきた不良を全て撃退したところで、再び睨み合いになる。

 止んでいたはずの風も所詮は束の間で、冬華が双手刈りを決めた時点でもうこちらに向かって吹きつけていた。


「だーもうっ! エアガンが効く奴と効かねぇ奴がいるのがめんどくせぇっ!」


 この叫びこそが、千秋が冬華と合流しただった。


「ちーちゃん対策で、制服の下に何か着込んでるみたいだけど……なんでこう、まちまちなのかしらね~?」

「どうせアレだろ。用意できる奴には用意させて、できねぇ奴はそのままとか、そんな感じだろ」

「そのとおりかどうかはともかく、着込めるような防具を人数分用意するのは大変そうではあるわね~」


 冬華は見解を述べながらも、風が吹いている間は仕掛けてこない鬼頭派の不良たちに視線を巡らせる。


「やっぱり、向こうの狙いは時間稼ぎみたいね」

「あくまでも、一年最強決定戦が終わるまではってこったろ。色々と対策されてるせいで、人数以上に体力的にきちぃから休めるのはありがてぇけど……」


 視界の端で、倒したはずの敵が起き上がるのが見えて、舌打ちする。


「キリがねぇな、こりゃ」

「これはもう、


 冬華の言わんとしていることを察した千秋は片眉を上げるも、その意図を相手に悟られたら台無しになるので、如何にもお手上げだと言わんばかりに肩をすくめる。


「となると、やっぱ夏凛に期待ってことになりそうだな」


 そう言って横目を向けた先では、朱久里を含めた鬼頭派の不良女子たちを相手に、夏凛が大立ち回りを繰り広げていた。



 ◇ ◇ ◇



「らぁあぁああぁッ!!」


 鬼頭派の不良女子がドスの利いた声を上げながら、鉄板が仕込まれているであろう鞄を振り下ろしてくる。

 夏凛はあえて前に出て、相手の脇を抜けるようにして鞄をかわすと同時に、見もせずに鉄扇で延髄を打ち据え、不良女子が倒れるのを確認もせずにすぐさま真横に飛ぶ。


 直後、朱久里が振り下ろしたワイヤーロックのリングが、夏凛のいなくなった地面を打ち据え、わずかに砕けたアスファルトの破片が四散した。


「あっぶねーなセンパイ!」


 着地と同時に地面を蹴り、朱久里との間合いを一息に潰す。


「当たったら死ぬぞ! マジで!」


 文句を言いながらも、ワイヤーロックの持ち手フックを握る朱久里の右手を鉄扇で打ち据えようとするも、


「そういうアンタはお優しいねぇ!」


 即応した朱久里が右手を後ろに引いたため、鉄扇は空を切ってしまう。

 すぐさま相手の側頭部目がけて鉄扇の片割れを真横に振るうも、すんでのところで飛び下がられてしまい、またしても空を切ってしまう。


 その隙に、左右から二人の不良女子が襲いかかってくる。


「狙ってるのが、武器を持つ手か、一撃で意識を刈り取れるような箇所ばかりだからねぇ! あんまりアタシらを傷つけないよう、気を遣ってくれてるのかい!」

「う、うるせー!」


 悪態を返しながらも、右から迫るハイキックと左から迫るミドルキックを、這うほどに身を沈めてかわす。

 次の瞬間、鉄扇を保持したまま器用に逆立ちし、カポエラさながらに旋転しながら回し蹴りを放って二人の顎を蹴り抜いた。


「あーもう! 顔蹴っちまったじゃねーか!」


 文句を言いながらも、倒立前転の要領で着地する。

 夏凛と入れ替わるようにして、顎を蹴られた二人が倒れる。


「相変わらず、同性相手の方がやりにくそうだねぇ!」


 当然の如くその隙を狙った朱久里が足元を狩るようにしてワイヤーロックを真横に振るい、夏凛は即座に跳躍することで難を逃れた。が、その避け方は朱久里も読んでいたらしく、即座に切り返して、先の逆再生に見えるほど正確に、ワイヤーロックを真横に振り抜いてくる。


おんなじ女だから、顔に痣とかできるのがイヤってことがわかるだけだっつーの!」


 着地と同時に鉄扇を振り上げ、横合いから迫ってきたリングを跳ね上げる。


「その真っ白なパンツとおんなじくらい甘っちょろいのも、相変わらずだねぇ!」


 攻撃の失敗を見届けた朱久里は、夏凛と正対しながらも飛び下がり、間合いを離しにかかる。


「マジでうっせーぞ鬼頭センパイっ!!」


 逆立ち蹴りの際にパンモロになっていたことは自覚していたが、面と向かって指摘されることには恥ずかしいものがあった夏凛は、微妙に赤くなった顔を怒りで誤魔化しながらも朱久里を追撃する。


 しかし、朱久里を守ろうと不良女子たちが間に割って入ってきて……ケンカの流れが持久戦の様相を呈しつつあることに、夏凛は舌打ちした。


 以前からそうだったが、朱久里とのケンカは、とにかくやりにくいの一語に尽きるものだった。

「相変わらず」なんて言葉フレーズを何度も使ってくることからもわかるとおり、朱久里は夏凛を含めた小日向派のことを知り尽くしている。

 知り尽くした上で、こちらの嫌がる一手を次々と打ってくる。


 そして何よりもやりにくいのが、夏凛自身が、朱久里のみならず鬼頭派そのものを嫌いになれないという点にあった。


 策を巡らして罠に嵌める――乱暴な言い方をすれば、鬼頭派のやり口は荒井派と何ら変わらない。

 それでもなお鬼頭派と荒井派に決定的な違いを感じるのは、犯罪すら厭わない荒井派と違って、鬼頭派は守るべき一線をしっかりと守っているからに他ならなかった。

 事実、史季に一年最強決定戦の賞金首をやらせている件についても、褒められたやり口ではないにしても、最低限本人の同意は得ている。


 さらに言うと、荒井派がトップの暴力と恐怖で成り立っているのに対し、鬼頭派は頭の信頼と敬意で成り立っている。

 だから鬼頭派メンバーの多くは、夏凛を相手に朱久里を守ろうとしている不良女子たちのように、朱久里トップのためならば体を張ることも厭わない。

 彼女に対する信頼と敬意がなければできることではない。

 弟のために派閥を手に入れたと朱久里は公言しているが、だからといって弟のために派閥メンバーを蔑ろにするような真似をしていないことは、朱久里と派閥メンバーの関係性を見れば自明の理だった。


 そんな不良にんげんの集まりだからこそ、夏凛は鬼頭派のことが嫌いになれなかった。

 賞金首の件についてはそれなり以上に頭にきているが、それでも、どうしても、嫌いになれなかった。

 なれなかったから、やりにくいことこの上なかった。


おんなじ女でも、地雷センパイみてーなクズだったら顔面でもグーでいけるのに……!)


 去年卒業した、斑鳩の元カノにして、女には手を上げない斑鳩に夏凛とケンカするよう仕向けた先輩を引き合いに出しながらも、朱久里を守ろうとする不良女子の、顎を、側頭部を、延髄を、鉄扇で打ち据えて一撃で沈めていく。


 だが、その間にもしっかりと間合いを離していた朱久里がワイヤーロックで牽制してきて、夏凛は再び舌打ちを漏らしながらも回避する。


っても、やりにくいやりにくいって文句ばっか言ってもいられねーな)


 仮にこれがタイマンであったとしても、それなりに手を焼かされる程度には朱久里は強い。

 その朱久里が味方の援護を受けた上で、時間稼ぎに徹している。

 これを打ち破るのは、〝女帝かりん〟といえども簡単なことではない。

 千秋と冬華に期待しようにも、向こうは向こうで朱久里の対策が嵌まってしまっているらしく、こちらと同じく持久戦の様相を呈している。

 このまま漫然とやり合ったところで、無為に時間が過ぎていくのが目に見えている。


(一年最強決定戦が終われば史季も春乃も解放されるだろうけど、無事にって保証はねーからな……)


 時間をかければかけるほど、二人が無事でいられる可能性が低くなってしまう。

 多少強引にでも、状況を打破する必要がある。


(……大道芸じみてるし、なんだったら鬼頭センパイが一番警戒しているとこでもあるだろうけど、ちょっとやってみるか)



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 またしても執筆速度的な意味できつくなってきたので、ここから先は月金の週二回更新でいかせていただきマース。申し訳ございマセーン。

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