第26話 合流
朱久里から連絡を受けた、一年最強決定戦の進行を任されている鬼頭派幹部の三年生男子――坂本は、スマホを懐に仕舞いながら深々とため息をつく。
坂本がいる廃病院本棟一階の廊下は、現在一人の一年生もいない状況になっているため、ついたため息はいやによく響いた。
鬼頭派の
その彼女をもってしても、「桃園春乃が一年最強決定戦に参加する」というトラブルは、想定外もいいところだったようだ。
「鬼頭が全てを想定してくれていた分、下の連中がここまで
朱久里ほどではないにしても、坂本は不良らしからぬほどに頭が良く、想定外の事態にも動じない胆力を有している。
だからこそ朱久里からの信頼も厚く、決定戦の進行を任されていることはさておき。
決定戦が始まってから、すでにもう三〇分以上の時間が過ぎていることを考えると、桃園春乃の件は、状況的にかなり逼迫していると言わざるを得なかった。
最悪、すでにもう一年の誰かにやられている可能性もあり得る。
朱久里同様、
「……リタイアした一年の中に、桃園は入ってなかったか」
命令がてら、決定戦に敗れて鬼頭派メンバーに建物の外に連れ出された一年――当然、鬼頭派と小日向派がやり合っている入口側とは反対側に連れ出している――の中に、春乃が混じっていないかどうか確認させたが、現状はリタイア組には入っていないとのことだった。
つまりはまだ廃病院本棟に残っていることになるわけだが……どうせならさっさと逃げ出して、リタイアしてくれていたら話は簡単だったのにと思わずにはいられない。
「それにしても、連絡した全員が決定戦開始以降、桃園春乃らしき女子は見かけていないと言っていたのが気がかりだな」
連絡した派閥メンバーの中には、
そのメンバーでさえも現在進行形で春乃の姿を見ていないと言うのだから、彼女は決定戦開始してすぐに、どこかに身を隠したと見てまず間違いないだろう。
「開始直後の桃園がどう動いていたのか、確認する必要がありそうだな」
結論が出たところで、モニタリングしているメンバーにもう一度連絡しようとスマホを取り出したその時、狙ったようなタイミングで掌中のスマホが振動する。
リタイアした一年生を、建物の外に運ぶ役目を担っているメンバーからの電話だった。
「どうした?」
『坂本さん大変だ!
思わず、舌打ちを漏らしてしまう。
「刃物の種類は?」
『刺された奴が言うには、サバイバルナイフだったらしい』
「また随分と可愛げのない物を……刺された傷の深さは?」
『見たとこ、そこまで深くねえ』
「だったら、さっさと救護班のところに連れていってやれ。それから、刺された一年が救急車を呼んでくれとかほざくダサ坊だった場合は、応急処置をした上でシメておけ。俺が許す」
『了解!』
通話が終わったところで、またしても深々とため息をついてしまう。
こうなることを想定して、派閥メンバーの中でも特に応急処置が得意な人間を救護班に配し、救急用具もしっかりと用意している。
本格的な治療が必要になったとしても、廃病院から歩いて五分とかからないところにある、朱久里があらかじめ手配しておいた医院があるので、余程のことがない限りは大事にはならない。
とはいえ、実際に刺す
刃物で人を刺せるような奴は、追い詰められすぎてトチ狂って刺すか、元から人としてトチ狂ってるかの二種類しかいない。
前者なら、冷静になれば刃物を収めてくれる可能性も出てくるが、後者の場合はその望みは薄い。
そして、サバイバルナイフなんていかついナイフを持ち込むような奴は、後者である可能性が極めて高い。
「これなら、外で小日向派とやり合ってた方がまだ気が楽だったぞ、鬼頭……!」
恨み節を吐きながらもスマホを操作し、決定戦の進行に携わるメンバー全員に、ナイフで人を刺した一年が現れたことをLINEで伝える。
メンバー一人一人に目撃情報を確認する必要があった春乃の件とは違い、ナイフの件はただ注意を促すだけの話なので、LINEで済ませた次第だった。
スマホを懐に仕舞おうとしたところで再び振動し、三度目のため息を
『報告ッス。リタイアした一年の数が二〇人に達したッス』
「ということは、残っている一年の数は一〇人を切ったというわけか……了解した。引き続き、リタイアした一年のことを頼む」
通話を切り、堪えていたため息を深々と吐き出す。
一年最強決定戦が佳境に向かいつつあることを、肌で感じながら。
◇ ◇ ◇
「あ~もう! いつまで逃げてんすか!」
ピンク髪の一年女子――アリスに追いかけ回されていた史季は、廃病院本棟三階の廊下を全速力で駆けながら、半ばヤケクソ気味に返事をする。
「君が諦めてくれるまでだよ――って、ひぃッ!?」
逃げ先に、待ってましたとばかりに金髪の不良が待ち構えていることに気づき、思わず引きつった悲鳴を上げてしまう。
これだけ騒がしく逃げ回っていれば、
「くたばれ一〇まぁあぁああぁんッ!!」
金髪が欲望を吐き出しながら殴りかかってくるも、今は相手などしていられないので、
次の瞬間、金髪のパンチは盛大に空振り、
「ヘぶッ!?」
史季の後頭部目がけて放ったアリスの飛び蹴りが、金髪の顔面に炸裂した。
昏倒する金髪とともに着地したアリスが、流れるように足払いを繰り出してくるも、史季はあえてそれを真っ向から受け止める。
小揺るぎともしない史季の足腰の強さに驚いたのか、アリスは思わずいった風情で飛び下がる。
好機と見た史季はすぐさまアリスに背を向け、先程までと同じように脱兎の如く逃げ出した。
「って、やっぱ逃げるんか――――いっ!!」
そんな
斑鳩の影響かどうかはわからないが、攻撃はキック主体。
身のこなしに関しては学園随一と言っていいレベルだが、小柄なせいか、遠心力や跳躍の勢いを利用しない限り攻撃は軽く、それらにさえ注意していればやられることはまずないだろう。
問題はやはり、彼女が女子であることと、
「スパッツだからってそんなに派手に動き回らない方がいいと、僕は思うんだけど!?」
「折節先輩が逃げるのをやめてくれるなら、考えてあげないこともないっすけど?」
「それ絶対に考えるだけでやめないやつだよね!?」
向かう先で一年同士が殴り合っているのが見えたので、悲鳴じみた返答をかえしながらも方向転換して、近くにあった階段を猛ダッシュで下りていく。
「どこまで下りるつもりっすか~? 折節せ~んぱい❤」
下に行けば行くほど追い詰めていると勘違いしているのか、アリスはなぜか勝ち誇った笑みを浮かべながら、史季を追って階段を駆け下りていく。
次また階段に逃げ込むことがあれば上の階に逃げようと思いながらも、史季は階段を下り切り、二階に飛び出す。
ちなみに、史季たちが今駆け下りた階段は、「h」の形をした本棟の左中央にあるT字路。
二階というフロアにおいては、ナースステーションのすぐ傍にある階段だった。
◇ ◇ ◇
ナースステーション内にある戸棚の中に隠れていた春乃は、あまりの暇さにうつらうつらとしていたが、
「それ絶対に考えるだけでやめないやつだよね!?」
どこからか聞こえてきた、史季の声が
「今の声って、もしかして……!」
おそるおそる戸棚を開き、四つん這いになっておそるおそる外に出る。
「どこまで下りるつもりっすか~? 折節せ~んぱい❤」
直後、女子の声が聞こえてきたことで、頭の悪い自分でも、史季が今どういう危機に直面しているのかを理解することができた。
(史季先輩、女の子に追われてる!)
たとえ自分よりも強い相手であったとしても、史季が女の子に手を上げられない人間だということは春乃も知っている。
知っているから、自分の弱さを省みずに「助けないと!」と思ってしまう。
四つん這いのまま、ナースステーションの出入り口となる、受付カウンター脇に設けられた片開きのミニスイングドアへ移動する。
その際、史季が眼前を横切っていったが、四つん這いになっている上にミニスイングドアが
(それより、史季先輩が行ったということは……!)
史季を追いかけている女の子も、すぐ近くまで来ているはず。
女の子にまで通り過ぎられてしまったら、足の遅い自分では追いつくことができない。
ひいては、史季を助けることができない。
そう思った春乃は、慌ててミニスイングドアから飛び出した。
なぜか四つん這いのままで。
直後、
「逃がさないっすよ、折節せ~ん――ぱぁいッ!?」
史季を追いかけていた女の子が、突然飛び出してきた春乃に蹴躓いてしまい、転倒と呼ぶにはあまりにも派手な回転を披露した末に
打ちどころか悪かったのか、それとも目が回りすぎたのか、女の子はグルグルと目を回して気を失っていた。
女の子が蹴躓いた腰の辺りがちょっとだけ痛いけど、なんかよくわからない内に上手くいったことに、小さくガッツポーズをする春乃だった。
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