第22話 嵐の前
またしても、時は少し遡る。
ケンカレッスンがお休みな上に、春乃は美久と遊ぶということで、やることがなくなった夏凛、千秋、冬華の三人は、駅前にある某大手ハンバーガーショップで、ダラダラとくっちゃべっていた。
「つーかさー……史季の奴、最近なーんか様子おかしくねーか?」
夏凛は、パインシガレットの代わりに咥えていたポテトをピコピコと上下させながら、千秋と冬華に
千秋はソフトクリームをコーンごとバリボリ食べきり、冬華は無駄に艶めかしくバニラシェイクを飲みきってから顔を見合わせた。
「様子がおかしいって、具体的にどんな感じでだよ?」
千秋が訊ねると、夏凛は天井を見上げながら咥えていたポテトを食べきり、相も変わらず気怠げに答える。
「なーんかやけにソワソワしてるっつーか、よそよそしいっつーか。親が泊まりに来るにしても、なーんかおかしいっつーか……」
千秋と冬華は再び顔を見合わせ、夏凛には聞こえないよう小さな声音でヒソヒソと話し合う。
「おい、もしかして折節の奴、夏凛に――」
「待って、ちーちゃん。さすがに、しーくんはそこまでアグレッシブじゃ――」
「これ、ぜってーなんかに巻き込まれて、背負い込んでるパターンだよなー……」
勝手に恋バナだと勘違いした二人は、
あ、そういう話か――と、ちょっとだけガッカリしながら。
とはいえ内容が内容なので、千秋も冬華も真面目に答えることにする。
「巻き込まれてる、か。その可能性は考えてなかったな。ここ数日、折節の奴は確かに様子がおかしかったけど、親父さんが泊まりに来るからだとばかり思ってたし」
「てゆ~か~、もし本当に何かに巻き込まれて、背負い込んでいたとしたら~、お父さんが泊まりに来るって話自体が嘘の可能性もあるわよね~?」
三人して、黙り込む。
「……この感じ、もしかしなくてもアレか?」
夏凛の問いに、千秋は首肯を返す。
「鬼頭パイセンが、裏で動いてるかもしんねぇな」
「りんりん。GPSの方は~?」
荒井派との抗争の後、夏凛たちは史季ともスマホの位置情報を共有するようにしていた。
夏凛はすぐさまGPSアプリを起動し、史季の現在地を確認しようとするも、
「……ダメだ。位置情報をオフにしてやがる」
「まぁ、冬華が気づくようなことを、折節が気づかねぇわけがねぇか」
「同意はするけど~、ちーちゃんちょっとひどくな~い?」
「んなことより、これで確定だよな」
夏凛の言葉に、千秋と冬華は揃って頷く。
「折節の奴、マジで何かに巻き込まれてやがるな」
「それも~、鬼頭先輩の仕業である可能性が大ね」
「つーか、どうするよ?
再び、三人して黙り込む。
「こういう時、しーくんがいてくれたらよかったんだけど」
「その折節が今どこにいるかって話だろうが」
「やべー……頭痛くなってきた……」
考えすぎたあまり、夏凛の頭から湯気を立ち上り始めた、その時だった。
三人のスマホに、美久からのLINEのメッセージが送られてきたのは。
タイミングがタイミングだったので、まさかと思いながらも確認し――三人は揃って瞠目する。
「廃病院で一年最強決定戦が行われるかもしれねぇだぁ!?」
「しかも、んなとこに史季がいやがるのかよ!?」
驚愕を露わにする千秋と夏凛を、冬華は冷静に諫める。
「驚くのは後。みくみくが駅の南口にあるバス停で落ち合おうって言ってるから、早く向かいましょ。廃病院までなる
頷き合い、席を立ったところで、夏凛はふと気づく。
「そういや、美久と一緒にいるはずの春乃は今なにやってんだよ?」
そんな疑問に答えるようなタイミングで、夏凛たちのスマホに、再び美久からのメッセージが送られてくる。
予想どおりというべきか、メッセージの内容は、春乃が今なにをしているのかについて書かれたものだった。
「春乃の奴が、一人で例の廃病院を見張ってるだと!?」
「みくみくはバス通学でそのあたりについて詳しいし、はるのんに道案内なんてしてもらったらかえって遅くなっちゃうだろうから、役割分担としては正しいけど……」
正直、嫌な予感しかない――そう思った千秋と冬華の頬に冷汗が落ちる。
「……急ぐぞ」
真顔で言う夏凛に、二人もまた真顔で首肯を返した。
◇ ◇ ◇
史季は、鬼頭派の不良に先導される形で駐車駐輪場となっている広場を抜けていく。
そこには、一年最強決定戦に参加する一年生の男女が何十人と
相手が一年であろうが、覚悟というスイッチが入っていない史季が不良を相手にビビらないわけもなく、気づかないフリをしながらも全力で視線を逸らした。
そうこうしている内に、廃病院の本棟に辿り着く。
「悪いけど、携帯電話の類は預からせてもらうわよ」
中に入ってすぐのところで待ち構えていた不良女子が催促してきたので、史季は素直に従ってスマホを渡す。
鬼頭
それに、脱落した一年生が腹いせに警察に通報する可能性もないとは言い切れないので、その対策でもあるのだろうと史季は思う。
スマホを預けた後は、案内されるがままに上へ上へと階段を上がっていく。
もともと電気が生きていたのか、それとも思いも寄らない手段を用いて電気を通したのかはわからないが、院内は薄暗いながらも照明が
(そのうち日が暮れるから明かりがあるのは有り難いけど……ここまでの舞台を用意するなんて、鬼頭先輩っていったい何者なの?)
余程のコネを持っているのか、それとも実家がどこぞの大富豪なのか。
朱久里の場合、高校生だてらに株式投資などで儲けていても、そう不思議ではないと思えてしまう。
考えたところで答えは出ず、朱久里に直接訊ねたところで素直に答えてもらえるとも思えなかったので、このことについてはもうこれ以上考えないことにする。
それからしばらく階段を上がり続け……屋上に到着する。
屋上は空中庭園になっていたらしく、草木が植えられたスペースは、手入れがされていないせいかちょっとしたジャングルになっていた。
そして――
屋上を出てすぐのところにある小広場に、誰かと電話で話している鬼頭朱久里の姿と、彼女の傍らに佇んでいる、竹刀袋を肩に背負った男子生徒の姿があった。
朱久里と一緒にいることに加えて、如何にも木刀を収納していそうな竹刀袋を携えている時点で、この男子生徒こそが鬼頭
(なんか、あんまり不良って感じがしないような……)
穏やかな笑みを浮かべる中性的な顔立ちもさることながら、この学園において、ああもきっちりと制服を着ている人間は、不良でない生徒を含めてもそう多くない。
とてもじゃないが、不良として名を上げようなどと考えている類の人間には見えなかった。
(でも、なんでだろう……あんまり、お近づきにはなりたくないような……)
猛者を嗅ぎ分ける肉食動物じみた嗅覚というよりは、天敵を嗅ぎ分ける草食動物じみた本能が、蒼絃に対して最大級の警鐘を鳴らしていた。
それは向こうも同じ――かどうかはわからないが、蒼絃は蒼絃で一目見ただけで史季のことを認識したらしく、期せずして互いの視線が中空でぶつかり合ってしまう。
睨み合いというほど剣呑なものではないが、さりとて見つめ合いというほど安穏なものでもない。
そんな視線を交わしていると、いまだ電話中の朱久里から気になる話が聞こえてくる。
「引き続き、橋とバス停はしっかり見張っとくんだよ。駅の方にいる小日向のお嬢ちゃんたちがこっちに来ようと思ったら、必ずそのどちらかを通らなくちゃいけないからねぇ」
やはりというべきか、史季が
(というか今の話の感じだと、もしかしてこの近くにバス停が?)
荒井とタイマンを張った廃工場の近くには、バス停など影も形もなかったせいもあって、この廃病院の近くに――実際はそこそこ離れているが――バス停がある可能性を全く考えていなかった。
知っていたら、バスを利用することで少しでも体力を温存していたところだったが、今となっては後の祭りだ。
「それじゃ、頼んだよ」
朱久里は通話を切るも、間を置かずして彼女のスマホが震え出す。
またさらに待たされることを史季は覚悟するも、朱久里は微塵の躊躇もなくスマホを制服のポケットに仕舞い込み、話しかけてくる。
「待たせちまってすまなかったね」
「別に構わないですけど……いいんですか? 電話に出なくて?」
「アンタはVIPみたいなもんだからね。下の連中に指示することよりも、アンタを応対する方が優先順位としては上ってだけの話さね」
言いたいことはわかるが、だからといって、人間こうもキッパリと割り切れるものなのかと思わずにはいられない史季だった。
「なんかもう必要ないかもしれないけど、紹介させてもらうよ。この子がアタシの弟の蒼絃。アタシら鬼頭派の
「とはいえ、実質的に派閥を取り仕切っているのは姉さんだ。そういう意味では、鬼頭派はボクと姉さんの二人が頭だとも言える」
そこのところ間違えないようにと言わんばかりに、蒼絃が口を挟んでくる。
弟のために派閥を手に入れた朱久里ほどかどうかはわからないが、蒼絃は蒼絃で姉のことを慕っていることが窺い知れる言動だった。
「一年最強決定戦は、今アタシらがいるこの建物で行う。外に出た時点で〝逃げた〟と判断して失格になるけど、勿論賞金首のアンタはその限りじゃない。当然、決定戦が終わるまでどこかに隠れてやり過ごすなんて真似も許さないから、そのつもりでいるんだよ」
言葉どおりに逃げることも隠れることも許さないと言われ、史季は思わず息を呑み、思わずビクリと震えてしまう。
そんな草食動物全開な反応に蒼絃は眉をひそめるも、取り立てて何か言ってくることはなかった。
直後、下の方から――一年生たちが集まっている駐車駐輪場から歓声が聞こえてきて、史季は再びビクリと震えてしまう。
「な、なに?」
「別にこれ以上アンタのことをビビらせようってわけじゃないけど、
その話を聞いて、いよいよ史季の顔色が青くなる。
そんな史季を見て、朱久里はなんともやりにくそうな顔をしながらも説明を続けた。
「決定戦は、下にいる一年坊たちを所定の位置につかせ次第始める。賞金首のアンタは、
「はい……」
踵を返し、言われたとおりにトボトボと所定の位置へ向かう史季の背中が見えなくなったところで、朱久里は深々とため息をつく。
「ったく……ああも
「けど、見た目ほど怯えてもなかった」
断言する蒼絃に、朱久里も、史季を屋上まで案内した不良も、意外そうな顔をする。
「理由、聞かせてもらおうじゃないか」
「表面上は確かに折節クンは怯えきっていたけど、腰は全く引けていなかった。むしろ、据わっているようにさえ見えた。賞金首として狙われる状況に本気で怯えていたなら、ああはならない。姉さんが言っていたとおり、彼の〝芯〟は相当に太そうだ」
だから、面白くなりそうだ――と言わんばかりに、蒼絃は口の端を吊り上げる。
言われてみれば弟の言うとおりだと思った朱久里は、史季の
「もうじき決定戦が始まる。一年でも賞金首でもないアタシらは、さっさと退散するよ」
「おや? 姉さんは参加者たちに顔を出してやらないのかい?」
「そうしてやりたいのは山々だけど……」
朱久里は、震えっぱなしになっているスマホを懐から取り出す。
「決定戦開始までに鳴り止むとは思えないからね。そういうのは、予定どおり坂本に任せることにするよ」
「それは残念。姉さんが開始の音頭をとってくれれば、決定戦がもっと盛り上がると思ったのに」
「わけわかんないこと言ってんじゃないよ。というか、アンタもそろそろ所定の位置に向かいな」
「そうだね。そうさせてもらうよ」
そんなやり取りを最後に、朱久里は散々放置していた電話に出る。
蒼絃は竹刀袋を携え、階下へおりていく。
波乱に満ちた一年最強決定戦が、今まさに始まろうとしていた。
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