第23話 一年最強決定戦、開幕
駐車駐輪場で、坂本と名乗る男子の先輩から一年最強決定戦のルールを聞いた春乃は、進行を手伝う鬼頭派のメンバーにスマホと鞄を預け、促されるがままに所定の位置――廃病院の本棟二階にあるナースステーションに移動する。
医者の娘である春乃の所定位置としては、皮肉が効きすぎていることはさておき。
(坂本って先輩の説明だと、すぐに外に逃げちゃえば棄権することはできるみたいだけど……)
ルールと一緒に、史季が賞金首として決定戦に参加すると聞かされた以上、小日向派の一員として尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
なんとしてでも、史季と合流しなくてはならない。
(そのためにわたしができることは一つ! だよね!)
フンスと鼻息を荒くして意気込んでいると、突然、院内に設置された真新しいスピーカーから坂本の声が聞こえてくる。
『待たせたな! これより一年最強決定戦を行う! 己が最強だと思う奴は、この建物にいる己以外の二八人全員を倒せ! そうすれば一年最強の座はお前のものになる!』
露骨な煽りに反応したのか、周囲には人っ子一人見えていないにもかかわらず、「上等!」だの「さっさと始めろ!」だの、ドスの利いた野次がそこかしこから聞こえてくる。
その声が届いているのかいないのか、坂本は、一年生たちのボルテージを最高潮まで引き上げてやると言わんばかりに、開始の合図と呼ぶにはあまりにも猛々しい絶叫をもって決定戦の火蓋を切った。
『始めぇええぇえぇえええぇええぇええぇええぇぇッ!!』
野次が雄叫びに変わる中、春乃は何の躊躇もなくナースステーション内にある戸棚を開き、中に入って身を隠す。
史季と合流するためにできるただ一つのこと――それは、身を隠して血気に逸る一年生たちをやり過ごすことだった。
(うん! これで完璧!)
自画自賛する春乃は、気づいていなかった。
隠れていたら肝心の史季を見つけられないどころか、史季にもこちらのことを見つけてもらえないことに。
◇ ◇ ◇
始まりのアナウンスとともに、史季は行動を開始――できなかった。
バトルロイヤル形式のケンカなんて初めてだという理由もあるが、自分からケンカを仕掛けること自体に慣れていないせいで、どう動けばいいのかさっぱりわからなかった。
隠れてやり過ごすという史季にとっての最善手も、朱久里に釘を刺されているため封じられているから余計に。
(ま、まずは状況を整理するところから……)
それがただの現実逃避にすぎないことをわかっていながらも、史季は今自分が置かれている状況について整理する。
史季がいる場所は、六階建てとなる廃病院の本棟六階。
「h」の形をした建物右下の突き当たりにある、四人部屋の病室だった。
階段は「h」の左上、左下、右下――言ってしまえば廊下の各突き当たり付近に加えて、「h」の左中央にあるT字路の、計四箇所設置されていた。
余談だが、駐車駐輪場があるのは「h」の右上の空きスペースで、本棟の玄関は「h」の中央付近でなおかつ駐車駐輪場に面する側に設置されている。
春乃が隠れているナースステーションは本棟二階、「h」の左中央のT字路にある階段を出てすぐのところだが、春乃が参加していることを知らない史季にとっては言うまでもなく与り知らない話だ。
「一年生が全部で二九人、僕も含めてちょうど三〇人であることを考えると……参加者は一つの階に五人。参加者の開始位置はできるだけ離しておきたいだろうから、「h」の左上、左中央、左下、右中央、右下の部屋にバラけさせていると見て間違いなさ――」
バタンッ!!
突然、勢いよく病室の扉が開き、トサカ頭の一年生不良がバット片手に姿を現す。
「よっしゃああああッ!! 見つけたぜ一〇万円んんんッ!!」
続けて彼の口から轟いたのは、これ絶対下の階にも聞こえてるよねと確信できるほどの叫び声だった。
「とりま俺の小遣いのために死んでくれええぇえええッ!!」
バットを振り上げて襲いかかってくるトサカ頭に対し、瞬時に頭を切り替えた史季は、すぐ傍にあったベッドのシーツを掴み、迫り来る相手に覆い被せるようにして拡げる。
視界を塞がれたことに加えて、埃まみれになっていたシーツをもろに被せられたことでゲホゲホと咳き込むトサカ頭を、史季はハイキック一発で容赦なく蹴り倒した。
「ごめんね……!」
申し訳程度の謝罪を残し、病室の入口目がけて駆け出す。
先程の叫び声は、確実に他の一年生にも聞こえている。
このまま病室に留まるのはまずい――そう考えての行動だったが、トサカ頭の相手をしていた分、一手遅かった。
病室の外に出ると同時に、左手に見える階段と、右手に見える廊下の曲がり角から一人ずつ、不良が姿を現す。
挟み撃ちを警戒するも、二人してこちらから病室一つ分程度離れた位置で立ち止まり、睨み合うのを見て、史季は自分があくまでも賞金首にすぎないことを思い出す。
(一年生の最強を決める戦いである以上、敵の敵は味方ということにはならないってことか……だったら!)
即断した史季は、右手側にいる不良に向かって猛然と駆け出す。
突然史季が動き出したことに驚いたのか、慌てて拳を構える不良の脇を、滑り込むようにして通り抜けていく。
「なぁッ!? 待ちやがれッ!」
不良は拳を構えたまま、二ヶ月前まで中学生だったとは思えないほどにドスの利いた声を上げるも、史季の動きに釣られて階段側にいた不良がこちらに突っ込んでくるのを見て、舌打ちしながらも迎撃の構えをとる。
賞金首である史季の存在は、一年生たちにとってはあくまでもオマケに過ぎない。
賞金に眩んで、目の前の敵に背を向けることはできない。
敵の敵は敵となっている状況を利用して、無事窮地を脱した史季は、「h」の右中央にある曲がり角を目指して駆けていく。
ほどなくして辿り着き、勢いをそのままに曲がり角を曲がった刹那、
「!?」
バッターボックスに立つ球児さながらにバットを構えていた不良が、駆け込んできた史季の土手っ腹目がけて
その躊躇のなさと、腹部というかわしづらい箇所を狙われたことに肝を冷やしながらも、持ち前の足腰の強さをもって急停止すると同時に、不良から離れる形で真横に飛ぶことで難を逃れた。
かわされることを全く想定していなかった不良は、窓下の壁面を盛大に強打。
バットを取り落としはしなかったものの、壁を強打した衝撃が全身を駆け巡ったせいで、束の間不良の体が麻痺する。
当然史季がその隙を見逃すわけもなく、側頭部にハイキックを叩き込んで一撃で昏倒させた。
ここで一息つきたいところだけど、先程置き去りにした二人が、いつこちらに来るかもわからない。
なのですぐさま駆け出し、「h」左中央のT字路に辿り着いたところで一度立ち止まり、恐る恐る左右を見回した。
人の姿はない――その確信を得るや否や曲がり角から飛び出し、T字路にある階段をコソコソと下りていく。
六階より上は屋上しかなく、そこに通じている階段は、今史季が下りているT字路の階段しかない。
上に逃げたところで袋のネズミになるだけなので、階下におりることを選んだ次第だった。
近くに不良がいないことで多少なりとも余裕ができたせいか、階段に設置されていた監視カメラの存在に気づき、立ち止まってしばしの間見上げる。
この監視カメラを通じて、鬼頭派は決定戦を観戦しているのかもしれない――と思ったところでふと気づく。
逃げてばかりいると、朱久里あたりから注意されるかもしれないことに。
(こっちはこっちで必死だから……!)
そう自分に言い聞かせながらもコソコソと階段を下りていき、踊り場に辿り着いたところで、
視認できる範囲は勿論、視認できない範囲も雰囲気的に人がいないと判断すると、誰にも見つかりませんようにと祈りながら一気に駆け下り、四~五階間にある踊り場で足を止める。
また同じようにして腰壁に身を隠し、階下の様子を確かめようとした、その時だった。
「見つけたっすよ~。折節先輩❤」
駆け下りるところを見られていたからという理由もあるが、史季にとって、
そうして、階段の前に立つ女子を見上げる。
ピンク色に染めた髪をツーサイドアップでまとめた、見た目からして派手で可愛らしい女子を。
体格は、同年代と比べても小柄な美久と同程度。
ギャルっぽい不良という意味では夏凛と同じ系統で、制服の着崩し方も似たり寄ったりと言いたいところだが、不良寄りの夏凛に比べて、目の前の女子はギャル寄りの印象が強かった。
スカートの丈は当然の如く短いが、スパッツを穿いているからか、階下にいる史季からは丸見えであるにもかかわらず気にする素振りすら見せない。
スパッツといえども目のやり場に困ると言いたいところだが、視線を少し下に移せば、誰のものともわからない血糊がローファーに付着しているのが見えているせいで、史季といえどもスカートの中が丸見えになっていることを気にする余裕はあまりなかった。
ピンク髪の女子は、噛んでいたフーセンガムを膨らませ、破裂寸前で
「
自分で自分のことを「かわいいかわいい」と言っていることに、気が抜けそうになったことはさておき。
アリスと名乗った女子が斑鳩派のメンバーだと聞いて、史季はさらに危機感を募らせる。
見た目が夏凛のフォロワーっぽいので、もしそうだったら、小日向派であることをアピールすれば見逃してもらえるかもしれないとちょっとだけ期待していたが、世の中そんなに甘くなかった。
「と・こ・ろ・で❤ ぼくね、ちょうど新しいバッグが欲しかったんすよね~」
それだけで彼女の意図を察した史季は、盛大に頬を引きつらせる。
「そういうのは、アルバイトとかで真っ当にお金を稼いで買った方がいいと、僕は思うけど……」
「先輩、数学苦手なんすか~? 今ここで先輩のことを一分で倒せば、時給が……え~っと……え~っと……」
数学苦手なんすかと煽った傍から、算数レベルの計算に苦戦するアリスに、史季は気が抜けそうになる。
「六〇〇万って言いたいの?」
「そうそれ! この世のどこに時給六〇〇万のバイトがあるんすか! そんじょそこらのしょっぱいバイトなんてやってらんないっすよ!」
時給六〇〇万のバイトの有無はともかく、世紀末学園らしいおバカすぎる理論に、史季はますます気が抜けそうになるも、
「そういうわけだから――」
アリスが階段を三段ほど駆け下り、
「――バッグのために死んでくださいね先輩!」
跳躍と同時に一回転しながら踵落としを繰り出してきたことに、史季は度肝を抜かれながらも、頭上で両腕を交差させて防御する。
小柄な体格を遠心力で補った一撃はこちらの予想を大きく上回るほどに重く、そのことに驚いている隙に、アリスは史季の両腕を足場にして飛び下がり、階段の中程で着地した。
「さっすが。さっき
獰猛な笑みを浮かべながら、アリス。
彼女があれだけ大きな声を上げたにもかかわらず他の一年生がやって来ないのも、彼女のローファーに血糊が付着しているのも、全ては曲芸師並みの軽業から繰り出される蹴りによって、五階に残っていた一年生不良全員がやられてしまったからだと史季は悟る。
だからこそ、なおさら史季にとっては非常にまずい事態だった。
なぜなら史季は、相手が自分よりも強かろうが、女の子に対して危害を加えることを生理的に受けつけない性分をしている。
おまけにアリスが、荒井派との抗争以降に絡んできた不良の中でも一、二を争うほどの強敵なものだから、状況としては絶体絶命と言っても過言ではない。
兎にも角にも、相手が女の子である以上、史季がとれる行動は一つしかない。
恥も外聞もなく一年生の女子に背を向けると、
「あっ、逃げんな! ていうか速っ!?」
微塵の躊躇もなく、全速力で階下へと逃げ出した。
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