第20話 当日

 一年最強決定戦当日を迎えるまでの三日間、史季はできる限りいつもどおりに過ごすよう努めた。

 とはいえ、史季自身も自覚しているほどに感情が顔に出やすいタイプなので、努めたところで違和感が生じるのは避けられない。

 だからこそ史季は、あらかじめ夏凛たちにこう伝えることにした。


 、出張で近くまで来た父親が家に泊まりに来るから、その日のケンカレッスンは休みにしてほしい――と。


 父親の出張云々は当然嘘で、あらかじめこのように言っておけば、三日の間は多少挙動不審になっても「父親が来るから」と思ってもらえる上に、決定戦当日の放課後は大手を振って夏凛たちと別行動がとれる、一石二鳥の策だった。


 欲を言えば、剣道を囓っている鬼頭弟対策として、夏凛には剣道スタイルでのスパーリングごっこを重点的にやってもらいたいところだったが、そんな露骨な真似をしたら怪しまれるだけなので、あくまでもいつもどおりにケンカレッスンを受けるしかなかった。


 

 そして三日後――



 史季は放課後、夏凛たちに一声かけて、家に帰るフリをしてから町外れにある廃病院へ向かうことにする。

 鬼頭派が目を光らせてくれたおかげで、この三日間の登下校時はついぞ不良に絡まれることはなかった。

 そしてその目は、今もなお光り続けているわけだが、


(さすがに今は、僕が逃げ出さないように監視するって意味で目を光らせてるよね、これ……)


 半顔を振り返らせ、付かず離れずの距離を保ってついてくる、鬼頭派のメンバーと思しき男子を一瞥する。


 取引どおりに鬼頭派が不良たちを押さえてくれた以上、史季としても約束を反故にする気は毛ほどもないし、これ以上夏凛たちに負担をかけることなく問題を解決したいという思いもあるから、土壇場で逃げ出すような真似もする気はない。

 しかし向こうからしたら、こちらが絶対に取引に応じるという確証があるわけではないので、監視がつくのは仕方のないことだと史季は思う。

 あまり良い気分ではないことは別にして。


(それにしても……)


 向かっている方角が同じ町外れだからか、どうしても、廃倉庫で荒井とタイマンを張った時のことを思い出してしまう。

 あの時は奇跡的に勝つことができたが、奇跡それゆえに史季自身も無事では済まなかった。


 今回は、できればもう少し五体満足で乗り切りたいところだけれど……二日前にポストに投函されていた、一年最強決定戦の詳細を記した手紙に、凶器ドーグの持ち込みを禁止する文言がどこにも書かれていなかったせいで、否が応でも嫌な予感が募ってしまう。


(鬼頭先輩の弟くんが木刀を使う以上、凶器の持ち込みを禁止にしないのは当然の措置かもしれないけど……さすがに、ナイフとか持ち込んでくる一年生が現れたりなんかはしない……よね?)


 というか、現れてほしくないと心の底から思う。

 対策はしてきたけれど、本物のナイフを前にして、ケンカレッスンの時と同じように動けるとはどうしても思えない。

 夏凛が対ナイフに関しては〝ごっこ〟の域を出ないと明言したのも、ダミーナイフと本物のナイフとでは、緊張感が天と地ほどもかけ離れているからに他ならない。

 ナイフを持ち込んでくる一年生が現れないことを祈るばかりだった。


 やがて、廃倉庫へ向かう際に通った河川敷道路に辿り着く。

 もっとも進む方角は廃倉庫とは真逆になっており、しばらく歩いた先にあった橋を渡ってさらに歩き続け……いよいよ廃病院が見えてくる。


 大病院と比べたら見劣りするというだけで、敷地面積はかなりの広さを誇っており、老朽化していることに目を瞑れば建物も相応に立派だった。

 確かにこれは、バトルロイヤル形式でのケンカの舞台には打ってつけだと史季は思う。


(でもこれって……鬼頭先輩、小日向さんが幽霊とかが苦手なこと、絶対把握してるよね?)


 廃病院なだけあって、まだ日が沈んでいないにもかかわらず、建物からはいかにもな雰囲気が漂っていた。

 これでは、仮に夏凛が決定戦のことを聞きつけて廃病院に駆けつけたとしても、中に入るのに五の足くらいは踏むだろう。


 その様子をつい想像してしまった史季は、苦笑を漏らしながらも敷地を囲うコンクリート塀に沿って歩き、廃病院の入口に辿り着く。

 常ならば閉め切っているであろう大型の引戸門扉は開け放たれており、鬼頭派と思しき不良男子が三人、門番さながらに油断なく周囲を警戒していた。


 こちらに気づいた門番たちが、当然のように道を空ける。

 人生史上最も嬉しくない顔パスになんとも言えない気持ちになりながらも、廃病院の敷地に――一年最強決定戦の舞台に足を踏み入れる。


「……ん?」


 ふと視線を感じたような気がして、背後を振り返る。

 廃病院の前にはそこそこに道幅が広い道路が横切っており、その向こう側には寂れた団地があるため隠れる場所には事欠かないが、怪しい人影があったならば門番をしている三人の内のいずれかが気づくはず。


 今回の件について夏凛たちに秘密にしていることが後ろめたくて、いつもよりもちょっと過敏になっているのかもしれない――そう思った史季は、視線を感じたのは気のせいだと判断し、敷地の奥へと進んでいった。

 団地の周囲に植えられた無数の常緑樹の陰に、が隠れていたことにも気づかずに。

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