第15話 長物
「って、なんで持って来たウチが折節の相手しちゃいけねぇんだよ!?」
エアーソフト剣を頭上でブンブン振り回しながら抗議する千秋に、夏凛と冬華が正論を返す。
「今回は凶器相手に慣れるって主旨のレッスンだってのに、ちっちぇー千秋とやってもしょうがねーだろが」
「そ~そ~。この学園をどこを探しても、ちーちゃんよりちっちゃい子なんていないんだから」
「ちっちゃいちっちゃい
最後の言葉は、魂の叫びに等しかった。
「あら? 一年生の中にも、ちーちゃんよりもちっちゃい子はいないわよ」
「冬華、テメェ何を根拠に断言してやが――……」
言いかけて、何かに気づいたように口ごもる。
やがて、この世の全てに絶望したような顔色になった千秋は、先程言わんとしていたこととは明らかに違う言葉を冬華に投げかけた。
「ちゃっかり一年全員物色してんじゃねぇよ……」
冬華の守備範囲の広さと性欲絡みの行動力は、彼女をよく知る夏凛と千秋ですらもドン引きするレベルだった。
そんな二人以上に史季もドン引きしていたが、どうにかこうにか頭を切り替えて真面目に訊ねる。
「氷山さん。今の話が本当なら、鬼頭先輩の弟くんについても?」
「勿論、物色済みよ」
「せめてそこは『調査済み』って言っとけ」
「いいじゃな~い。鬼頭先輩と姉弟なだけあって、なかなかそそられる感じの美形だったから、本気で味見しようか迷っちゃったくらいだもの」
「いや、頼むからマジで味見すんなよ」
「しないわよ~。無理矢理するのは好きじゃないし、それ以前に無理矢理できるような相手でもなさそうだし~」
後半の言葉に、夏凛はわずかに眉をひそめる。
「もしかして、鬼頭弟は鬼頭センパイよりもつえーのか?」
「少なくとも、鬼頭派のメンバーはそう思ってると見て間違いなさそうね~。実際、
「〝キケン〟?」
夏凛が小首を傾げる中、史季は〝キケン〟に当てはまる漢字を推測する。
「〝キ〟は鬼頭派の〝鬼〟として……〝ケン〟は〝拳〟とか?」
「あらあら惜しいわね~。正解は〝鬼〟の〝キ〟に、〝剣〟の〝ケン〟よ。ちなみに、危ないって意味での〝危険〟ともかけてるって話よ~」
「うわー……クソダセー……」
遠い目をしながら、夏凛。
彼女自身「ダッサい渾名」と称している〝女帝〟なんて呼ばれ方をされているせいか、どうにも他人事には聞こえなかったのかもしれない。
「それよりも氷山さん、渾名に〝剣〟が入ってるということは……」
「ご想像どおり、蒼絃くんは木刀系男子よ~。それも、けっこうガチ目に剣道囓ってる感じの」
「そんな人に狙われてるかもしれないの、僕!?」
「心配すんな、折節」
項垂れていたはずの千秋が、唐突に会話に混じってくる。
冬華の情報によってもたらされた学園一背が低いという現実から、どうやら立ち直ることができたようだ。
「夏凛は親父さんに古武術叩き込まれただけあって、剣道の真似事ぐらいなら
……やっぱり立ち直ってなかった。
しかも、「ちっちぇー」と言う度に拗ねていってるご様子だった。
そのせいで、今の千秋は見た目どおりに子供っぽく見えてしまっているわけだが……そのことを指摘する愚を犯す人間は、この場には一人もいなかった。
「ち、ちーちゃん……確かにワタシは一年生みんなを物色したけど、もしかしたら、ほら、ワタシの記憶違いで、ちーちゃんよりもちっちゃい子がいるかもしれないし~……」
さすがに責任を感じたのか、冬華が珍しくも必死に千秋を慰める。
千秋の性格上、慰めるにしても寄ってたかってとなるとかえって
いつもやっているスパーリングごっこと似たような位置取りで対峙したところで、夏凛がその手に持ったエアーソフト剣の先をこちらに向けてくる。
「とりま、不良らしい荒っぽい感じからいってみるか?」
鬼頭弟が剣道を囓っているという話を聞いた手前、ちゃんとした剣道から体感したいという気持ちはどうしても湧いてしまう。
けれど当座の脅威は、隙さえあればケンカを売ってくる不良たちなので、史季はわずかな逡巡を挟んでから首肯を返した。
「形式としては、スパーリングごっこと同じ感じでいいんだよね?」
「いや、最初は
「わかった」
「んじゃ、早速始めるぞ」
言い終わるや否や、夏凛は一足で間合いを潰し、こちらの左肩目がけてソフト剣を袈裟懸けに振り下ろしてくる。
史季はそれを反射的に両手を交差させて受け止めた。が、だからこそ、「あ……」と間の抜けた声を漏らしてしまう。
「あたしの動きにここまでついて来れるようになったのは感慨
「思わずやっちゃったけど、これが金属バットとかだったら、最悪腕の骨が折れてるところだよね……」
「そういうこった。長物っつうか、
言われて、対凶器に使えそうな物について少し考えてみる。
(鞄に鉄板を仕込むというのは、何かの漫画で見た気がするけど……)
鞄に入る丁度良い大きさで、なおかつ耐久性に優れた鉄板を調達するとなると、それ相応に金がかかる。
制服の下に仕込むにしても、鎧や篭手に使えそうな物は大概に高価だろうし、千秋のような
物騒すぎて持ち歩く気も起きない金属バットや木刀の類――夏凛もそれがわかっていたから言及しなかったのだろう――も同上だ。
一人暮らしでそこまで懐に余裕のない史季には厳しすぎる。
結局、身一つで凶器に立ち向かうしかないことを思い知った史季は、諦め混じりにかぶりを振った。
「僕の場合、物に頼る以前に、凶器を前にした際の緊張や恐怖を払拭することの方が大事だと思うから、レッスンのやり方は今のままでいいよ」
「そっか。まー実際、
「確かに」
そう言って、史季は頷く。
それが再開の合図だと言わんばかりに、夏凛はソフト剣を構え直す。
「長物っ
力強く首肯を返したところで、夏凛がソフト剣で攻撃を仕掛けてくる。
その剣筋は確かに
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