第14話 お迎え
翌日の放課後。
「よーっす。史季」
「や、やあ……小日向さん」
終礼のホームルームが終わってすぐに迎えに来てくれた夏凛に、史季はぎこちない返事をかえした。
今の史季が一人で行動していると、腕に覚えのある不良に絡まれまくるということで、昼休み時や放課後に予備品室へ向かう時は、直接夏凛に迎えに来てもらうことになったわけだが、
「おい、また〝女帝〟が迎えに来たぞ」
「いったいどうなってやがる?」
「まさか〝女帝〟のやつ、マジで折節のこと囲ってやがるのか?」
〝女帝〟自ら史季を迎えに来る様を何度も見せられては、不良であろうがなかろうが気になるのは道理であり、クラス全員の注目を集めることもまた道理だった。
注目を浴びるのが苦手な史季からしたら、勘弁してほしいと言いたいところだけれど。
夏凛がわざわざ迎えに来るようになったのは、史季一人では絡んでくる不良に対処しきれないことが起因している。
勘弁してほしいと思う気持ちよりも、申し訳ないという気持ちの方がはるかに強かった。
それに一人の男として、夏凛にここまでしてもらって何も嬉しくないと言えば嘘になる。
だから注目を浴びるくらい安いものだ――そう自分に言い聞かせ、クラスメイトの注目を一身に集めながらも夏凛とともに教室を後にした。
経験豊富そうとか、遊び慣れてるとか、とにかく悪ぶっている感じに見られることを好む夏凛が、「男を囲っているのでは?」と思われていることに何の反応を示さない不自然さに気づかないまま。
いつかと同じように、彼女の耳が常よりも少しだけ赤くなっていることに気づかないまま。
「しかし、まー、アレだな……やっぱチラチラ見てきやがる奴が多いな」
まだ始まってもいない会話の話題を変えるように、夏凛。
この場合の視線が、先程クラスメイトたちが史季たちに向けていた好奇の視線ではなく、史季とタイマンを張りたい、史季を倒して名を上げたいと思っている不良どもの、敵意に満ちた視線を指しているのは言に及ばない。
「これ、僕一人だけだったら入れ食いになってたパターンだよね……」
「だろうな。けどまー、そういう血の気が多い奴は、あたしが一年の頃に大体わからせてやったから――」
会話しながら、廊下の曲がり角を曲がったその時だった。
待ち伏せしていた不良が、突然殴りかかってきたのは。
「死ねや
史季が反射的に身構える中、夏凛はいつの間にやら取り出した鉄扇を弧を描くようにして振り抜き、パンチを繰り出そうとしていた不良の顎を横合いから殴打する。
盛大に脳を揺らされた不良が白目を剥いて倒れる中、ついぞ相手に一瞥もくれなかった夏凛は平然と会話を続けた。
「――今の奴みてーなアホでもないかぎり、あたしの目の前で史季に手ぇ出すような
まさしくその言葉のとおり、史季のことをチラチラ見ていた不良たちがたじろぐ気配を感じる。
あまりにも頼もしすぎる夏凛に、史季は「ははは……」と笑うしかなかった。
「つーか、今日はどのルートで行くよ? こうもチラチラ見られてるとなると、誰にも見られずに予備品室まで辿り着くのはけっこう骨だぞ」
声を落として訊ねてくる夏凛に、史季も小声で応じる。
「警備員の巡回ルートを利用しよう。今日の警備員は
警備員の眉村は、保健医の
そして中条と同じく、警備服の下に絶対拳銃を隠し持っていると噂されていた。
ゆえに眉村が出勤している日は、不良たちは警備の巡回ルートに近寄らないようにしているわけだが、
「あのおっちゃん甘い物が好きだったり、犬や猫が好きだったり、けっこうかわいいとこあるんだけどなー」
夏凛が苦笑まじりで同情する。
〝女帝〟を恐れていた史季に心を開かせたことからもわかるとおり、夏凛のコミュニケーション能力――コミュ力は極めて高い。
おまけに誰が相手でも物怖じしない性格をしているため、眉村だろうが中条だろうが自然体で接することができることも、彼女のコミュ力の高さを際立たせている。
夏凛にかかれば、学園の不良たちすらも恐れる強面警備員が相手でも、好みを聞き出せる程度には仲良くなることくらい造作もないのかもしれない。
兎にも角にも、二人は警備員の巡回ルートを利用し、不良たちの目がなくなったところで校舎の外に出て、体育館裏にある〝開かずの裏口〟へ向かう。
この裏口は舞台脇の控え室と繋がっており、教職員が不良どもの目を盗んで予備品室へ向かうために設けられた正真正銘の裏口だった。
また裏口の近くには焼却炉が設けられており、教職員の行き来もそこそこにあるので、体育館裏であるにもかかわらず不良どもが好んで近づこうとはしない場所になっている。
その一方で、先日史季が不良に連れ込まれたことからもわかるとおり、不良どもが好む体育館裏も確かに存在している。
然う。
聖ルキマンツ学園には、不良が好む体育館裏と、好まない体育館裏――二種類の体育館裏が存在していた。
学園の体育館は敷地を囲うフェンスの一角に設けられており、フェンスに面している二辺が
その二辺の内の長辺側が、
さらに長辺側と短辺側が繋がる地点――体育館の角には、いったい何を目的にして植えられたのかわからない巨木が屹立しており、その威容が心理的な壁になっているのか、長辺側から短辺側に向かおうとする不良は意外なほど少ない。
ゆえに、この〝開かずの裏口〟まで来ればもう、予備品室に辿り着いたも同然だった。
史季は、裏口の扉から右に一メートルほど離れたところにある壁の一部をスライドさせ、露わになった電子パネル――最早ツッコみ不要――に暗証番号を入力し、開かないはずの裏口の鍵を開ける。
スライドさせた壁も裏口の鍵も、三〇秒もすれば勝手に閉まるようになっているため、二人はさっさと裏口の扉をくぐって体育館の中に入る。
〝開かずの裏口〟がある控え室から、ホリゾント幕の裏に隠された電子ロックの扉を抜けたらもう息を殺す必要はないので、早速とばかりに夏凛が口を開いた。
「そういや、史季はグループLINEもう見たのか?」
「ううん、まだだよ」
かぶりを振り、懐からスマホを取り出している間に、夏凛がグループLINE内であったやり取りを話す。
「春乃が早速、美久と美久の友達に遊びに誘われたらしくてな。あたしらのことは気にしなくていいから、思いっきり楽しんでこいって言っといたんだよ」
まさしくそんなやり取りがかわされたLINEを確認しながら、史季は苦笑する。
「友達に誘われて
「メッセージ入れる
ため息をつく夏凛に苦笑を深めている間に、予備品室の前まで辿り着く。
スマホを仕舞い、入口の扉を開けると、
「おらぁっ!!」
「あぁん❤」
千秋が、四つん這いになっている冬華の尻を細長い棒状の物体でぶっ叩いてる現場を目の当たりにした瞬間、史季はそっと扉を閉めた。
「って、待て待て待てっ! 別にやましいことをしてたわけじゃねぇからなッ!?」
閉まったばかりの扉を開け、慌てて言い訳をする千秋の後ろで、尻を突き出して床に倒れ伏している冬華が、恍惚な表情でビクンビクンと痙攣していた。
あまりにもひどすぎる絵面にドン引きしながら、夏凛は千秋に言う。
「これ、やましくねーとこ探す方がムズいぞ」
「確かにそうかもしれねぇけどそうじゃねぇっ!!」
「来たのが僕たちじゃなくて先生だったら、たぶん一発でアウトだったと思うよ」
「いやそこはマジで悪かったって思ってるし反省もしてるけど『学校でSMプレイはちょっと……』って顔すんのはマジやめろ折節っ!!」
捲し立てるようにして怒鳴り切り、「ぜぇはぁぜぇはぁ」と息を荒げる。
「で、マジで何やってやがったんだ?」
夏凛の問いに、千秋は息を整えてから答える。
「ちょっとスポチャンで遊んでただけだっつうの」
そう言って、千秋はその手に持っていた棒状の物体をこちらに見せてくる。
竹刀に似た形状の、素材は空気の入ったゴムでできている、スポーツチャンバラに使われているエアーソフト剣だった。
そして、いまだビクンビクンしている冬華の手元にも、エアーソフト剣が落ちていた。
「で、なんでスポチャンでSMプレイなんてしてやがったんだ?」
「だからしてねぇ
「話はわかったけど、おまえには容赦ってもんがねーのか?」
「相手は冬華だぞ? いるか? 容赦なんて」
「……いらねーな」
冬華にパンツをずり下げられたことをまだ根に持っているのか、夏凛も大概に容赦なかった。
史季は微妙に頬を引きつらせながらも、されどいまだビクンビクンしている冬華を完全に
「それはそうと、月池さん。このエアーソフト剣って、もしかして?」
千秋は首肯を返すと、なぜか微妙にドヤ顔を浮かべながらも答えた。
「お察しのとおり、対
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます