第10話 らしくない

(んだよ、これ……)


 夏凛は自分が今置かれている状況に、なぜか妙に自分自身に、困惑していた。


 事の発端は歌う順番がきっかり二巡した後。

 皆のコップがからになっていることに気づいた春乃が、「ここは一番年下のわたしがいってきます!」と意気込みながら、ドリンクの補充に向かったことだった。


 心遣いは嬉しいが、ドジな春乃一人を行かせるのは危険極まりないので夏凛が付き添おうとするも、冬華が「ま~ま~」となぜか満面の笑みでこちらを押さえ、代わりに春乃の付き添いをしてあげると言い出した。

 なぜか、千秋も道連れにして。

 なぜか、夏凛と史季には荷物を見ているよう言いつけて。


 その時は「まー、春乃が盛大にやらかした時は二人くらいいた方がいいか」などと軽く考えていたが……狭い部屋で史季と二人きりでいるという事実に気づいた途端、なぜか、急に、彼とどう接すればいいのかわからなくなってしまった。


(しかも距離ちけーし……って、あーもう! らしくねー!)


 もともと史季の隣に座っていたので、このカラオケルームに入ってからずっと彼との距離は近いままだったのに、先程まではそのことを全然気にしてなかったのに、今はもう気になって気になって仕方なくなっていた。

 かといって、今さら離れるというのも変な話だし、史季のことを避けているみたいになってしまうのが嫌だったので、動くに動けない状況に陥っていた。


(つーか、今まで史季とこんな距離でいることなんて何度もあったし、腕にくっついたり抱きついたりもしてるし……)


 などと思っているところで気づく。

 自分が今まで、史季を相手になかなかに大胆なスキンシップをとっていた事実に。


 なんだか無性に頬が熱くなってきた夏凛は、懐から鉄扇を取り出し、全力で自身の顔を扇ぎ始める。

 そして今さらながら史季の様子が気になったので、


「な、なんかちょっと暑くなってきたなー」


 棒読み気味に言い訳しながらも、隣に座る史季の様子を横目で確かめる。

 どうやら史季も、狭い部屋で異性と二人きりになっているという状況を意識してしまったらしく、微妙に頬を赤くしながらカチンコチンに固まっていた。


 そんな様子を目の当たりにしてしまったせいで、夏凛はますます史季と二人きりという状況を意識してしまう。


(なんだよこれなんだよこれなんだよこれ!? なんであたし、今さら史季のことこんなに意識してんだよ!?)


 ……いや。


 思い返してみれば、今さらというわけではない。

 ここ最近自分が、事あるごとに史季を意識していたことを、それこそ今さらながらに気づいてしまう。


 史季が久しぶりに登校した日、不良にケンカを売られている彼を助け、手を引いてその場を離れた時は、今みたいに顔が熱くなっていくのを感じた。


 荒井派との抗争に春乃を巻き込んでしまい、彼女に向かって謝った際に、「小日向さんは何も悪くない」と「悪いのは荒井派の人たちだ」と言ってくれた史季のことが、いつもよりもかっこよく見えた。


 冬華の初見殺しを史季に体感してもらう話になった際、彼女に寝技を含めたセクハラは絶対にしないよう念を押すのは当然の話なのに、なんというか、いつもよりも強めに念を押してしまった。

 なぜか、無性に、史季が冬華にくっつかれることが嫌だと思ってしまったから。


 ……いや。


 よくよく思い返してみれば、冬華が史季にくっついたりするのが嫌だと思ったのは、その時だけではない。


 史季が荒井とのタイマンに勝利してみんなと合流した後、冬華がご褒美とばかりに史季にくっつこうとした時も、どうしようもないほどに嫌だと思ってしまった。

 思ってしまったからつい、冬華の制服の裾を引っ張って制止してしまった。


(つーか……どう考えても、そこからだよな?)


 荒井を倒した時の史季は、かっこわるいところもあったけど、それ以上に、最高に、かっこよかった。


(だからまー……男としてっつーか……芸能人げーのーじんのイケメン見たらかっこいいなーとかみたいな感じで……史季のことを意識しちまうのは……まー……しょうがねーよな……うん……しょうがねー……)


 などと納得しているように見せかけて。

 好きという感情を否定したがる小学生のように、史季のことを好きになったかもしれないという可能性については考えようともしない夏凛だった。


「も、桃園さんたち遅いね」


 沈黙に耐えられなかったのか、ここでようやく史季が口を開く。


「そ、そうだな。たぶん、春乃がドジやらかしたとか、そんなとこだろ」


 なんだかんだで沈黙がこたえていた夏凛は、当たり障りもない史季の会話に乗っかることにする。

 もっとも、乗っかった話はそこで途絶えてしまい、再び沈黙が下りてしまったが。


(なんでそこで話を止めんだよ――――――っ!!)


 心の中で、なんともらしくない悲鳴を上げてしまう。

 史季が黙っているなら自分で話を振ればいいだけの話なのに、普段の夏凛なら造作も無い話なのに、今の夏凛はそんなこともできないほどに日和ひよっていた。


 そこからまた沈黙が続いたせいか、ますます頬が熱くなってきた気がした夏凛は、ますます全力で自身の顔を鉄扇で扇いでいく。が、いつの間にやら掻いていた手汗のせいで掌中の鉄扇がすっぽ抜けてしまい、放物線を描いて史季の頭上を越え、入口の扉手前の床に落ちてしまう。


「あ、わりっ!」

「ぼ、僕が取るよッ!」


 半ば反射的に夏凛は身を乗り出すと同時に、ソファの端っこにいる史季が座ったままの体勢で床の鉄扇に手を伸ばし……二人仲良く床に落ちてしまう。

 このまま落ちたら史季を下敷きにしてしまうと思った夏凛は、受け身をとろうと背中から落ちた彼の顔を避ける形で床に両手をつき、彼の体を避ける形で床に両膝をつくことで、かろうじて難を逃れる。


 しかしそのせいで夏凛が史季を押し倒したみたいな格好になってしまい、二人揃って瞬間湯沸かし器さながらに顔を真紅に染め上げた。


「…………」


「…………」


 結果、色々と限界を迎えた夏凛と史季は二人仲良く頭がショートしてしまい、体勢をそのままに、彫像のように固まってしまったのであった。



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 執筆速度的な意味できつくなってきたので、次話からは二日置きの更新にさせていただきマース。

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