第4話 渾名
「りんりん……ちーちゃん……こういう小学生みたいな罰ゲームは、ワタシもちょ~っと恥ずかしいんだけど……」
史季、夏凛、千秋、春乃――四人分の荷物をまとめて持たされた冬華が、珍しくも弱音を吐く。
形骸化も
なお史季と春乃は、罰とはいえ冬華に自分の荷物を持たせることを遠慮したものの、憤慨する夏凛と千秋に押し切られる形で荷物を預けることになった次第だった。
「ま、まあ、僕は帰る方角が違うから、門を出るまでの辛抱だし……」
「確かにそうなるけど、いいのかよ? あたしらと一緒に帰った方が、
夏凛の言葉に、史季は慌ててかぶりを振る。
「そ、そこまでしてもらうのはさすがに悪いよ。ただでさえ昼休みと放課後は、小日向さんに迎えに来てもらうことになったわけだし……」
史季が昼休み、放課後と不良たちに絡まれたということで、そういった連中に睨みを利かせるために、〝
それも、遠慮する史季を押し切る形で。
「だからこそ、登下校の時に狙ってくる
ごもっともすぎる夏凛の指摘に口ごもっていると、千秋がこんなことを言い出す。
「てか、今日のところは折節ん
「こんな格好で町中を練り歩かせるつもり~? ちーちゃんの鬼~」
「体力的にきついとか、そういう心配はないんだ……」
その体力を一体どこでつけたのか。
訊ねたところで卑猥な答えが返ってくるのがわかりきっているので、史季はこれ以上のことは考えないようにした。
そもそも今考えるべきことは、そんなことではない。
「初見殺しか……さすがに氷山さんがやっていることをそっくりそのまま僕が真似しても、初見殺しって感じにはあんまりならないよね?」
史季の問いに、夏凛は首肯を返す。
「組み技が得意な冬華だからこそ突ける死角だからな。キックしか警戒してないマヌケが相手なら、冬華と同じように速さ重視のパンチで崩してハイキックで仕留めるなんてこともできるけど、ケンカ慣れしてる奴だとそうはいかねー。キックを最大限に警戒しつつも、パンチがくることも想定していると思っておいた方がいい」
その場合、相手にとってそれはただのパンチとキックのコンビネーションになってしまう。
それ自体は悪くないが、初見殺しとは言い難い。
やがて下足場に到着し、両手両肩で荷物を持っている冬華が、至極真っ当な弱音を吐く。
「ちょっと~、これじゃ靴を履き替えられないじゃない~」
「あ、それならわたしが履き替えさせてあげますね! 冬華先輩!」
さすがにこの申し出を止めるほど夏凛も千秋も鬼ではなく、春乃は冬華の下駄箱を確認してから、中に入っていたローファーを取り出す。
屈み込み、上履きと履き替えさせようとしたところで……不意に、ピタリと、春乃の動きが止まった。
釘付けになっているのだ。
屈んだことで丸見えになっている冬華のスカートの中に、大事なところを隠すという発想が欠落しているランジェリーに、春乃の目が釘付けになっているのだ。
「……冬華先輩」
「な~に~?」
「
「勿論いいわよ~。見にくかったら、スカートをめくってもい――」
「「いいわけあるか――――――――――っ!!」」
本日三度目となる、夏凛と千秋の叫びがハモる。
春乃は露骨にションボリしているが、こればっかりは許すわけにはいかなかった。
予備品室で冬華がランジェリーを脱ぎ出したあの時、春乃が眠っていてよかったと、冬華を除いた全員が心の底からそう思う。
ションボリした春乃が、冬華を靴に履き替えさせたところで、五人は揃って校舎の外に出る。
すでに西の空は赤みがかっており、あと十数分もすれば、校舎正面玄関を出てすぐのところに建てられた学園の創始者ホワード・ルキマンツの銅像が、ゲーミング的な輝きを発し始める時間に差し掛かっていた。
さすがにそんな鬱陶しいものを進んで見たいとは思わないので、史季たちはさっさと正門へ向かうことにする。
その途上、
「あ、こういうのはいいんじゃねぇか?」
突然千秋が声を上げ、罰ゲーム絡みだと思ったのか、冬華がテンションの低い声音で訊ねる。
「こういうのって何~?」
「史季の初見殺しのネタについてだよ」
予想だにしなかった返答に、冬華が片眉を上げ、春乃が小首を傾げ、史季と夏凛が顔を見合わせる。
「なんか良い初見殺しでも思いついたのかよ?」
夏凛が訊ねると、千秋はドヤ顔気味で「ああ」と首肯を返した。
「コイツはこの学園に限れば、大抵の奴なら通じる初見殺しだ」
そんな前置きを経て、千秋は自信満々に言葉をつぐ。
「折節。今度不良に絡まれた時に『あ、小日向さん』って言いながら、相手の後ろの方を見てみろ。ぜってぇ引っかかるから」
「おまえ、それはさすがに……」
否定しようとしていた夏凛だったが、意外とアリだと思ったのか口ごもってしまう。
〝気味〟だった千秋のドヤ顔が、いよいよ本格的にドヤってくる。
「ったく。ちょ~っと釈然としねーけど、千秋の案は割とアリだな。本当は斑鳩センパイみてーな、バレてても強力な初見殺しを編み出すのがベストだけど、今の史季の状況を考えると、簡単に実戦投入できるやつもあって損はねーし」
「斑鳩パイセンのって……あぁ、ありゃ確かに初見殺しみてぇなとこあるな」
「といっても、わかっていたところでどうしようもないけどね~」
ここで四大派閥の
「斑鳩先輩の初見殺しってどういうものなの?」
「そいつは、ウチらでもある程度は説明できっけど……」
「ここは、斑鳩先輩と実際にやり合ったりんりんに答えてもらいましょ。ワタシとちーちゃんじゃ、なんとなくでしか説明できないと思うし」
二人に言われて、夏凛は「しょうがねーな」と言わんばかりの顔をしながらも、斑鳩の初見殺しについて語り始める。
「言ってしまえばただ蹴ってるだけなんだけど、その蹴りがクソ
「なるほど……でも、変幻自在なキックって?」
「さすがにカポエラみてーな感じじゃねーけど、
格闘技に疎い史季にとって、ネリチャギやブラジリアンキックがどういう代物なのか、さっぱりわからないことはさておき。
キックの軌道を途中で変えるという話はにわかには信じられなかったので、史季はさらに質問を重ねる。
「キックの途中で軌道を変えるなんて、できるものなの?」
「威力を維持したまま軌道を変えるのは難しいけど、軌道を変化させること自体はけっこう簡単にできっぞ。特にハイキックからローキックに変化させるのは」
「そういうの、口で説明するよりも実際にやってみせた方がいいんじゃないかしら~?」
「それもそうだな」
何の気なしに返事をかえしていた夏凛だったが、すぐに冬華の罠に気づき、顔を真っ赤にして怒声じみた声を上げる。
「って、んなことしたらまたパンツ見られちまうだろうがっ!!」
「見られるって誰に~?」
「そ、そりゃ……史季にだな……」
「あらあら? どうして、しーくんには見られたくないの~?」
それは史季が男子だから――という明確な答えがあるにもかかわらず、夏凛は答えに詰まってしまう。
まるで、
何もかもを承知でニヨニヨしている冬華は別として。
女子と接した経験が少ない史季と、そもそも察するもへったくれもない春乃が夏凛の心中の変化に気づかない中、千秋一人だけが怪訝な顔をしながら、夏凛と史季、ついでに冬華を見比べていた。
短くない沈黙を経て、夏凛はようやく〝明確な答え〟を冬華に返す。
「……し、史季はこん中で唯一の男子なんだから、見られたくねーのは当然だろうが」
「あらあら~? りんりんってば、ワタシたちにパンツを見られる度に見せパンだから大丈夫だとかなんとか言ってなかったっけ~?」
「だ、大丈夫とまでは言ってねーっ! つうか、さっきあたしのパンツずり下げやがったてめーが言うことじゃねーっ!」
「そうですよ! 夏凛先輩のパンツは、ずり下ろしても大丈夫なパンツなんですよ!」
「なんでそうなるっ!?」
春乃の
さすがにこのままでは夏凛が居たたまれないので、史季は無理矢理にでも話を戻すことにする。
「と、とにかく、斑鳩先輩のキックは、先輩にとって最大の武器になっていると同時に、初見殺しも兼ねているってことでいいんだよね?」
「そ、そう! だから斑鳩センパイのは、初見殺しとしちゃ理想的なんだよ!」
冬華が「つまんな~い」という顔を、千秋が「こいつら、妙に息合ってね?」という顔を、春乃が何も考えていない顔をする中、史季の脳裏で割と切実な疑問が浮かび上がる。
「で、でも、斑鳩派が僕を狙ってるということは、僕よりもよっぽどキックが凄い斑鳩先輩本人にも狙われてるってことだよね?」
「まー、さすがにキック力は史季に軍配があるけどな。あと、斑鳩センパイに狙われるって話ならあんま心配しなくていいぞ。センパイが史季に興味を持ってケンカを売りにくる可能性は確かにあるけど、そん時はちゃんと『嫌だ』って言ったら素直に引き下がってくれるから」
「つっても、パイセンを除いた斑鳩派の
「てゆ~か~、キックが得意だったり、女の子に手を上げるのがNGだったり、しーくんと斑鳩先輩って微妙に共通点があるわよね~」
話の流れを無視した冬華の言葉に、史季は「あれ?」と首を傾げる。
「氷山さん、さっき小日向さんが斑鳩先輩とやり合ったことがあるって言ってなかったっけ?」
「言ったわよ~。ただ、りんりんと斑鳩先輩がケンカになったのは、ちょ~っと不幸な行き違いがあったってゆ~か~……」
「いや、アレはどっちかっつうと、パイセンがアホすぎただけだろ」
辛辣な千秋に、夏凛と冬華は「うんうん」と頷く。
「史季は斑鳩センパイの渾名、知ってっか?」
実のところ、この学園で渾名をつけられているのは夏凛と斑鳩の二人だけしかいない。
そしてそのことは史季も当然知っているので、迷うことなく夏凛に首肯を返した。
「ケンカが好きな人だから、〝ケンカ屋〟って呼ばれていることは」
「じゃ、もう一つの渾名は?」
「もう一つって……斑鳩先輩は二つも渾名をつけられてるの?」
初耳だった史季がちょっと驚きながらも訊ねると、夏凛は笑うのを堪えるような顔しながら肯定した。
「ああ。それも、ウィットに富んだ不名誉なやつがな」
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