第3話 初見殺し

 放課後。

 史季は今日も今日とて予備品室へ向かう途上で不良に絡まれ、タイマンを挑まれた。

 タイマンには勝てたものの、倒すのに少々時間がかかってしまったせいで、いつの間にやらタイマン待ちの不良どもが行列を為していた。

 全員を相手にする気概などあるはずもない史季は、迷うことなく逃げの一手を打ち、どうにかこうにか不良どもを撒き、やっとの思いで予備品室に辿りついた次第だった。


「で、ここに来るまでに三〇分もかかっちまったってわけか」


 夏凛が同情を滲ませた声音で言う。

 予備品室にはすでに千秋、冬華、春乃の姿もあり、ケンカレッスンを行う上では主役となる史季だけが遅れてしまった形になっていた。

 なお、春乃は待ちくたびれたのか、積み上げられた体育用マットに腰掛けた体勢で「すぴー……すぴー……」と気持ちよさそうに船を漕いでいた。


「ご、ごめん……」


 兎にも角にも遅くなってしまったことを謝る史季に、夏凛はパインシガレットを咥えながら応じる。


「謝んな謝んな。わりーのは一〇〇パー絡んできた不良バカどもなんだから」

「つうか、よく予備品室ここまでたどり着けたな。そんだけ狙われてたら、人目を盗むのも大変だったろ」


 会話に混ざってきた千秋の疑問に、史季は遠い目をしながら答える。


「小日向さんたちにケンカのやり方を教えてもらう前は、不良に絡まれた時は逃げたり隠れたりするしかなかったから、そういうのはすっかり得意になっちゃって……」


 考えるだに哀しい特技の告白に、さしもの千秋もバツが悪そうに「なんか、わりぃ」と謝るしかなかった。


「しかしこうなってくると~、そろそろ基礎的な部分以外のことも教えた方が良さそうよね~」


 視線を向けてくる冬華に、夏凛は首肯を返す。


「確かに、状況的に基礎だけってわけにはいかなさそうだしな。史季が荒井に勝ったことを知った上で挑んでくるような野郎は、ケンカ慣れしてる奴か、そのレベルに片足突っ込んでる奴が多いだろうし」

「言われてみれば確かに、昨日といい今日といい、絡んできたのは簡単には勝てない人たちばかりだったかも……」


 と、言ったところで気づく。


「……え? それってつまり……僕が倒した人って、ケンカ慣れしてる人だったかもしれないってこと!?」

「別に驚くことじゃねーだろ。荒井は確かにクソ野郎だけど、強さに関しちゃケンカ慣れしてるなんてレベルじゃねーからな。その荒井に勝てた時点で、史季にはもうケンカ慣れしてる奴を撃退できるくらいの力はあんだよ」

「いやいやいや! 何度も言うけど荒井先輩に勝てたのは、本当に奇跡みたいなものだから! マグレどころの話じゃないから!」

「つっても、ケンカ慣れしてる奴でも、荒井相手に奇跡を起こせる奴なんてそうはいねーぞ」


 思わず、口ごもる。

 同時に、気づいてしまう。

 自分が不良たちに狙われるようになったのは、なのだと。


「とにかく、ケンカ慣れしてるような奴が相手だと、蹴り一発で瞬殺なんて真似はそうそうできねー。かといって相手を倒すのにいちいち時間をかけてると、他の不良に気づかれてまたケンカなんてことになっちまう。今日の史季にみたいにな」


 そう前振りした上で、夏凛は史季に宣言する。


「つーわけで、今日は史季に〝初見殺し〟について教えようと思う」


 ソシャゲ、家庭用コンシューマー問わずゲームで遊ぶことが多い史季にとって、馴染みのある単語が出てきたことに、つい狐につままれたような顔をしてしまう。


「初見殺しって、あの初見殺し?」

「『あの』が何を指してんのかは知らねーけど、文字どおりの意味での初見殺しだな。例を出すなら、そうだな……史季が荒井とやり合った時に、あの野郎がタフさに物を言わせて相討ち上等で殴ってきたろ。アレも初見殺しの一種だ」


 確かにあの時、荒井は史季のローキックをまともにくらったにもかかわらず、平然と殴り返してきた。

 そのことを全く予想していなかった史季は回避も防御もできず――とはいえ、殴られる瞬間に無意識の内に首を捻ってダメージを軽減させていたが――殴り飛ばされてしまった。

 言われてみれば、初見殺しもはなはだだしいと思う。


「まー、相手の攻撃をわざわざ食らってる時点で、初見殺しとしちゃ下の下だけどな」


 荒井のことを心底嫌っているせいか、続けて出てきた言葉は辛辣だった。


「とにかく、ケンカなんて基本おんなじ相手と何度もやることなんてそうそうねー。今の史季の状況だとあんまり当てはまらねーかもしれねーけど、いくらこの学園の不良バカどもといえども、二~三回くらいやって勝てなかったら、力の差があると判断して手ぇ出すのをやめる程度の頭はある」


 夏凛は咥えていたパインシガレットを摘まみ、煙草の煙を吐き出すかのように口から離しながら言葉をつぐ。


「だから、初見殺しを二~三コくらい用意してれば、挑んでくる不良バカどもを楽に処理できるってわけ。で、ぶっちゃけた話、史季は初見殺しそのものは出来てるっちゃ出来てる」


 史季の顔に「どういうこと!?」と書かれていたのか、夏凛は苦笑しながらパインシガレットを咥え直す。


「史季のキック力は、見た目からじゃ想像もつかないくらいすげーからな。知ってなきゃ大抵の奴は驚くだろうし、モロに決まれば驚く間もなく相手を倒すことができる。だから、史季のキックも初見殺しとしてはけっこう機能してんだよ」


 なるほど――と、得心するも、すぐに疑問が脳裏に浮かぶ。


「あ、でも、今日僕に絡んできた人たちはみんな、僕のキック力を知っている感じだったような……」

「荒井に勝った時点で、史季がどんなケンカをするかなんて、不良どもの間じゃもうとっくに広まりきってるからな。この学園で史季にケンカ売ってくる奴は全員、史季のキック力の凄さを知ってると思った方がいいぞ」

「それってもう初見殺しも何もなくない!?」


 悲鳴じみた声を上げる史季に、夏凛はニンマリと笑う。


「相手にこっちの手札を知られてる。だからこそできる初見殺しがあること、今から教えてやんよ。つーわけで……」


 言いながら、夏凛は冬華を見やるも、なぜか「う~ん……」と葛藤を滲ませてからお願いする。


「冬華。史季におまえの、見せてやってくれ」

「しょうがないわね~」


 了承すると同時に自身のスカートの中に手を突っ込み、大事なところを隠すという発想が欠落したランジェリーをするすると脱いで――



「「なぁにやっとんじゃ――――――――――っ!!」」



 叫び声を重なハモらせながら、夏凛が扇面せんめんで、千秋がハリセンで冬華の頭をはたく。

 その結果、下着としての機能を放棄した下着が膝のあたりまで脱げた状態で止まってしまったものだから、史季からしたら目のやり場に困るどころの騒ぎではない。

 手遅れだとわかっていながらも顔を背ける以外に、できることはなかった。


「いった~~~~~~い。二人とも何するのよ~~~~~~」

「それはこっちの台詞だっ!!」

「つうか、さっさとパンツ穿けっ!!」


 夏凛と千秋のあまりの剣幕に、冬華は渋々パンツをずり上げていく。


を見せてやってくれって言ったの、りんりんなのに~」

「今の話の流れでなんでがパンツになんだよっ!? あたしが言ってんのは、おまえがたまにやってる、学園の不良バカ用の初見殺しを史季に見せてやってくれって言ってんだよっ!」

「は~い」

「それから……」


 夏凛はなぜか冬華から視線を逸らし、やけにゴニョゴニョとした物言いで言葉をつぐ。


「寝技とか、絶対にすんじゃねーぞ」


 千秋が「そりゃ当然だろ」と言わんばかりに鼻を鳴らす一方で、冬華はなぜか嬉しげに楽しげにニヨニヨしていた。


「つーわけだから史季、今から冬華が仕掛けるから本気で凌いでみてくれ。最初はなからその気はねーだろうけど、反撃はナシでな」


 そんなこんなで、夏凛と千秋はいまだ健やかに船を漕いでいる春乃の傍に移動し、史季は冬華と対峙する。

 直前にやらかしたことがことなので、セクハラ的な意味で嫌な予感を募らせていた史季だったが、


「そろそろ、始めていいかしら?」


 切れ長の双眸をわずかに開き、柔道選手さながらに、左肩と左脚を前に出して構える冬華の立ち姿に言いようのない〝圧〟を感じた史季は、すぐさま気を引き締め、首肯を返す。


 返事を確認した冬華が、ジリジリと間合いを詰めてくる。


 くる――と、直感が告げた刹那、


「!?」


 浅く握られた冬華の拳が眼前まで迫っていることに吃驚しながらも、ギリギリのところで反応した史季は、半身を引くことでかわしてみせる。

 まさか氷山さんが殴ってくるなんて――などと考える間もなく、いつの間にか視界から冬華が消えていることに再び吃驚する。


(まさか下ッ!?)


 直感に従ってすぐさま視線を落とすも、その時にはもう何もかもが手遅れだった。

 冬華の初見殺しを凌げなかったという意味でも。

 冬華のマジっぽい雰囲気に、まんまと騙されたという意味でも。


「えい❤」


 無駄に可愛らしいかけ声とともに、冬華は史季のズボンを容赦なくずり下げた。

 恐ろしいことに、一瞬の内にベルトを外した上で。


「ひゃ~~~~~~~~~~ッ!?」


 何がとは言わないがナニの形がまあまあわかるボクサーパンツ(高校デビュー)を穿いていた史季は、男らしさなどかなぐり捨てて悲鳴を上げてしまう。

 すぐさまズボンを上げようとするも、足元にいる、獲物を見つけた肉食動物のような顔をしている冬華と目が合ってしまい、中途半端に腰を落とした体勢のまま、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。

 そんな肉食動物なのか蛇なのかよくわからない、性欲の怪物キメラを退治したのは、



「「なぁにやっとんじゃ――――――――――っ!!」」



 先と同じ叫びをハモらせた夏凛と千秋だった。

 鉄扇の先端で頭をどつかれ、スタンバトンを最大出力でお見舞いされた冬華は、事切れたようにその場に倒れ伏す。

 冬華の呪縛から解放されたところで、史季は今度こそパンツが丸出しになっている下半身を隠すためにズボンに手を伸ばすも、


「!?」


 一体ナニに反応したのか。

 いつの間にやら目を覚ましていた春乃が、こちらの股間をガン見していることに気づき、またしても中途半端に腰を落とした体勢で固まってしまう。

 初めて春乃に恐怖を覚えた瞬間だった。

 

「つーか、史季もいい加減ズボン上げろよっ!」


 髪色よりも顔を赤くした夏凛が、悲鳴に近い声で叫んでくる。

 隣にいる千秋も、夏凛ほどではないにしろ頬に赤みが帯びており、頭を抱えるフリしながらもこちらから視線を逸らしていた。


 兎にも角にも、さっさとズボンを上げた史季は安堵の吐息をつき、釣られるようにして夏凛と千秋も安堵の吐息をつき、春乃が「ぁ……」と残念そうな吐息をつく。

 可愛い後輩のまさかの反応に、夏凛と千秋はギョッとする。

 そしてそれは、にとって千載一遇のチャンスだった。


「隙あり❤」


 唐突に蘇った冬華が、倒れ伏していた状態から夏凛のスカートの中に手を伸ばし、真白いパンツを足首のあたりまでずり下げる。

 千秋が標的にされなかったのは、ロングスカートとタイツという鉄壁の守りを一瞬で攻略することは、冬華といえども困難だったからということはさておき。


 例によって手遅れなタイミングで史季が顔を背ける中、夏凛の声にならない悲鳴と、動けない夏凛に代わって千秋にヤキを入れられた冬華の嬌声じみた悲鳴が、全く同時に予備品室に響き渡った。

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