第2話 鬼頭派

 聖ルキマンツ学園において部活という存在は、往々にして不良どものたまり場として利用される。

 校舎一階にある剣道場もその一つであり、鬼頭派は剣道部員を派閥メンバーで埋め尽くすことで、剣道場という絶好のたまり場をゲットしていた。


「昼休みに悪いね。アンタたち」


 剣道場に集まった鬼頭派の幹部に向かってそう切り出したのは、宝塚の男役を彷彿とさせる、短い黒髪がよく似合う色白美女――鬼頭朱久里あぐり


 身長は女子の平均よりは高いものの、男子と比べたら見劣りする程度で、スレンダーな肢体と合わさって、夏凛以上に四大派閥の一角を統べるような不良には見えない。

 事実ケンカの強さだけを見れば、朱久里は四大派閥のトップの中では紛うことなく最弱だった。


 もっとも彼女の〝強さ〟は、ケンカの強さとは別のところにあるが。


「今日、標的ターゲットの登校が確認された。そこでアンタたちにもう一度聞いておきたいんだけど、アタシは弟がこの学園のトップに立つことを全力で補佐するつもりでいる。そのために、アンタたち派閥のメンバーを使うつもりでいる。それでもまだこのアタシに付いてきてくれる。そう思っていいんだね?」


 気っ風の良い物言いで、朱久里は訊ねる。

 男子と同じ数だけ女子も混じっている、六人の鬼頭派幹部に。


「今さら水臭いことは言いっこなしだろ」

「そうっすよ。俺たちはあねさんについてくって決めてんだから」

「それに神輿としては、蒼絃あおいくんは蒼絃くんで担ぎ甲斐があるしね」


 トップに対する畏怖と打算で成り立っている荒井派とは違い、鬼頭派のメンバーは心の底から朱久里のことを、その弟である蒼絃のことを慕っていた。

 そんな彼ら彼女らの信頼に胸が熱くなるのを感じながらも、朱久里は素直に礼を言う。


「ありがとよアンタたち。そう言ってもらえると、アタシとしても嬉しいよ」


 笑みを浮かべる朱久里に、誰も彼もが釣られたように笑っていると、



「すまない。遅くなってしまった」



 一人の男子が、剣道場に入ってくる。

 その男子は、およそ不良のたまり場に似つかわしくない人物だった。


 中性的な容貌には穏やかな笑みをたたえており、ケンカのような荒事とは無縁そうな雰囲気を醸し出していた。

 センターで分けているマッシュヘアの色は、当然のように黒。

 この場においては誰も彼もが制服を着崩す中、彼一人だけは几帳面なまでにきっちりと制服を着こなしていた。

 肩には竹刀袋を背負っているが、剣道場に立つ彼の姿は不良というよりも、真っ当な剣道部員のそれにしか見えない。


 そんな男子の名は、鬼頭蒼絃。

 鬼頭朱久里の弟にして、中学時代は〝鬼剣きけん〟の名で恐れられていた、ゴリゴリの不良だった。


 朱久里は、蒼絃の拳にわずかな血が付着していることに目聡く気づき、弟が会合に遅れてきた理由を言い当てる。


「大方、までもない雑魚に絡まれたといったところかい」


 そう言って竹刀袋を見やる朱久里に、蒼絃は微笑を返す。


「姉さんは話が早くて助かるよ。ボクと同年代の不良にとって、〝鬼剣〟の名はどうにも魅力的なものらしくてね」

「そのあたりについても解決する手は、もう考えてある。だから、もう少しの間だけ辛抱しとくれ」


 そんな朱久里の言葉に、男子幹部の一人が片眉を上げた。


「もしかしてやる気なのか? 一年最強決定戦を?」

「そのとおり」


 ニンマリと笑いながら朱久里は認め、蒼絃が「ほう」と興味深そうに吐息をつく。


「とは言っても、堀田ほった先輩みたいに時と場所と場面T P Oを弁えずにやらかしたら小日向のお嬢ちゃんに邪魔されるだろうし、アタシとしても一般生徒パンピーを巻き込むようなやり方は好きじゃないからね。ちゃんと舞台を整えてから開催するよ。を用意した上で、ね」


 それだけで全てを察したのか、幹部たちが「ああ」「なるほど」「そういうことか」と、口々に得心の声を上げた。


「ターゲットはほっといても斑鳩派の連中か、少しでも名を上げたい連中がちょっかいを出してくれるだろうけど、を成功させるためにも、もう少し危機感を煽っておきたい。血の気の多そうな奴を見かけたら、適当に煽ってターゲットにぶつけといてくれ。但し……」


 朱久里の言わんとしていることを察した幹部たちが、揃って首肯を返す。


「わかってる」

「鬼頭派の仕業だということはバレないように――っすね」

「下の連中にも、今しばらくは大人しくするよう言い聞かせておくわ」


 朱久里は満足げに頷いたところで、傍にいる弟に言う。


「悪いね。いつも以上に回りくどいやり口になっちまって」

「構わないよ。姉さんのやることがいつも正しいということは、誰よりもよくわかってるからね。ただ、今のボクじゃ〝女帝〟や〝〟とやり合っても勝ち目は薄いって言われたのは、けっこうショックだったけど」

「拗ねるな拗ねるな。アンタは今、成長期の真っ盛りなんだから。勝ち目が薄いといっても〝今〟だけの話さね」


 しょうがない子だね――と、言いたげな笑みを浮かべながら、朱久里は蒼絃に向かって拳を持ち上げる。


「アンタなら絶対、この学園のトップになれる。姉ちゃんが保証するよ」


 蒼絃も、朱久里に合わせて拳を持ち上げる。


「ならボクは、ちゃんとトップになって、姉さんの目に狂いがなかったことを証明してあげるよ」

「ふふっ、生意気ナマ言ってんじゃないよ」


 学園のトップを獲る――その決意を表すように、二人は互いの拳をコツンと打ち合わせた。

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