第25話 抗争

「ほんと、男ってどうしようもねぇな」


 冬華に弄ばれた挙句、締め落とされた見張りを冷めた目で見下ろしながら、千秋は小声で吐き捨てる。


「だから、かわいいんじゃな~い。てゆ~か、それを言ったら、しーくんも同じ男になるけど~?」

「アイツは別にいんだよ。夏凛が連れてきたって時点でな」

「そうね~。確かにりんりんって、妙に人を見る目があるものね~」

「本人は自覚ねぇけどな」


 二人は顔を見合わせ、苦笑する。


「実際折節は、わりぃ奴じゃねぇどころか、だいぶお人好しみてぇだからな。少なくとも、荒井派の連中と同じように見てやるのは可哀想だろ」

「逆に、りんりんがものすっごく毛嫌いしてる荒井先輩は、ワタシたちが思っていた以上にろくでもない人だったけどね~」


 その言葉を最後に、二人は一つ息をついてから、頬に貼り付けていた苦笑を消し去る。


「そんじゃ手筈どおり、春乃のことは頼むわ」

「ええ。ちーちゃんは、おイタがすぎた子たちに目いっぱいお仕置きしてあげて」

「言われるまでもねぇよ」


 応じながらもスカートのスリットに両手を突っ込み、右手にライターを、左手の指の間に四つの煙玉を掴みながら引き抜く。

 ライターで煙玉に火をつけると、ドアを少しだけ開いて四つ全てを中に転がし入れた。

 油断しきっているせいか、煙玉に気づいた声は全く聞こえてこず、代わりに、


「おい……なんか煙たくねえか?」

「ま、まさか火事!?」

「落ち着け! 別に焦げ臭くもなんともねえだろ!」


 といった具合の、動揺に満ちた声が聞こえてきたところで追加の煙玉を取り出すと、火をつけながらもドアを蹴破って中に入り、広間の奥に向かって放り投げた。

 不良どもの目が放り投げた煙玉に集中している内に、三度スカートの下から取り出した煙玉を点火して四方八方に転がし、地下広間を白煙で満たす。


「小日向派だ! 小日向派がカチ込んできたぞ!」

「どこにいんだよ、おい!」

「ドアだ! ドアの方へ向かえ!」


 混乱が伝播していく中、千秋に遅れて、冬華が白煙に紛れて静かに広間に侵入する。

 煙が逃げないよう入った時と同じように静かにドアを閉めると、春乃と大迫がいる部屋を目指して、右手側から壁に沿って足音を立てることなく走り出した。


 逆に千秋はこれ見よがしに足音を立てながらも左手側の壁に沿って走り出し、スカートの中から改造エアガンを二挺取り出す。


(ウチは優しいからな。目に入らねぇよう下の方を狙ってやるよ)


 キ○タマに当たった場合は知らねぇけどな――と、全く優しくない独白を付け加えながらも改造エアガンを乱射。

 太股あたりを撃たれた不良どもが「いてぇ!?」だの何だのと悲鳴を上げる。


 そうこうしている内に、千秋の足音に釣られた不良どもが、こちら以上に足音を立てて近づいてくる音が聞こえてくる。

 すぐさまエアガンを仕舞い、代わりに取り出した爆竹をライターで点火すると、足音が聞こえてくる方向に向かって放り投げた。


 直後、破裂音とともに不良どもの怒声と悲鳴が響き渡る。

 自らが生み出した喧噪に足音を紛れさせることで、さっさとその場から離れた千秋は、さらに煙玉を取り出し、ライターで火を付けて四方八方に転がしていく。


「クッソ! マジでどこにいやがる!?」

「いってぇ!? 誰だ俺のこと殴った奴!?」

「待て待て!! 俺は味方だ!!」


 我慢もなければ考える頭もない不良バカどもが、愚かにも同士討ちをし始める。


 撹乱はもうこれくらいでいいだろうと判断した千秋は、スカートのスリットに両手を突っ込み、二本のスタンバトンを取り出した。

 妨害されていなければ、そろそろ冬華がパーテーションで区切られた部屋に辿り着いているはず。


 だから、


(ウチは目に映る人間全てが敵で済むのに対し、荒井派の不良バカどもは敵と味方の区別をつけなきゃならねぇ!)


 ここから先は、千秋の独壇場だった。


 白煙に映る人影全てに、出力マックスのスタンバトンを次々とお見舞いしていく。


 白煙を絶やぬよう定期的に煙玉を撒き散らし、改造エアガンや爆竹でさらに相手を撹乱しながらも、一人また一人とスタンバトンで仕留めていく。


 混乱の坩堝に陥った不良どもに、子供と見紛う矮躯の千秋を捉えることなど、できるはずもなかった。



 ◇ ◇ ◇



 気絶している桃園とともに、パーテーションに区切られた部屋の中にいた大迫は、外から聞こえてくる喧噪と、パーテーションの隙間からわずかに入り込んでくる煙を見て確信する。


「小日向派が来たか。しかしこいつは……」


 下っ端どもの怒声と悲鳴を聞いているだけでわかる。

 連中が良いように撹乱されていることが。


「十中八九、月池の仕業だろうが……荒井の要望もあって、こっちにほとんど人員を割いたというのにこのザマとはな。やはり下っ端では手に余るということか」


 ため息をつき、部屋の唯一の入口となる扉に視線を向ける。

 すると、はかったようなタイミングで扉が開いた。


 中に入ってきたのは、


「は~い。大迫先輩」

「やはりてめぇか。氷山」

「あら、女の子を〝てめぇ〟だなんて乱暴な呼び方したらダメよ~」


 言いながら、氷山は切れ長の視線を、部屋の隅で気絶している桃園に移す。


「勿論、女の子をあんな乱暴な扱い方をすることも、ね」


 頬にたたえていた笑みを消す彼女とは対照的に、大迫は獰猛な笑みを浮かべた。


「生憎、俺も荒井も女は乱暴に扱いのが好きなもんでな」

「だからモテないのよ」

「モテる必要なんてねぇんだよ。力で従わせれば済む話だからな」

「本っ当に最低ね……」


 氷山は吐き捨てながらも左肩と左脚を前に出し、両手を浅く開く。柔道で言う、左自然体の構えというやつだ。


 言動は卑猥でふざけてばかりいるが、柔道で培った彼女の技術は脅威に値する。

 体格ガタイにおいては教師を含めても聖ルキマンツ学園最強である荒井には通じなかったというだけで、その荒井よりも一段劣る自分には十二分に通じることは認めざるを得ない。


 だから大迫には、油断も慢心もなかった。

 氷山を一人の女としては見ず、一人の不良つわものとして見据え、全力で屠る。

 前者として見るのは、このタイマンに勝った後でいい。


 そんな考えさえも雑音ノイズとして頭の片隅に追いやった大迫は、氷山と同じように左前の構えをとりながらも、ジリジリと間合いを詰めていく。


 何よりも気をつけるべきは、氷山の領域である寝技グラウンドに持ち込ませないこと。

 そのためには、服だろうが体だろうが安易に掴ませないこと。

 投げをもらうなど以ての外だ。

 それ以外にも、飛びつき腕ひしぎのような奇襲を警戒する必要もある――などと、ゴチャゴチャ考えている大迫にとって、氷山が打った初手は意表を突かれるものだった。


 彼女が一歩踏み出してきたのも束の間、


「!?」


 鼻っ柱に受けた衝撃に、大迫は目を白黒させる。


 殴ってきたのだ、氷山が。

 組み技ばかりを警戒していた、こちらの内心を見透かすように。


(慌てるな……! この程度たいしたダメージじゃねぇ……!)


 事実、鼻っ柱を殴られたにもかかわらず鼻血は出ておらず、痛みもほとんどない。

 ただ当てるために、威力を犠牲にして速さに全振りしたようなパンチだった。


 こんなもの何百発くらおうが問題じゃない――などと思っていた大迫だったが、パンチをくらって一瞬目を閉じてしまった隙に、氷山が視界から消えていたことに戦慄する。


(パンチの狙いがだったとしたら……!?)


 まずい――と思うよりも早くに、利き腕である右手首を掴み取られ、後方に思い切り引っ張られる。


 続けて右の上腕を脇で固められ、そこを支点に体重かけられた刹那、肩と肘に尋常ではない負荷がかかり、大迫は半ば反射的に膝を突いた。

 無理にこらえて立ち続けていたら、肩か肘、いずれかの関節を外されていたところだった。


「腕ひしぎ脇固めか……!」

「あら? ちゃんとした名前、よく知ってるわね」

「格闘技は色々とかじってたもんでな……! だから、これで決まったとは思――」

「何言ってるのかしら?」


 不意に氷山の声音が、その名前を想起させるほどに冷たくなる。


のは、ここからよ」


 言うや否や、氷山が腕ひしぎ脇固めをめたまま倒れ込んでくる。

 荒井ほどの体格ガタイがあれば堪えきることができただろうが、大迫に同じことができるわけもなく、


「ぐぎゃぁぁああぁあぁあああぁぁああぁッ!!」


 折れたか外れたか、床にぶつかると同時に迸った肩と肘の激痛に、大迫は断末魔じみた悲鳴を上げた。


「て……めぇ……! っざっけんな……! あそこから体を捨てんのは……反則技だろうが……!」

「反則技だなんて……大迫先輩ったら、何をズレたことを言ってるのかしら」


 悪態をつく大迫に、氷山は怖気おぞけを振るうほどに妖艶な笑みを浮かべながら言葉をつぐ。


不良ワタシたちって、そういうものでしょ?」


 ぐうの音も出なかった大迫は反論の言葉も見つからない。

 ただ、痛みに喘ぐ声を返すばかりだった。


「でもね、今回アナタたちがやったことは、さすがにやりすぎだとワタシは思うの」


 言いながらこちらの背後に回り、今度は左腕を脇で固め始める。


「や……やめ……」


「あら?」


 目尻に涙すら浮かべて懇願する大迫に、氷山は切れ長の双眸を開きながら言い捨てる。


「ワタシの友達を拉致したり、風邪で弱ってるとこを襲うようなことしといて、今さらは都合が良すぎると思わない?」


 絶望的な言葉を返された直後、右腕をやられた時と同等の激痛が、大迫の身も心も蹂躙した。



 ◇ ◇ ◇



 バチィッという音ともに、最後の一人をスタンバトンで気絶させた千秋は、煙玉による白煙が粗方晴れた広間に視線を巡らせる。


 倒れている不良どもの数は、だいたい三〇人程度。

 冬華が見張りから聞き出した情報に比べて数が少ないのは、白煙で視界を閉ざされ、どこから攻撃されるかわからない状況に恐れを為し、逃げ出した腰抜けが多かったためだった。


「おかげで、思ったよりも楽できたけどな」


 そんな独白とは裏腹に、額から流れる汗を袖で拭いながら疲れたように息をつく。


 いくら集団戦ゴチャマンが得意だと言っても、四〇人を一人で一度に相手をするのは、さすがにしんどいものがある。

 ゆえに、もう少し休んでから冬華のもとに行きたいところだけれど、ケンカの最中にパーテーションの向こうから何度も大迫の悲鳴が聞こえてきたことを考えると、あまりのんびりとはしていられない。


 おそらく、冬華は今ブチギレてる。

 そしてブチギレた冬華は、可能性がある。

 正直、大迫がどんな目に遭わされようが知ったことではないが、それによって冬華が停学をくらったり、少年院ネンショー送りになってしまったりするのは絶対に嫌だ。


 だから疲弊した体に鞭を打ち、小走りでパーテーションに仕切られた部屋へ向かった。

 ドアを開いて中に入り、部屋の中央で大迫の首を絞めながら床に寝転がっている――確か、送り襟締めと言ったか――冬華を認めると、千秋は優しく彼女の名前を呼ぶ。


「冬華」


 千秋の声を聞いて我に返ったのか、冬華がいつもよりも開かれた双眸を向けてくる。


大迫ソイツはもう気ぃ失ってる。それ以上やったら死んじまうぞ」


 ビクンビクンと痙攣している大迫を顎で示すと、冬華は、彼の首に回していた腕をゆっくりと解いた。

 完全に気絶している大迫をゴロンと横に転がし、その場にへたり込むように座る冬華のもとに、千秋はゆっくりと歩み寄る。


 すぐ傍まで来た瞬間、冬華は膝立ちの体勢でこちらに抱きついてきた。


 突然の抱擁ハグに驚きもしなかった千秋は、膝立ちゆえに自分よりも低い位置にある冬華の頭をポンポンと撫でた。


「……ワタシね、みんなのことが大好きなの」

「ああ。ウチもだ」

「でもね、大好きだって言っても、それは恋人としてじゃなくて友達としてなの。だって、恋は冷めちゃうこともあるけど、友達同士ならそんなことはないでしょ?」

「同意してやりてぇのは山々だが、恋って、んな簡単に冷めるもんか?」


 苦笑しながら小首を傾げる千秋に構わず、冬華は続ける。


「その友達をね、ひどい目に遭わせようとするこの人たちのことが、許せなかったの」

「許せねぇ気持ちはわかるが、やり過ぎんな。一年の時も、そのせいで停学くらいかけたことあっただろうが」

「……ごめんなさい」

「わかればよろしい」


 素直に謝る冬華の頭をもう一度ポンポンと撫でてから、ゆっくりと体を離す。

 醜態を晒したとでも思っているのか、今度こそ本当に我に返ったのか、冬華は長い髪を手でくフリをしながら、赤くなった顔を隠していた。


 そんな彼女を見て再び苦笑しながらも、一年の頃、自分が荒井にやられてしまった時のことを思い出す。


 千秋が荒井にやられたことを知ってブチギレたのは、夏凛だけではなかった。

 あの時は冬華も、夏凛と同じくらいにブチギレていた。

 力及ばず返り討ちにされかけたものの、彼女にしろ夏凛にしろ、自分のためにブチギレてくれたことは、実のところ今でも嬉しいと思っている。


 もっとも自分は冬華と違ってひねくれているため、そんな気持ちは決して口に出したりはしないが。


 知らず苦笑を深めながらも、気絶している春乃のもとへ向かい、彼女の両手両脚を縛っていた紐を解いてペチペチと頬を叩く。


「おぉ~い。大丈夫かぁ~。春――……」


 千秋は思わず、春乃を呼ぶ声を、頬を叩く手を止めてしまう。

 なぜなら、


「すぴー……すぴー……」


 春乃の口から、何とも健やか寝息が聞こえてきたからだ。

 これには千秋も、ちょっとイラッとしてしまう。


「起! き! ろ!」


 モチモチっとした頬を両手でつねり、大声を出す。

 これにはさしもの春乃も目を覚ましたらしく、寝ぼけまなこでこちらを見つめ、


「千秋せんぱ~い……っ」


 泣きじゃくりながらも抱きついてきた。


「オマエもかよっ!?」


 素っ頓狂な声を上げる千秋を尻目に、春乃は引き続き泣きじゃくりながらも言う。


「わた……わたじっ……お友達にざぞわれて……待ち合わせ場所に行っだら……こ、恐い人だぢに……がこまれでぇ……」

「あぁもう! よしよし! 泣くな泣くな!」


 ギャン泣きする春乃の頭を、よしよしと撫でくり回す。


 さっさとここを出ていかないと、気絶させた不良バカどもが目を覚ますかもしれないとか、ちゃんと春乃の身の安全を確保したら折節に報せてやらないととか、任せたと言っても折節一人に重荷を背負わせるわけにはいかないから、さっさとウチらも夏凛のもとへ向かわないととか、やるべきことは多々あるけれど。

 今は春乃を泣き止ませないことには何もできないので、引き続き全力でよしよしと頭を撫でくり回した。

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