第23話 女帝のケンカ

 別にあたしは、自分は不良バカどもとは違うだなんて言うつもりはない。

 

 あたしのやってることは、ただ気に入らねー奴をシメてるだけ。

 

 だから周りが言うほど、あたしと不良バカどもにたいした違いはない。


 だけど、それでも、あいつと同類だと思われることだけは願い下げだった。


「荒井……今度という今度は、マジで許せねーぞ……」


 町外れにある河川敷道路をフラフラと歩きながら、夏凛は吐き捨てる。

 LINEに送られてきたメッセージと画像を見て、勢いをそのままに飛び出してきたため、その口にはマスクは付いておらず、パインシガレットも咥えていない。


 思い返せば、夏凛が一年の頃からそうだった。

 荒井はあれだけ体格ガタイに恵まれているにもかかわらず、やり口の汚い男だった。


 今よりも直接的に派閥同士でやり合っていた頃、荒井はあえて一般生徒パンピーを巻き込んだり、当たり前のように不意打ちを仕掛けてきたりと、圧倒的に数で上回っているにもかかわらず、さらにこちらが不利になるようケンカをふっかけてきた。


 その結果、孤立させられた千秋が荒井にやられ、駆けつけた冬華までもやられそうになり、さすがの夏凛もとうとう堪忍袋の緒が切れて荒井を病院送りにした。


 それ以降は大人しくしていたから、さすがに懲りたと思っていたらである。

 最早、堪忍袋の緒が切れたどころの騒ぎではなかった。


 夏凛にとってなによりも気に入らねー野郎は、やり返してこないとわかっている相手を平然と踏みにじり、悦に入るクソ野郎だ。

 この学園には、そういうクソ野郎が山ほどいたが、荒井はその中でも極めつけだった。


 明らかに戦う力のない春乃を巻き込むだけでは飽き足らず、拉致して人質にとるという犯罪まがいのことまで平気でするなど、クソの中のクソとしか言いようがなかった。


「ぜってーブチ殺す……!」


 常よりも力の入らない体を、怒りという感情で無理矢理動かしながら、夏凛は歩き続け……とうとう廃倉庫に辿り着く。

 廃倉庫の入口には、聖ルキマンツ学園の制服を着た不良が三人、門番のように待ち構えていた。


 こちらの到着を荒井に報せに行ったのか、不良の一人が走って倉庫の中に入っていく中、残り二人の不良が脂下やにさがった笑みを浮かべながら、こちらに近づいてくる。


「おいおい、マジでフラフラじゃねえか」

「これなら、俺たちでも倒せそうだな」


 言いたい放題言いながら、行く先に立ちはだかってくる。

 どうやら言葉どおり、今の〝女帝〟ならば自分たちでも倒せると本気で思っているらしい。

 


 夏凛は足を止め、二人に言う。


「どけ」

「おいおい、『どけ』だってよ?」

「勝手にどかせりゃいいじゃねえか。できるもんならな」


 二人してゲラゲラ笑う中、夏凛は短く告げる。


「言ったのはそっちだからな」


 刹那、夏凛の両手が霞み、懐から鉄扇を取り出す同時に振り抜くことで二人の顎を横撃。

 盛大に脳を揺らされた二人は一瞬で意識を失い、くずおれた。


 バカな門番どもは捨て置き、再びフラフラと歩き出して廃倉庫の中に入る。

 その奥では、積み上げたパレットを玉座代わりにしている荒井と、荒井派の不良が数人、待ち構えていた。


「ちゃんと一人で来たようだな」


 上から目線で言ってくる荒井に、夏凛は嘲笑を浮かべながらも返す。


「ああ。誰かさんと違ってな」

「んだとぉッ!?」


 下っ端の不良が夏凛の挑発に反応するも、荒井が小さく手を上げることで制してきたため、すぐさま押し黙る。


「表に転がってる連中もそうだけど、下っ端のしつけくらいちゃんとしとけよ」


〝転がってる〟という言葉に反応したのか、荒井は目配せ一つで三人の下っ端を表へ向かわせた。


(これで倉庫内の人数は、荒井も含めて六人か。つーか、この人数の少なさ……)


 今、荒井の周りにいる下っ端の数は、表で倒れている門番を合わせても一〇人。

 五〇人を超える荒井派にしては、その数はあまりにも少ない。


 それは、この場においてはそこまでの大人数は必要ないと向こうが考えている証左であり、人数が少ない理由については考える限りでは一つしかなかった。


(荒井ならこんくらいやってくるだろうとは思ってたけど、案の定ここには春乃はいなさそうだな……クソっ)


 おそらくは、この廃倉庫から遠く離れた場所で春乃を監禁し、派閥メンバーの大多数をそこの守りに投入しているのだろう。


 だとしたら、千秋たちはそちらの方に呼び出されているか、もしくはこちらと同様、春乃が監禁されている場所とは違うところに呼び出されている恐れがある。


 もっとも後者に関しては、人一人を連れ込めるような都合の良いたまり場などそうそう持てるものではないので、可能性としては低いと見て構わないだろうが。


 いずれにせよ、助けは期待できないと思った方がいい――などと、ケンカの時だけはよく回る頭でアレコレ考えている内に、荒井が立ち上がる。


「わざわざ人質をとってまで、貴様を呼びつけた理由は他でもない。小日向……俺とタイマンしろ」


 どの口が言いやがる――という言葉は、かろうじて飲み込んだ。


 どうやら荒井は、以前ボコボコにしてやった件でいた矜持プライドが傷ついたらしい。

 人質を使って無抵抗を要求するのではなく、形だけでも正々堂々とタイマンであたしのことを潰したいようだ。

 こっちが風邪で熱出してフラフラしているタイミングを狙っている時点で、タイムセールよりも安いプライドではあるが。


 兎にも角にも、これは千載一遇のチャンス。

 荒井の気が変わる前にブチのめしてしまえば、人質もへったくれもなくなる。

 下っ端連中も、自分たちの頭がやられてるのに拉致なんて犯罪行為を続ける気にはなれないだろう。


(問題は、体格ガタイの良さからくる荒井の異常なタフさだな)


 前回のケンカで、夏凛は確かに荒井をボコボコにしたが、それでも倒すまでにはそれなり以上に時間を要した。

 荒井の気が変わって人質を使う前に倒したいところだが、絶不調の今の状態では、正直かなり厳しいと言わざるを得ない。


(けど、やるしかねーよな……!)


 己を鼓舞するように不敵に笑むと、露骨な挑発を荒井に返した。


「いいぜ。前ん時と同じようにボッコボコにしてやんよ」

「やってみろ。やれるものならな!」


 以前、夏凛が言った言葉をそっくりそのまま返しながら、荒井が突っ込んでくる。

 その巨体からは想像もつかない俊敏さであっという間に距離を詰め、ボクサーのジャブを彷彿とさせる矢のようなパンチを放ってくる。


 見た目どおりの膂力パワー耐久力タフネスに加えて、見た目に反した敏捷スピード

 荒井を前にした不良に待ち受けているのは、反則的なまでの身体能力を前に為す術もなく蹂躙される未来のみだった。


 相手が〝女帝〟――小日向夏凛でなければ。


「遅ーよ」


 夏凛は半身になってパンチをかわすと同時に、伸びきった荒井の腕を、閉じた鉄扇の先端で突き上げた。

 瞬間、荒井の表情がわずかに歪む。


 夏凛が突き上げた箇所は、肘の内側から指三本分、上にいったところにある経穴――青霊せいれい

 打たれると腕に痺れが走る、人体の急所の一つだった。


「クソがぁッ!」


 タフネスの為せる業か、荒井は痺れた右腕を無理矢理振り回すも、その時にはもう夏凛は身を沈めており、がら空きになった脇腹の経穴――章門しょうもんに鉄扇の一撃を叩き込んだ。


 男から見れば小柄な体格を最大限に利用し、相対する者に触れさせることなく鉄扇で一方的に的確に人体の急所を攻撃する。

 小日向流扇術に、これまで培ったケンカの経験をプラスさせたこの戦法で、夏凛は聖ルキマンツ学園のトップにまでのし上がった。


 だが、今の彼女は、


「効かんなッ!」


 攻撃直後こそが最大の狙い目だと言わんばかりに、荒井は左拳を振り下ろしてくる。

 荒井がタフすぎるという理由もあるが、発熱のせいで手元が狂ったことで鉄扇の一撃が経穴からズレてしまい、結果、反撃を許してしまったのだ。


 即応した夏凛は、自身の絶不調ぶりに舌打ちを漏らしながらも、飛び下がってパンチをかわす。


 夏凛ほどではないにしろ、かなりの早さで反応した荒井がすぐさま床を蹴り、距離を詰めてくる。


 続けて繰り出されるは、長いリーチを活かした右ストレート。

 夏凛はそれを旋転しながら回避し、遠心力を上乗せした鉄扇で、思い切り延髄を打ち据えるも、


「!?」


 自分で思っていた以上に体に力が入っていなかったのか、打ち据えた瞬間の衝撃に耐えられなかった右手が鉄扇を保持しきれず、彼方へと飛んでいってしまう。


 夏凛の手から鉄扇が離れたことは荒井も気づいており、延髄を打ち据えられた直後とは思えないほどの淀みなさで、こちらと正対したまま、飛んでいった鉄扇と夏凛の間に割って入る位置に移動する。

 川藤たちとは違ってケンカ慣れしているからこそ、冷静に相手が最も嫌がる手を打つことができる。それもまた、荒井の強みの一つだった。


「どうした? 顔色が悪いぞ?」


 わかりきった問いを、嘲笑混じりにぶつけてくる。


「てめーの顔見てると、嫌でも顔色悪くなるっつーの」


 鼻で笑いながらも強がりを返す。

 内心では、冷汗をかきながら。


 打ち据えた衝撃に耐えられず鉄扇が飛んでいったということは、それだけ握力が弱っている証左。

 握力は攻撃力に直結する。

 直接拳で殴りつけるにしろ、鉄扇で打ち据えるにしろ、しっかりと握り込んでいなければ、その威力は大きく減じる。


 それだけならばまだしも、自身の手を痛めるリスクも増大し、事実夏凛も、鉄扇を失っ

た右手には、いまだ痺れるような痛みが残っていた。


(こりゃ、マジでやべーかもな)


 こんなザマでは、荒井が人質を使う前に倒すどころか、そもそも倒すこと自体が至難だと言わざるを得ない。


(それでも、やるしかねーっ!)


 今一度、心の中で覚悟を口にする。


 千秋と冬華が戦友ダチならば、春乃はかわいい後輩だ。

 その後輩が、あたし絡みの揉め事のせいでつらい目に遭っている。

 泣き言なんて言ってられない。


 現状は左手の鉄扇で戦いながら、隙を見て荒井の後方にある鉄扇を回収する。

 そこから先は、


(なるようにするしかねーよなぁっ!)


 絶対に勝って春乃を助ける――その決意一つを胸に、夏凛は勝機の見えない戦いケンカに身を投じる。

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